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13星


 その日の戦場は混沌としていた。敵はレーダーに突如として現れるが、それらの多くが既に動きを止めていた。出現するだけで動きのない敵に誰もが首を傾げる。少し待てば動き出すものの、そのタイムラグであっという間に殲滅されていく。

 格納庫内も騒然としていた。敵機を何機か捕獲したからだ。コクピットから半分乗り出して状況を確認していたアクアは、人手が十分なのを確認してさっきから聞こえている大声向けて振り返った。


「嫌だ! エミリアと行く!」


 背後で上がった大声にいつものことだと人々は振り向かなかった。機体の上でルカリアがエミリアにしがみついている。


「駄目だよ。お前、どこか調子が悪いんだろ? 隊長が出るなと言ったんだ。ルカ、命令は絶対だ。それに今のお前はどこか危なっかしい。いつものお前じゃないよ」

「嫌だ、嫌だ嫌だ! エミリアと行く。置いていかないで、エミリア!」


 幼い子どものようにルカリアはエミリアに抱きついている。柔らかい癖毛を振り回した顔は鬼気迫っていた。


「駄目だって言ってるだろ! 今のお前が戦闘に出たら死んでしまうじゃないか!」

「君がいなくたって僕は死ぬ!」

「そんなことで死んでいたら、この先どうするつもりだよ! 僕は一生お前の傍にいられないかもしれないんだぞ! 人はいつか死ぬ! 僕がお前より先に死ぬ可能性もあるんだ!」

「だったら僕も死ぬまでだ! 君がいない世界に、僕が生きる意味があるわけない!」


 乾いた音が響く。集まった視線の先で、エミリアは顔を真っ赤にして震えている。打たれた頬を押さえているのはルカリアなのに、打ったエミリアがひどく傷ついた顔をしていた。


「そこまでだ」


 ホムラは機体を飛び降りて二人の間に降り立った。


「最初から俺が言えばよかったな。ルカリア、今のお前を戦場には出せない。分かるか。感情面だけじゃない、技術面も大幅に乱れてる。お前がミスをすれば隊が危機に陥る。お前は自分のミスでエミリアを殺す気か」


 びくりとルカリアの肩が震えた。


「エミリアはさっさと気持ちを切り替えて機体に戻れ。俺は伝えろとは言ったが喧嘩しろとは言ってない。手を出したら軍規違反だ、後で反省文」


 エミリアが小さく頷き、床を蹴って機体に戻ったのを見届ける。やれやれと肩を竦め、ホムラは顎でアクアを呼んだ。


「お前も残ってくれ。これを一人でおいとくと危ない気がする。何で自分がって顔だな。お前が適任だと思ったんだよ。頼んだぞ」


 周囲の人々から見たらただの無表情にしか見えないアクアの肩を叩き、ホムラは宙に戻っていった。主のいなくなった機体は吊り下げられて横にずらされていく。

 手持無沙汰になったアクアは、ヘルメットを片手に持ってルカリアの横に座る。


「……言いたいことあるなら言えばいいじゃないっすか」


 下げられていく機体を見上げていたアクアは、嘆息して振り返った。


「泣きたいなら泣いておけ」

「なっ……!」

「それで立ち直りが早くなるのなら有効だ。効率的な手段は推奨されるべきだ」


 本気で言い切った姿にきょとんとしていたルカリアは、次の瞬間アクアの背中に齧りついた。飛びつかれ慣れているが宇宙空間で踏ん張れなかった。二人の身体は流れる。しっかりとしがみつかれてユズリハを思い出した。

 ルカリアは人を選ぶ。人を選んで触れたがる。エミリアがいればべったり離れず、彼がいなければアクアに引っ付く。かと思えば癇癪を起こして怒ったり、次の瞬間笑ったり、飄々と悪戯を起こしたりした。


「……人間って、難儀な生き物ですよね」


 ぐりぐりと背中に額を擦りつけても、アクアは彼を振り払おうとはしなかった。その幼い行動が、遠い昔の温かな記憶を思い出させたからだ。


「生物はただ生きるだけです。そこに意味なんてない。生まれてきたから生き、そして死ぬ。ただそれだけのことなのに、人はそこに意味を見出そうとする」


 生まれたから生きる。生きたから死ぬ。そこに意味など必要ない。生き物が持って生まれた唯一にして絶対の権利だ。そこに意味を見出そうとするから人は惑うのだ。自身の生に価値をつけるのは他人だけだ。それでも意味が欲しい。生まれた意味が、生きる理由が。

 アクアでさえも、そう思う。全ての人間からの肯定など必要ない。欲しいのは近しい人からの肯定であり、近しい人への肯定だ。

 背にしがみついている指が震えている。首に触れる吐息も荒い。


「お前、本当にどこか悪いのか? だったら医務室に」


 歯を食いしばる音がした。


「先輩、言わないで。エミリアには言わないで。僕にはもう時間がないんです。エミといたい。最後までエミリアといたいんです」

「ルカリア……?」


 自分の後輩が病に侵されていたなんて気がつかなかった。否、エミリアも知らないのだろう。死は身近であった。けれどいつまでたっても慣れない。他者の死ほどつらいものはない。だというのに、軍人として死ぬつもりの自分はつくづく酷い奴だと思う。ユズリハが泣くと分かっているのに。


「……ルカリア、俺は軍人だ。戦闘できないものを軍にはおいてはおけない」


 背が軽くなる。髪を流したまま床に足をつけた後輩は、いつもの笑みを浮かべた。彼の兄は決して浮かべない、彼だけの笑みだ。


「それが僕の為だと思ってもそう言わない先輩が好きですよ。そんな先輩だから僕は安心して傍にいられる。エミリアには自分で言います。だから、それまでは見逃してください。そう、長い時はかかりませんから」


 泣き出す寸前の幼子のような、老衰した年寄りが浮かべる諦めのような表情を浮かべたルカリアにかける言葉が思い浮かばない。

 急に格納庫が騒がしくなった。内勤組に囲まれて、敵の機体のハッチが開いたのだ。離れた場所で慌しい怒声が悲鳴に変わった。銃であれ拳であれ、反射で構えるのは軍人の性だ。アクアとルカリアも弾かれたように身構えた。

 だが、取り囲む仲間達のそれは危険故のものではない。

 人の形をしていなかったのだ。強力な圧力加えられたように捻じ曲がり、臓器が外に飛び出している。死体に慣れた屈強な軍人が吐いてしまう代物に成り果てた敵兵に、アクアも眉を顰める。


 突如、背中を強い力で叩かれた。踏ん張りきれず跳びそうになった身体をルカリアが全力で止めた。高く響いた音で全員がアクアを見たが、叩いた相手を見て納得した。


「えぐいぜ、ガキが見るもんじゃねぇぞ」

「……ボストック隊長、非常に、痛いのですが」

「鍛え方が足りねぇんだよ。細っこくて娘っこみてぇじゃないか!」


 豪快に笑うのは第一部隊隊長ゴルトア・ボストックだ。一般人が想像する正に軍人といった男だ。ホムラ、ヒノエの元隊長でもある。


「敵さんもどういうこったなぁ。来た段階で中身が死んでりゃ意味もねぇだろうに。タイムラグは自動操縦切り替えか。つーかあいつら誰にやられたんだ?」


 異形に成り果てた無残な死体。人間業には思えなかった。言うならば、制御装置が外れた戦闘機の中で重力に押し潰されたような。

 かろうじて残った部位を見ていたアクアは、ぞっと背を凍らせた。


「隊長、敵兵の顔が同じです。全て、確認できる敵兵は、同じです」


 ゴルトアは他の人間を押しのけて肉塊をまじまじと見つめた。残った頭部を掻き集めて並べる。奇異な行動を止めにかかっていた隊員達も、数が並ぶに連れて異常に気づいた。

 同じ輪郭、同じ眼球、同じ歯並び。全く同じ顔が捻じ曲がって死んでいる。肘にある黒子まで寸分たがわぬ様に誰かが吐いた。


「一人生きてるぞ!」


 叫び声で目を向けたときは遅かった。青いパイロットスーツに身を包んだ男は、高く飛び上がり上空から銃を乱射する。舌打ちしたゴルトアが二人を庇う。アクアとルカリアはその身体の隙間から銃を撃った。弾はヘルメットと腕に当たり、銃が弾け飛んだ。

 オレンジ色の髪が見えた。二十歳前後の青年は痛みを感じないのか、血を撒き散らしながら鼻を動かす。


「博士の痕跡発見。追跡を開始します」


 人工音声のような抑揚で青年はまっすぐにアクア目掛けて飛び降りた。


「こいつは犬か? おいアクア、知り合いかぁ?」

「まさか」

「ですよね」


 ルカリアがくるりと身体を捻って青年の背後に回る。常人であれば床に捻り倒される動きに青年はついてきた。長い足でルカリアを蹴り飛ばす。素早い動きで避けたルカリアは相手の懐に飛び込んで銃を突きつける。


「動くな」


 身長が足らずとも動きはルカリアが早かった。青年は両手を上げようともしない。


「検証。不一致。検証。不一致。検証。不一致」


 青年の口から言葉が垂れ流される。目が異様な速さで動き続けていた。


「何をしてる! お前は何だ!」


 人には見えない動きにぞっとする。青年はぐるりと首を動かしてアクアを向いた。ひくりと鼻が動く。


「ユズリハ・ミスト博士の痕跡確認。貴様が一番強い」


 ここで耳にするはずのない名に、アクアは外に出さずに動揺した。青年が伸ばした手をルカリアが撃ち抜く。痛みを感じる様子もなく手はぶれない。


「お前、一体何だ! 先輩に近寄るな!」


 青年は振り向かなかった。歪に歪んだ口元が抑揚なく声を発す。


「貴様と同じだ、紛い物」


 銃弾は青年の頭部を貫き、アクアの目の前で青年の手が落ちた。


「ルカリア!」


 青年の向こうで倒れた身体を支える。全身の血の気をなくし、虚ろな目が何かを求めて彷徨っている。外傷はない。なのに全身が酷く震えていた。


「やられたかのか!?」

「外傷はありません。ルカリア!」


 視界に浮かぶ己の朝焼け色の髪を掴み、ルカリアは幼子が泣き出す寸前の顔をした。


「エミリア…………」


 ルカリアは縋るように己の髪を掴んだまま意識を失った。

 迷子の子どもが発するような、酷く心許ない声だった。






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