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10星


 二七にして隊を任された若手期待の星ホムラは、何のことはなくデスクワークに埋もれていた。いい加減寝たい帰りたい。遊びたいなんて言わないからとにかく休みたい。

 伸びた黒髪に視界が埋まる。ボードを何枚も宙に浮かべ、その周りには更に画面が踊っている。文字はずっと動き続けて新しく処理する書類を作り出していく。この時代でも紙媒体は健在だ。寧ろデータベース化されていくほど貴重となる。サイバー犯罪増加に伴うハッカーの腕の向上により、重要案件はやはり安心の紙媒体となる。サインを何百枚書いたかもう覚えていない。

 どうしてこんなに仕事が溜まっているのか。戦闘が多く、帰還すれば報告書が待っている。一回の出動だけで事後処理が面倒なのだ。終わった頃にまた戦闘だ。隊長なんて碌なことはない。しかも、只でさえ多いのに他隊から回ってくる書類もある。同室者と入隊した時に隊長だった男が回してくるのだ。いかにも軍人らしくごつい身体とごつい声。隊長就任の激励で背を叩かれ、三メートルくらい吹っ飛んだ。おう、お前らやっとけ! 豪快な笑顔を断れない自分達が悪いのだ。そうして今日も、押しつけられた書類の始末で日が暮れる。宇宙なので暮れるも何もないのだが。


 知らせもなくドアが開く。隊長二人同室の部屋でそんなことをする奴は上記でのべた男と、同室のヒノエしかいない。

 予想通り、そこにいたのはヒノエだった。ヒノエは、一つに纏めていた銀髪を解いて息をつく。


「ホムラ、お茶を」

「いれられる状況に見えるか?」

「いれてきました」

「お前のそういうところ、ほんと好き」


 重力を調整してコップを受け取る。温かい飲み物にようやく一息つけた。同じように忙殺されているはずの同期は疲れた素振りはほとんど見えない。体質か? 体質が悪いのか? ホムラは水面に映るやつれ切った自分の顔をまじまじと見つめた。


「俺も人工星が恋しい…………」


 連休なんて夢物語だ。そんな中で遊んでいる部下が、羨ましいを通り越して恨めしい。


「ホムラ、神の卵を知っていますか?」


 脱いだ軍服をハンガーにかけたヒノエが振り向いた。


「いんや。聞いたこともねぇな。神話の話か? それとも新手の宗教か?」


 人間にはいつまでたっても神が必要なようで、宙へと逃げた後も神は失われない。

 ヒノエは珍しく眉間に皺を寄せた。いつもは大抵済ました顔をしている男なのだが。ホムラは不思議そうに首を傾げた。


「珍しいな。お前がそんな顔してるなんて」

「少し気にかかる噂を聞いたものですから」


 要領を得ない話し方に、彼の中でも処理できていない情報だと知る。


「で、どういったしろもんだ? 神なんて大層なものが生まれてくるのか?」


 そんな物騒なものが目の前にあったら、生まれてくる前に叩き割る。本物であろうがなかろうが、どちら側にも人は分かれて争う。神は絶対的なもの故にどちらも妥協点を見つけられずに人は滅んでいくだろう。幾度繰り返しても人は変われないのだ。


「人の数値化に成功した博士が作り出した、神の御業と聞きました」


 含んだ茶が妙なところに入った。その器官は空気以外は受け付けないと怒り狂う。

 激しく咽こみながら、どんっとコップを叩きつける。 


「数値化って……単独転移ができるじゃねぇか!」


 人工星移動には時間がかかる。身体を数値に変えることが出来なかったのだ。違うことなく何光年と離れた場所へと身体を移動させるには、違うことなく身体をデータ化する必要がある。髪の毛一本違えることなく、精神までもデータ化して、身体共に移動させる。どれだけ足掻いても人間が到達出来なかった領域だ。だから現在は空間移動に重点が置かれている。歪ませるのは空間で、物品、身体は、特殊な保護で移動を行う装置の研究が、連合のもとで実用も近いといわれている。

 単独転移が可能ならば、人工星内の検閲などあってないものとなる。そんなものを手に入れれば世界が滅ぶ。戦争が容易くなる。時間と費用と気力を必要とした進軍が、僅かの手間と時間で終わってしまう。相手の懐に現れることも可能となり、一瞬で勝負がついてしまうだろう。


「恐ろしい話すんなよ。見ろ、鳥肌」

「わたしだって眉唾物と思っていますよ。けれど、上層部が噂を落としてこないんです」


 まるで極秘情報のように大切に抱え込んでいる。あまりに信憑性がなければ誰も信じずに、気楽な笑い話としてしまえるはずのものをだ。

 ホムラは鬱陶しい前髪を弾いた。


「そいつはちょっと妙だな。それにしてもヒノエ、あんま危ない山に首突っ込むなよ?」

「大丈夫ですよ。弁えてますから」

「お前の世渡りの上手さはアカデミー時代からよく、よーく分かってる」


 笑うヒノエに鋏を渡す。


「料金とっていいです?」

「代わりにお前の切ってやる」

「冗談やめてください。毛根が滅びます」

「そこまでひどくねぇだろ!?」


 新たにプリントアウトされた書類が床に落ちて広がった。ヒノエの机はもう見えない。流れ続けた書類を拾う主が不在だったからだ。休みの今日この山を終わらせないと明日からの任務に支障をきたすというのに、どこへ行っていたのだろう。

 その視線に気づいたのか、ヒノエは疲れたように肩を竦めた。


「面会要請があったのですが、本人不在ですので私が相手を。レオのお兄さん方がいらっしゃっていたのですが、どうも知ってて逃げたようで」


 クソ生意気な面が思い浮かぶ。


「おい、お前のとこの部下だろ。いい加減うちのに絡むのなんとかしてくれよ。アクアがそう簡単に買うとは思わねぇけど、こじれるのも面倒くせぇ」


 事ある毎に、部下に突っかかってくる、ちまっとした少年に辟易していた。


「分かってはいるんですけどね、彼もつらい立場なんですよ。ほら、レオは養子に出されていたでしょう? ご両親が亡くなって幼い長兄ルドルフが継いで、しばらくは叔父に当たる人が当主を務めていたそうです。その頃からゼルツ家は傾いていました。援助を申し出ることを条件に、格上であるマクレーン家に売るようにレオを渡したそうです」


 幼い兄二人は止める術を持たなかった。それを今でも悔やんでいる。ゼルツ家はそれから目を見張る発展を遂げた。資金を貪り食う叔父を含む親類一同から当主の利権を奪い取り、今では議会も無視できない企業を作り上げた長兄ルドルフは、次兄アルブレヒトと共にゼルツ家を第五人工星屈指の名家にまで叩き上げた。

 レオハルトは二歳に満たぬ年で養子に出された。兄の顔も碌に知らず、自身への愛情を確認することもできぬ年で売られていった。彼の不幸はそれだけでない。子の出来ないマクレーン家に入り、跡取りとして厳しい教育を受けた。遊ぶ暇も無く跡取りとして恥ずかしくないようにと、およそ子どもがこなすには無理のあるスケジュールで幼年時代を過ごした。彼が七つになった年、望めないといわれていたマクレーン家実子が生まれるまでは。


「それからは放られたそうです。部屋も使用人も全て取り上げられ、マクレーン家に恥じないように適当に好きに生きろと」


 そんなことを言われても、レオハルトにはどうしていいのか分からない。跡取りとしての自分しか知らない。そう育ててきたのは紛れもなく養父母で。厳しく一寸の隙間も無いほど固められてきた人生を、もう無用だと放り出されても生きていけない。いらないと言われてもそれ以外の生き方など知らないのだから。

 彼は早々に軍に放り込まれた。


「誰を憎めばいいのかも分からなかったのでしょう。そんな所にアクアの登場です。第五人工星一の名家ガーネッシュ家嫡男。彼が奪われた権利を望まれながら捨て、しかもここで生きようと決めた軍人としても上を行く。本来二年あるアカデミーを一年で卒業し、普通より早く優秀に卒業しようとしていたレオをあっさりと追い抜かしていった」


 レオハルトも双子も大学まで進学していない。高校を早く卒業し、原則二年のアカデミーに入学したのだ。そこに大学を卒業し、アカデミーを駆け抜けていったアクア。戻るよう再三の要請にも答えず、自分で軍人の道を選んだ少年。選ばされたレオハルトからしたら、八つ当たりと分かっていても許せなかったのだろう。


「お兄さん方は彼を取り戻したいと思っているようです。ようやくマクレーン家よりも力を得た。実子を得たから養子を放り出したとなっては外聞が悪い。そう言ってレオを手離さず飼い殺したマクレーンから、奪い返しても揺るがない地盤を彼らは作り上げた。でも、肝心のレオが会わない。面会の希望からも逃げ続けています。期待することをやめた彼にとって、肉親に揺るがされるのが怖いのでしょうね。信じて、裏切られるのが」

「ガキだなぁ。仕方もねぇが」

「今年ようやく成人ですからね。わたしだってこのままでいいとは思っていませんよ? それでも、こればっかりは当人が納得しないとどうしようもない事ですから」


 ふとホムラは気づいた。この深夜に面会とはどういうことだ。前髪を切り終えたヒノエはゴミを捨て、おやと意外そうに眉を上げた。


「もうとっくに夜が明けたこと、もしかして気づいていなかったんですか?」


 そうしてホムラは、徹夜五日目を知る事となる。



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