006 探索・続
担当:四葩
「王妃様」
一礼した使用人が王妃へと呼びかける。
「何用ですの?」
「仕立て屋がドレスの仕上がりを見て頂きたいと申しますが如何なさいますか?」
「あら、もう出来たの?流石ね。……アンジェも一緒にどうかしら?」
使用人の言葉に上機嫌になった王妃に顔が引きつりそうになるのをなんとか留めた。
あたしも綺麗な衣服を見る事は好きだし、以前も兄様に少しでも良く見えるように気を使っていた。しかし王妃の長々とした話はもう避けていきたい
そう思考を巡らせていると、思わぬところから援護射撃が放たれた。
「王妃様。アンジェ様は陛下のもとへと案内するように承りましたので……」
そう躊躇うように言う名も知らぬ使用人に心の中で拍手を送った。
スタンディング・オベイション状態で。
「案内?執務室ではなかったのね」
そんなあたしの心中を知らない二人の話は進む。
「陛下は海軍元帥殿と会談しておりましたので議会室にいらっしゃいます」
「そう。アンジェ、貴女との話楽しかったわ。ありがとう」
「はい。あたしも楽しかったです」
その言葉に満足したように頷くと王妃は立ち去った。
「アンジェ様こちらになります」
庭から出て長い廊下を歩き進むとなぜか次第に暗くなっていく。
窓が少なくなってる?
「今から行く議会室は戦中に最後の砦となる場所ですので侵入されぬような造りなのです」
振り向かずに見計らったように使用人が応えた。
完全に窓がなくなり光源が壁掛けのランプのみになると扉が現れた。
コンコンとノックを使用人がすると中から扉が開き男性が顔を出した。
装いは深藍の軍服でなんだか厳めしい感じがする。もしかして元帥かしら
「連れてきてくれたか?」
低く渋い声音が響くと使用人が一礼して退いた。
日焼けした浅黒い顔が眼前にあってたじろいでしまった
「ようこそ、アルケア・ヘレナへお客人」
ニカリと人好きそうな笑みを浮かべた。
「案内を中断してすまなかったなアンジェ」
「いいえ。王妃様が良くしてくださいましたので」
「それは良かった。……カアリは長話をするきらいがあるからな」
それは早く言ってほしかったんだけど……
「ところで国王様、あたしはなぜここに呼ばれたのでしょうか?」
「あぁ、艤装を執り行うが見に来ないかと思ってな?武器に興味を持っていたであろう」
艤装って何かしら?
聞き覚えのない言葉に首を傾げる。
「艤装というのは進水式を終えた船にに装備を付けていく事ですよ」
助け舟を出したのは元帥だった。
「それは面白そうですね。行きたいです」
船の設備は見たことないし、今のうちに親密度上げておかないとね
「では積み込む武器を取りに武器庫に行こうか。この部屋からは一本道でいけるのだよ」
そう言って王が元帥に目配せをすると彼は壁に手をあてぐっと押し込む。
その手を中心に人が収まるほどの長方形が姿を現した。
「これって…隠し扉?」
「そうだ。古代に特殊な方法で造られたもので当代の国王が承認した場合にのみ開かれるのだ」
吸い込まれるように扉の向こうへ歩み去った王を追うように中へと入る。
そういえば、武器庫は地下にあったんだっけ
カビと埃がブレンドされた空気が肌を蔓延るように吹いてきて眉間にシワを寄せた。
「お客人これを口に当てていなさい」
差し出されたそれは白いハンカチだった。
「ありがとうございます……ん?」
なんだろう、端に紫色の塊が施されている
うーん……文字っぽいわね、これ
「ド ニー……?」
あたしの呟きが聞こえたのか、なぜか元帥は目を丸くしていた。
その顔を凝視していたら彼が照れくさそうにして余計訳が分からなくなたった。
「……それ私の名前なんですよ、我が国は白い布に紫の糸で名を一筆書きに刺繍すると幸運に恵まれると謂われているのですが、まさか一発で読めるとは」
読み辛いでしょうに、と感心したようにそう言ってきた。
それから下っている道を歩くと正面に扉が現れた。
中に人がいるのかしら?
ガヤガヤと音が聞こえてなんだか騒がしい音が聞こえた
音に気を取られていると、背後にいたドニー元帥が前にきて扉を開いていた。
ギィーと錆び付いた扉が開く。
「……っ!」
一斉に何対もの視線が集まりその総てが敬礼をした。
「もう運ぶ物は揃ったのか?」
「はっ!完了いたしました。いつでも出立できます」
ドニー元帥が訊ねると敬礼したまま兵士が応える。
「では、戦艦に行くぞ」
兵士たちはドニー元帥の指示の下砲台を動かすのに本来の扉から、あたしや王は来た道を通って武器庫を出ると海へと行くため城を出た。
外は茜に染まっていた。
出るまで空を見なかったから時間の経過が全然感じられなかったけど大分と時間が経っていたらしい
空は道の脇に連なる家々を一緒くたに染め上げていた。
ゾロゾロと装備を運ぶ兵士たちを率いるのはドニー元帥、王がその前を歩く。あたしはその王の傍らで歩を進めてた。
「国王様!」
芳しい匂いの店から飛び出してきた少年は両腕で抱えた籠を差し出す。
王が屈んで覗き込むのに合わせて中身を見ると所々焦げ目のついた歪なパンがどっさりと入っていた。
「今日が船艦のお披露目式って聞いて……このパン、オレが全部一人で作って焼いたんです。国王様に食べてほしくて!」
へぇー、愛されてるんだこの王は
少年が緊張しながらも目を輝かせているのは普段から親しげな関係でなければ出来ないだろうし、何より王が道を練り歩いているのを中断したのに誰一人少年を咎める物はいないのにかなり驚いた。
あたしが居た国とは大違いね。王様も庶民と普段から話したりするのかしら。
親らしき人達も我が子のやり取りを微笑ましそうに見守っている。
「あぁ、美味しそうだ。ありがとう」
王はにこやかに幾つかパンを受け取り片手で抱え空いた手で少年の頭を撫でると照れくさそうに少年がはみかんだ。
そんな光景を眺めていると少年と目が合った。
ジーと見つめてきたかと思ったらゴニョゴョと王に耳打ちをし出した。
「異国のお姉さんもどうぞ!」
差し出された籠から数個受け取ると、あたし達一行は再び歩み始めた。
着いたのは入国した港ではない所だった。
話によると軍事的な湾はこちららしく確かに初めの港では船は一隻もなかったけれどこちらには何隻もの軍艦がずらりと並んでいる。
その内の真新しい大きめな軍艦に兵士達は続々と装備を運び入れていた。
「あまりみかけない大砲ですね。種類はなんですか?」
「ライフル砲だ。我が海軍は正確に敵を討つ事を信念にしてなそのため船艦はその殆どが安定感重視ライフル砲を用いている」
「なるほど」
その後も説明は続いていたけれど、相づちと打って聞き流す。
もしかしてこの国の国民性ってお喋りなとこかな
「……あっ!我が軍が誇る最大の武器のお出ましだよ」
急に話題を切り替えたドニー元帥が指指す方へ目を向けると、手足を鎖に繋がれぞろぞろと虚ろな視線を自らが乗る軍艦に向けていた。
「奴隷が武器、ですか?」
恐る恐る聞けば頷きが返ってきたのに、サッ体温が抜け落ちた。
「奴らは爆弾を背負いこんで撃ち込むんだ、それに…………」
「彼らは人ですよね!?こんなことしたら……」
「奴らは奴隷だよ。罪人や謀反人だ。そんなのは人ではない」
当たり前のようにドニー元帥は言い切った。
奴隷の最後尾の人が軍艦に飲み込まれるのを見届け艤装は終了した。
「私の愛艦を観ていかないかい?水船艦なんだ」
普段ならすぐに飛び付く魅力的な言葉だけど愛想笑いをして断るのが精一杯だった。
気が付けば宿に戻っていた。
固めのベッドがあたしを受け止める。
「はぁ、気味が悪い」
「誰が?」
独り言に返事が返ってきてギョッとする。起きあがるとそこにいたのはルイスだった。
こいつの存在を忘れていた。いや記憶から排除していた。
「そうそう、国王様から伝言だよ。明日とっておきの戦力が帰ってくるから楽しみにしていなさい。朝に迎えを寄越す、だって」
のほほんと言ってのけたルイスが腹立たしい。
「わかった。寝るから出てけ」
ルイスを追い出し再び横になる。
あっ、石の事調べられなかった……
本来の目的をすっかり遂行出来なかったと思ったのを最後に意識が途切れた。
next→10月11日 20時
申し訳ないです1週間遅らせます。