003 序章[#3]
担当:四葩
朝日が昇る前の薄暗い朝アンジェは目を覚ました。
あの凄惨な、シスターや兄様たち家族を一瞬にして奪い去った事件から三日目が経とうとしている。
犯人は、未だ捕まっていない。
「国家の犬共の鼻はどれだけ鈍いのかしら」
信用ならない組織だと常々思っていたけれどこれ程とはね
蔑みを込めた息を吐き出して、皆を埋葬した墓石を見つめた。
家に帰りファザと諸々の片付けをしていたらルイスの姿が消えていた。大方早く起きたせいで昼寝をしているに違いない。
旅立つ準備は整っている。ルイスに見つかったら確実にくっついてくるだろうし、今出て行くのがいい。
あたしは気分良く部屋へと向かった。
「こいつっ!」
いい気分をぶち壊した元凶、あたしの部屋で爆睡中のルイスに悪態をつく。
今すぐ叩き起こして部屋から追い出したい衝動に駆られるけれどそれをなんとか抑え込み、あたしは荷物を持ってそろりと部屋を後にした。
玄関から出て振り返る。
孤児院だから普通の家々より大きめのあたしの家。
もう戻ることはないだろう。
兄様が生き還っても二人で旅を続けるつもりだし
「俺に何も言わずに行くつもりか?」
最期の見納めをするように家を凝視していたあたしに非難めいた言葉が落ちてきた。
声のした方、二階を見上げる。
案の定そこにはファザがいた。非難めいた言葉をかけた割にその顔は笑みが浮かんでいる。
「……で言うことは?」
「……行ってきます。ルイスのことよろしくね」
あたしに付いてこないように、とは言わないでおく。
「任しとけ。さて、きちんと言えた利口な少女に俺から餞別だ。……ちゃんと受け取れよ」
「……は?」
ファザが何かを落とした。落下してきたそれは小袋で中には乾燥した葉っぱが数枚入れられていた。
「わかる奴にしかわからない、超絶なお宝だからな、大切に扱えよ」
今し方そのお宝を放り投げた人が言う台詞ではないんじゃないかしら
「ありがと、もらっておくわ。じゃあね、ファザ」
「おう、風邪引くなよ」
軽いノリの別れの言葉に背を向け
「まずは船旅かしらね」
この国に長居すればルイスにいずれ見つかるし……この国に石があったら困るけども……本当に厄介な奴だわ
アンジェは港へと足を向けた。
クェークェーとカモメが鳴いている港から一隻の船が出航した。
その船上であたしは潮風に吹かれながら海面を眺めていた。
「うぇ、きもちわるぅ」
後ろの方から呻き声が聞こえて船へと視線を動かす、すると口元を抑えた人がよろよろと近付いてきていた。
「ちょっと大丈夫っ!?」
手摺りに辿り着きぐったりと凭れ掛かったのを見て声をかけると
「……大、丈夫で、う゛っす」
14,5歳ぐらいの少女はこの辺りでは見かけない深緑の髪に縁取られた顔を青白くしながらそう応えた。
「いや、大丈夫じゃないでしょう。凭れ掛かってないで座ったら?」
「お優しいのですね。ありがとうございます」
冷静に言うと目をまるくした後嬉しそうにはにかんだ。
「他の乗船者の方には声をかけられなかったので」
「あなたの髪色珍しいからよ。だからって船酔いした子を無視するのは大人げなさ過ぎだけどね」
周囲に聞こえるようにわざと言う。
それに対してチラッとこちらを見たのが数人いたが、何も言わなかった。
「で、あなた家族は?一緒じゃないの?」
「……お使いのような事をしていまして……独り旅中なんです。本当は兄上と行く手筈だったのですが」
「兄上?あなたにもいるの?」
思わず反応してしまった、それをどう捉えたのか彼女は説明しだした。
「私の師匠です。血の繋がりはありませんよ。ただ私と年が近いのでそう呼び慕っているだけです」
照れながら話す彼女の顔色はまだ青白いはずなのに生気を取り戻したかにみえた。
「あなたの兄上ってぐらいならまだ十代でしょ。その年で師匠やってるなんて凄いわね」
するとキョトンとされ、まじまじとあたしを見たかと思うと突然噴き出した。
「私、一様乗船賃は、大人料金で、すよ」
笑いながらの区切り区切りな内容をなんとか聞き取る。
ここの大人料金って確か……
「……18っ!」
「ご名答。私はフヨン、齢18です」
少女、フヨンはにっこりと微笑んできた。
「……アンジェさんは私より一個上なんですね」
なんとなくあたしも自己紹介をしてしまった。
「別に一個しか変わらないし敬語使わなくていいから」
「敬語はデフォですので、お気になさらず」
「ふーん、ところでフヨンのお兄さんは結局何歳なのよ」
「23です。ちょっと間抜けなところもありますが、年相応な人ですよ」
「……フヨンって根に持つタイプでしょ」
「どうでしょう。そんなことよりも、私はアンジェさんのお兄様の事を知りたいですね」
私が言ってないのにどうして知っているのかしら。そう思ったのを表情から読み取ったのか
「兄上?あなたにもいるの?……そう仰っていたので」
「そういうことね。兄様は24だからフヨンたちと年の差は同じ。優しくて賢い人よ」
「そのようですね。アンジェさん凄く良い顔しています。お兄様は船にいらっしゃいませんね、お留守番ですか?」
「私が兄様に会いに行くのよ」
「それは楽しみですね。どこの国にいらっしゃるのですか?」
訊かれて焦る。まさか生き還らせるなんて言えないし、
「……次に着く国よ」
「えっ!次の国ですか」
そんなに驚くことかしら。あ、また顔色悪くなってる?
「すみません。兄上からその国には寄るなと言付けられていたので」
「何かあるの?」
「国の中心部から禍々しい気配が感じると仰ってて」
「禍々しい気配……それ本当?」
もしかしたら石と関係あるのかもしれない
「どういう訳か兄上の勘は良く当たるんです」
「……なら早く行かなきゃね」
良い手がかりが見つかったわ。これで兄様を生き還らせるのに一歩前進ね
そうこうしているうちに、次の国に辿り着いたようで船の動きが鈍る。
「フヨンは降りないんでしょ、ならお別れね」
「はい、くれぐれもお気をつけて。……それともう一つ……」
フヨンがあたしに顔を近づけて囁いた。
「船に乗ってからずっとアンジェさんを見続けている少年がいますよ」
スッとフヨン視線が動く。それに流されるように視線の先を覗けば誰もいない、在るのは船内に続く扉。
「ちょっとお待ちくださいね」
音を出さずに扉の前に行き、勢いよく開けた。
「うわっ!」
扉にくっついてきたのはあたしの大嫌いな自称弟のルイスだった。
「姉さん」
「……」
船を降りたのはあたしとルイスだけだった。
船が小さくなったのを見て改めて国を観る。
レンガ造りらしい高くそびえる壁に、来る者を阻むように高く強固な黒い門。
「高いね、姉さん」
問いかけてくるルイスを無視してあたしは壁の先を見据える。
どうやって入り込めばいいかしらね
「そこでなにをしている」
思考を巡らせていたアンジェの耳に
後ろから少し固めの口調で発せられた声音が届き、あたしは振り向いた。
これにて序章終了!
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