009 結託
担当:四葩
宿への帰路の途中、あのパンをくれた少年が出てきた店の前を通る。
その軒先にある花壇にカエルがポツンといるのが目に止まった。
朱レンガの縁に佇む緑がよく映え、城壁の門で出会った彼が頭を過ぎる。
あたしが初めて会ったこの国の人である彼は人語を操りパソコンを使いこなす奇妙なカエルで、でもその正体は呪われた人間らしい。
……らしいというのは彼の本来の姿を見たことないからなのだけど
あれから数日経ったけれど、元気にしてるかな
「久し振りじゃないか客人。大人しくしてたみたいだな」
不意に思い描いていた人物の声が響いた。
「もしかして…門番さん?」
花壇にいるカエルに視線を向けて問いかける。
「いや、それ本物だからな?後ろだ後ろ」
少々呆れじみた声の通りに振り返ると
「よう、こんな夜更けに娘っ子が何してたんだ?」
何故か愛嬌を感じさせるカエルが佇んでいた。
「さっきまで王宮にいたの」
「王が客人を招くなんて…上手くやってるみたいだな」
「まあね。ところで門の番しなくていいの?」
「これから明日の今頃まで非番だ。門番だって公務だからな、ちゃんとシフト制なんだよ」
「シフト制?」
「そ、でもって夕飯食いにきたんだよ。ここのパンはワインとも合うから俺の一押しでね、良い香りだろう」
確かに芳ばしい香りであたしの胃をキュッと締めつける。
「まあ、立ち話もなんだし一緒にどうだ?奢ってやるよ」
そう言って飛び跳ねながらドアに近づき足下にあるベルを鳴らした。
チリーンと鳴った少し後、ドアの隙間から頭がニュウッと生えてきた。
その視線はあたしと交わることはなく、足下の緑へと注がれ、緑が吸盤を見せるようにヒラリと挙げるとニッコリと笑った。
「ファネスさんこんばんは。今母さんが温め直してるからどうぞ入ってください」
言ったのはあのパン屋少年だった。
「お疲れさまファネスさん。あら珍しい!可愛らしいお連れさんね」
器用に二人分の料理を両腕にのせた女性が揶揄っぽく笑う。
「お姉さん国王様と歩いてたよね!僕パンを渡したよ!憶えてる?パン美味しかった?」
その後ろをワインボトルとビンを抱えつつ興奮気味にあたしに話し掛ける少年、
先程は視界にすら入れてなかったのにだ。
座らせられたのは淡い明かりの灯る雰囲気の良い部屋の客席
元々昼はパン屋、夜はパンがメインなレストランとなるようでちらほらと人がくつろいでいる。
「なかなか美味しかったわよ。パンありがとう」
作り主に言うとニヘーと笑う。頭を優しく撫で目を細めるのは父親だ。
「「いただきます」」
スープがフワフワのパンに重たく染み込みそれが口にじんわりと広がり、クルトンは香ばしいカリカリな歯ごたえで耳をも刺激するのに思わず
「……美味しい」
と呟くとまた微笑みかけられた。
「やっぱお前らのチーズパンが一番コイツに合うな」
コイツと言う時に掲げられたグラスには濃い色のワインが波立たされている。
カエル姿だからとても不思議だけど、食べ物は人と同じものを食べれるのね……。お酒も平気、と。ほんとに姿だけカエルに変えられてしまったみたいね。
因みに食器とかはファネス専用に作られたものがあって、吸盤を上手く使って飲み食いしてるわ。
「当たり前じゃない。貴方が亭主にそう頼んだのだから」
今度はカラカラと笑う。
本当によく笑う人だなぁ
とぼんやりとしていたら、横で大きな欠伸が聞こえた。
「もう寝なさい。明日も学校でしょう」
母親に言われるとコックリと緩慢な動きで頷き
「おやすみなさい」
と奥へと消えていった。
暫くしちらほらと居た客はいなくなりあたしたちだけになる。
それからはカエルのファネスと店主が談笑していた。
「仲がいいのね」
その呟きを拾ったのは奥さんで
「亭主と彼は学生時代からの友人なのよ」
「そうそうコイツが呪いをかけられる前からの仲だな」
「彼の人の姿はどんな風だったの?」
「えっと……そうだな……あれ?どんなだったっけか……」
う〜むと唸るように考え込む家主。
「写真とかはないの?」
「無いなぁ……まあ人がカエルになるなんて衝撃過ぎてそれまでの顔なんて忘れちまったよ」
「そう」
その会話の間ファネスはずっと黙り込んだままだった。
「ごちそうさま。また来るよ」
レストランを出て夜道を歩く。
「あの人たちは……貴方の事……」
「そういう呪いなんだろうな…俺だって昔の出来事は覚えている。名前も仕事も覚えているのに自分の顔が思い出せない。だからなのか元に戻りたいとは思えないんだ。何が理由なのか、呪いをかけたのは誰なのか……知ることが俺には出来ない」
悪いな、呪いについて興味あったんだろ
と言ってあたしの前を歩き出す。
「もし、顔が思い出せるようになったら呪いを解きたいと思うのかしら」
振り向かない背に問いかける。
「今はこの姿が俺だからな。そりゃあ本当の顔を知ればカエルなんて気味悪いと思って必死になるだろうな」
術者はそう思って記憶を消してるのかもな
そう自嘲気味に歪む横顔を見て
「なら、賭けをしてみない?」
「賭け?」
目線を下げて合わせ真っ正面から投げ掛ける
「そう賭け。あたしが貴方を元の姿に戻したらあたしに協力してくれればいい」
「何をだ?」
「もし何かあったときこの国から脱出するのをよ、城壁を開けて、ね?」
「……いいだろう」
こうしてあたしはこの国で初めての協力者を得たのだった。
そんな夜は明け、眠っていたあたしを起こしたのは以前と同じくシナだった
「では、」
シナがあたしの前に手をかざす。
それであたしの姿は見えなくなるのだ。
「ずっと話したいと思っていたの」
「はい。そのように王から言付かっています」
王宮へと向かう中、意を決してシナに話しかけてみても返ってくるのは平淡な言葉のみで面白くない
何か手を考えなくては……
「アンジェ様」
「なにかしら?」
「申し訳ございませんが、王よりアンジェ様と対談する手筈でしたが王太子が是非見ていただきたい物があるそうですので、先に其方に案内させていただきます」
本当に邪魔しかしない王子だな
連れて行かれたのは昨日の水槽が在る部屋
しかし水槽には幕が張られ中が見えないようになっていてその前に人影が立っていた。
「アンジェ来てくれてありがとう」
にこやかに振り返ったのは勿論カティその爽やかさが逆にウザい
「それでは終わり次第お呼びくださいませ」
一礼をしたシナはすぅと姿を消した。
「カティ様どのようなご用件でしょうか?」
早く済ませてシナのもとへ行きたくて単刀直入に訊く。
あたしのイラつきに気づいていないのか、よくぞ訊いたとばかりの表情をして
「君は合成獣に興味を持っていただろう?是非ともこの姿を見てほしくてね」
カティは幕に手をかけ引き払った。
「うわぁ」
感嘆が零れた
水槽にいたのは昨日の人の姿をした獣ではなくて、水中に靡く金糸に被われた逞しい四肢に上顎から伸びる鋭い白亜の牙、折り畳まれて尚その大きさを物語る漆の両翼姿はまさしく獣だった。
「これが本来のコレの姿なのです。合成獣は………」
隣で講釈を述べるカティを無視して食い入るように眺める。
グリフォンみたい
と昔読んだ本を思い出す。
『爬虫類もどきと同類にされるとは嘆かわしいものよ』
頭に低音の渋い声が響く
『案ずるな何もせんよ娘御。黙って聴いておれ』
合成獣なの?
頭の中で問いかける。
『如何にも、して娘御訊きたいことがあるのでな今のように応えよ』
わかったわ
『ほう、なかなか呑み込みが早い。賢い人間は好ましいものだ…問うが娘御お前はこの王宮下にある禍々しき力がわかるな?』
……ええ、一様ね。あたしはその源が欲しくて此処にきたの
『うむ。我はあの力を排除せねばならない。これはお前と利害が一致している』
それは貴方が伝手を貸してくれるということかしら?
『真に賢き娘じゃの。さて、どうする?』
「気に入ったわ」
「それは良かった。見せた甲斐があったようだな」
合成獣へ発した言葉が運良くカティが勘違いしたらしい
「えぇ、とても良いものを見させていただきありがとうございました。カティ様」
でもこんな機会をくれたんだから感謝しなくちゃね
「アンジェ様お迎えに上がりました」
何処から途もなく現れたのはシナで
ここからが本番、絶対に情報を仕入れる
全ては兄様の為に
遅れてすみませんっ宮居の所為です。ごめんなさい。
next→11月29日 20時
(すみません。諸事情によりまた1週間遅らせます。次回更新→12月6日)




