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02:あ、悪魔……?

 一閃、光が部屋を埋め尽くした。


 それは一瞬のことで、すぐさま辺りは夜らしい色合いに戻る。

 黒乃は動けなかった。眩しさに驚いたわけではない。

 いや、もちろんそれにも驚きはしたのだが、彼が固まる理由はそれではない。


 目の前で起こったことを理解しようとすればするほど、頭は混乱して焦りが生まれる。唐突に突きつけられた非日常というのは、あまりにあっけなく余裕というものを奪ってしまうのだと少年は知った。


 もっとも、黒乃にとっては十数分前を起点に続く今現在までが、すでに非日常と呼ぶに相応しいものではあったが。


「よぉ、黒乃。俺のご主人になろうかって男が、そんな間抜け面っつーのは頂けねぇな」


 薄暗い廃墟の中、ナイフを持った少年が一人。その向かいでへたり込む黒髪の少年が一人。二人の間には大柄な男が一人。

 おおよそ普通ではないその状況で、大柄な男は一つに括った銀灰色の長い髪を揺らして豪快に笑った。場に似つかわしくない笑い声が響く。


 目の前で笑う大男を見上げ、黒乃が思ったのは「誰?」という単純な疑問だった。次いで訪れた疑問は「人間じゃない?」というもの。


 見た目こそ人の形をしているが、その格好は馴染みのないものだった。深い青色をした垂れた両目と、それに反比例するように鋭く上がった両眉。それから彫りの深い精悍な顔つき。少なくともアジア人ではない。


 上半身に衣類は纏っておらず、日に焼けた肌は金をベースにした装飾品に彩られている。アクセサリーに馴染みのない黒乃には――いや、現代の人間の感覚からしてみればその装飾品の数は過剰に映る。


 そして何より、その男の頭には立派な角が二つ。それが作りものでないというのなら、彼が人間ではないという何よりの証明になるだろう。


 突然現れた人外を前に、黒乃は現状を理解しようと必死に思考を巡らせる。


 けれど結局辿り着いた先にあったのは、「魔法のランプをこすったアラジンはこんな気持ちだったのだろうか?」というくだらない疑問だけだった。


 そうやって間の抜けた顔で腰を抜かす黒乃に、灰色髪の大男が視線を合わせるようにしてしゃがみ込む。


「どうした? 俺と契約しないのか?」

「け、契約って……」


 少年に問われ、大男は呆れたように一つ笑う。カラカラという豪快な笑い方だった。


「なんだ、忘れちまったのか? 悪魔との契約の方法」

「あ、悪魔……?」

「んん? おいおい、本気で忘れちまったのか? なんだぁ、参ったなぁ。俺が誰だかも忘れたのか?」


 忘れた、と目の前の男は言うが、黒乃は心内で「違う」と返す。忘れたんじゃない、知らないのだ。

 なんの話かも分からないが、どうやら向こうは自分のことを知っているらしい。それだけ、混乱する頭で理解した。

 いや、もう一つ。相手が悪魔であるらしいことも。


「し……知らない」

「な、なんだよ……せめて忘れたって言えよ、傷付くだろー……」


 キリッと上がった眉尻を下げて言う姿は、愛嬌もあって到底悪魔なんてものには見えない。それでも、さっきこの男は「悪魔との契約の方法」と言った。


「ねぇ、君は誰なの?」


 黒乃の問いに、男はゆっくりと目をしばたいた。

 やがて、少しだけ寂しそうな顔をして、それでも威厳ある声で告げる。


「俺はバアル。ソロモン七十二柱が一柱、序列一位の偉大なる王だ。どうだ恐れいったか」


 茶化すように言う男――バアルに呆気にとられていると、彼の後ろで気配が動くのを感じた。

 慌ててバアルから視線を逸し、その後ろを見やる。


 視線の先では少年が数歩後ずさり、間合いを取ってナイフを構えていた。依然、こちらへと敵意を向けて。


 つられたように、バアルも視線を後ろに流す。


「自己紹介もすんだところで、あいつをどう捌くか考えるとするか」


 言ってのっそりと立ち上がったバアルへ再び視線を戻せば、彼はニッと笑ってみせた。その笑顔に、黒乃は何故だか言いようのない安堵を覚える。この非日常の中で、だ。

 彼は少なくとも自分の敵ではない。根拠はなくともそう確信した黒乃は、大げさなほどに首を縦に振ってみせた。


「そうだ、黒乃。契約すりゃあ俺は全力を出せるが、その話はあとにするか? 一回契約しちまうと、やっぱやめますってわけにもいかねーし、迷うようなら今はやめとけ。まぁ、今の状態でも戦力的には特に問題はねぇしな」


 暗に後ろの少年を侮る発言に、当事者の少年が苦虫を噛み潰したような顔でまた一歩後ろへと後退する。その姿にさっきまでの威圧感は感じられない。

 相手はこのバアルという男にいくらかの恐れを抱いているように見えた。


 ――助かるかもしれない。


 本格的にそう思った矢先、少年の怒声が響く。


「バルバトス! こいつを何とかしろ!」


 ふいに風が部屋を駆け巡った。埃っぽい風が集まった先に、またしても一人、男が姿を現す。


「一人で十分だと言っていたのに、結局私をこき使うのか」


 男の呆れたような声が部屋に溶ける。低く落ち着いた声だった。


「予定が変わったんだよ、いいから手ぇ貸せ!」

「怒鳴る必要はない、十分に聞こえている」


 つば広の羽がついた帽子。革製のロングコート。手には狩猟用の銃。例えるなら狩人という言葉が相応しい彼の姿もまた、現代には似つかわしくないものだった。

 帽子のつばから垣間見える深緑の瞳は一通り部屋を見回した後、黒乃と、彼を庇うように立つバアルを一瞥する。


 しばしバアルを見つめたあと、バルバトスと呼ばれた男は深いため息をついた。


「残念だが私には荷が重すぎるようだ。彼を相手にともなれば、奇襲でも掛けねばまともに応戦出来まい」

「やる前から諦めるなよ。別に殺る必要はねぇ。ちょっとの間だけ俺らから遠ざけてくれりゃあ、それでいいんだ」

「それが難しいと言っているのだが……まぁ他ならぬ主の頼みだ、やれるだけのことはやるとしよう。数分ばかりならば、どうにかなるだろうよ」


 改めて盛大なため息をついたバルバトスは、帽子に手を添え「しかし」と言葉を続ける。


「仮契約の状態なら、だ。契約されては、いよいよもって私の手には負えなくなる。いいな、白雨しろう


 その言葉に、白雨と呼ばれた少年は小さく舌打ちをした。それから呆れたように「気弱な悪魔もいたもんだ」と一人ごちる。


「そんじゃ、まぁ、ちょいと準備運動にでも付き合ってもらうとするかね。数分俺を楽しませてくれるんだろ? なぁ、バルバトス」


 不敵に笑う男を前に、バルバトスは顔を顰める。どうやら「数分持たせる」という些細な一言が、バアルの自尊心をくすぐってしまったらしい。余計なことを言ったものだ。

 バルバトスは帽子の影に目元を隠し、それから「参ったな」と小さくぼやいた。


「数分ばかりならば何とかなると言ったが、白雨……やはり前言撤回だ。ここは引いた方が懸命だと考えるが」

「何言ってんだ、頼りねぇな。ちょっとの間で良いって言ってんだろ、何とかしろよ」

「……仕方あるまい。人使いの荒い主を引き当てた、己の不運を呪うとしよう」


 やや芝居がかった言葉を選ぶ彼に、白雨は再び短く舌を打つ。


「人じゃなくて悪魔だろーが」

「悪魔使いが荒い上に細かいときた。つくづく私は運のない男だ」

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