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貧富

ヤヤの旦那、夢斗の撮影風景

 大戦の中、顕著に現れる物がいくつかある。

 その一つが、貧富の差である。

 富める者は、その財力で自分達の身を護る。

 貧しき者は、異邪の襲来に恐怖し、ただ、異邪の脅威が自分達に降りかからないことを祈るのみである。

 しかし、そんな貧富の差すら、一瞬で無に帰す事もある。



 ブラジルのサンパウロ。

 多くの人々が怪我をしている。

 その風景を手伝いながら写真に収める一人の日本人が居た。

 同じ様に手伝いをしていた男が尋ねる。

「どうして、こんな写真を撮るんだ?」

 日本人は、真剣な顔で答える。

「この戦いの記録を少しでも残して起きたくてね」

 手が空いたところでシャッターを下ろす日本人。

 質問した男が苦笑しながら救護を手伝わないでひたすら写真を撮り続けるカメラマン達を見て言う。

「あそこに居る。何も見えてない奴よりは、増しだな」

 それを聞いてカメラマンの一人が言う。

「君達には、解らないかもしれないが、僕達の撮った写真がきっと、世界を良い方に変える。こんな所で救護を手伝いながら撮る、二流には、解らないだろうがな」

 日本人は、反論せず、救護の手伝いを続ける。

 そんな中、被災者への配給が始まる。

 多くの人々が群がる。

 そんな風景を日本人は、撮り続ける。

「あんたは、良いのかい?」

 日本人は、ウエストポーチから固形食を取り出して言う。

「私には、これがありますから。この配給は、一人でも多くの異邪に襲われた人々に渡らないといけませんよ」

 遠慮も無く配給物資を受け取っているカメラマンを見る現地の人々。

 それを無視して、温かいスープを飲むカメラマン達。

 そんな場所に高級車がやってくる。

「随分と綺麗になったな。スラムのダニを追い出す手間が省けて、異邪さまさまだな」

 そんな無神経な言葉が高級車の中から聞こえてきた。

 周りの人間が憎悪の視線を送るが、誰も手を出さない。

 気になった日本人が確認する。

「あの高級車の中の人は、何者ですか?」

 現地の人が苦々しい顔をして答える。

「このサンパウロで指折りの金持ち、ムーシ=オオガネだよ。今回の襲撃も、自前の警備兵で異邪を撃退して、損害が無いらしい」

 そんな中、一人の十歳前後の少年が高級車に向かって石を投げた。

「スラムのダニの分際で!」

 ムーシが怒鳴り、前後の車に指示を出すと、武装した男達が少年を捕まえる。

「放しやがれ!」

 暴れる少年に向かってムーシが言う。

「お前がつけた傷を直すのにどれだけのお金が掛かると思っている。この車は、お前等みたいなスラムのダニの何倍も価値があるんだぞ!」

「うるせい! オヤジ達を殺した異邪を褒める奴なんか死んじまえ!」

 少年の言葉は、この場に居る殆どの人間の本音だった。

 ムーシは、苛立ち命令する。

「このクソ生意気なガキを黙らせろ!」

「止めてください!」

 そういって出てきたのは、まだ十代後半の綺麗な少女であった。

「この子のやった事は、あたしが代わりに誤りますから、どうかお許しください!」

「姉ちゃん! こんな奴に謝る事は、ない!」

 少年が反発する中、少女の美貌に鼻の下を伸ばすムーシが言う。

「そうだな、お前の態度しだいでは、考えてやろう」

 その言葉の意味は、誰にでも解った。

 少女も弟を護る為にその身を差し出す覚悟をした時、日本人が来て言う。

「止めなさい。ここで私刑をする事じたい犯罪です。石を投げつけられたのも、貴方が心無い事を言ったからでしょう。今回の事は、無かった事にするべきです」

 それを聞いてムーシが言う。

「ここでは、私が絶対なんだ! この男も黙らせろ!」

 武装した男が実行しようとした時、写真を撮っていた日本人の前に新たな日本人が現れ言う。

「この人に手を出すのだけは、止めておいた方が良いぜ。何せ、八刃の長、鳳較様の旦那、鳳夢斗ユメトさんだからな」

 それを聞いて、武装した男達が驚き、写真を撮っていた日本人、夢斗を見る。

映市エイイチさん、あまり妻の名前を出すのは、止めて下さいませんか?」

 それを聞いて後から来た日本人、英志の兄、谷走映市が言う。

「僕は、戦うのが嫌いなんで、八刃の長の名前だした方が安全でしょ?」

 映市の言うとおり、その名前は、絶大で武装した男達も怯む。

 ムーシも思案した後に言う。

「ここは、許してやるが二度目は、無いぞ!」

 そのまま逃げていくムーシ達であった。

 少女が夢斗に頭を下げる。

「ありがとうございました」

「姉ちゃん、そいつに頭を下げるな!」

 少年が怒鳴るが、周りの人間も似たような反応だった。

 さっきまで談笑していた現地の人間も冷たい視線を送る。

 映市が頬をかきながら言う。

「そういえば、周りの人間にも効果絶大だったな」

 それでも少女が諭すように言う。

「それでもこの人達は、あたし達を助けてくれたわ。本当にありがとうございます」

 もう一度頭を下げる少女に夢斗が言う。

「君達の名前を教えてくれるかい?」

 少女が答える。

「あたしは、マリナ。弟は、ノリトと言います」

 そんな中、カメラマン達が夢斗を何度も写真に撮る。

「大スクープだ。あの八刃の長の夫がこんな所にいるなんて」

 少年、ノリトが言う。

「そうだ、なんでそんな奴がこんな所に居るんだ!」

 夢斗が真剣に答える。

「私は、戦闘能力がありません。妻が大変な事も解っていますが、この大戦が記録を撮りたかったのです。多分、それが妻の目的にも繋がると思ったから」

 ノリトが不満気に言う。

「下らない事ばっか言いやがって! その八刃の長がここを見捨てた。俺だって知ってるんだ、八刃は好き勝手に助ける連中を選んでいるって。俺達は、俺の両親は、お前達に見殺しにされたんだ!」

 それこそ、この場に居た者達が夢斗を恨む元凶である。

 その言葉を真正面から受け止め、夢斗が答える。

「妻は、神様では、ありません。全てを救うことなど出来ない。そして同時に言っています。人は、異邪に負けない強さがある筈だと。その証拠に君達が生きている」

 ノリトが叫ぶ。

「でもオヤジ達は、死んだ!」

 映市が淡々と言う。

「お前達を護ってだろ?」

 マリナが驚いた顔をする。

「どうしてそれを?」

 映市が言う。

「僕の能力でね、例えば、君が今、白い下着を履いているとか解るんだよ」

 顔を赤くするマリナ。

「ここに居ても、何も出来ないみたいだから、行きましょう」

 そういって夢斗は、映市を連れてその場を離れていく。



 その夜、家を失った人々が配給された毛布一枚で寝ている時、イエロークラスのリスの影獣の集団が襲ってきた。

 方々に逃げ出す人々。

「ノリト! 何処に行ったの、ノリト!」

 人の流れと逆行する様に進むマリナ。

「邪魔だ、どけ!」

 走って来た男達に疾走する車の前へ押し出されるマリナ。

 マリナが死を覚悟した時、自分の身体が影に沈むのを感じた。

 眼を開けたときには、映市の腕の中に居た。

「大丈夫? 僕としては、キミみたいな子には、死んで欲しくないからね」

「何度もありがとうございます」

 頭を下げるマリナ。

「弟さんが居ないみたいだけどどうしたのですか?」

 映市と一緒に行動していた夢斗が問いかけるとマリナが首を横に振った。

「あたしが目を覚ました時には、もう、居ませんでした」

 渋い顔をする夢斗。

「こんな騒動の中、一人で居なくなるなんて……」



 ムーシの寝室。

 何人もの美女を侍らしていたムーシだが、そこに使用人が駆け込んでくる。

「大変です、異邪の襲撃です!」

 舌打ちしてムーシが言う。

「いつも通り、警備の奴らに始末をさせろ」

 使用人が首を横に振る。

「それが、こんどの異邪は、今までの奴と違い、警備網を潜りぬけて侵入してくるのです」

 その時、その使用人の首にリスの影獣の牙が突き刺さり、絶命する。

 一斉に逃げ出す美女達。

「待て、私を置いていくな! 金を払わんぞ!」

 怒鳴るムーシに美女の一人が叫び返す。

「お金なんかより、命の方が大切よ!」

 そのまま逃げていく美女達。

 無論、ムーシも逃げ出していたが、不摂生な生活が祟って、直ぐに息が切れてしまう。

「無能な部下共め! 全員解雇してやる!」

 そんな時、ムーシの前にノリトが現れる。

「お前何処から入ってきたんだ!」

 ノリトが何処かで拾った鉄パイプを振り上げて言う。

「異邪が出てきて騒いでたから、簡単に入れた。俺は、運が良い」

「誰か居ないのか! このガキを始末しろ!」

 呼びかけに誰も反応しないのでムーシは、慌てて言う。

「待て、今は、逃げないと死んでしまうぞ!」

 ノリトが睨む。

「お前が喜んだ異邪の所為でオヤジ達も居ない。生きてたってしょうがない! 死ね!」

 ノリトは、鉄パイプを振り上げた。



 夢斗達に連れられて、ひとまず、人の流れが無いところに移動したマリナが言う。

「早く弟を見つけないと」

 映市が頭を掻きながら言う。

「ガキを探すのに使うのは、嫌だが、仕方ない。『万華鏡影撮メンゲキョウサツエイ』」

 無数の影法師達が生まれ、次々に散らばっていく。

「今のは、何ですか?」

 マリナの質問に夢斗が答える。

「あれが、映市さんの得意技で、あの影法師が見た映像を感知することが出来るらしい」

 映市が指を立てて言う。

「直ぐに弟さんを見つけるから。その時は、パンチラ写真を撮らせてくださいな」

 マリナが軽く引きながらも頷く。

「何でもしますから、お願いします」



「私達は、どうなるんだ!」

 まだリスの影獣が来てない倉庫に隠れるムーシとノリス。

「五月蝿い! お前なんか死んでしまえば良かったんだ!」

 悔しそうな顔をするノリスだったが、結局、あの鉄パイプを振り下ろしたのは、ムーシを襲おうとしたリスの影獣を散らす為になっていた。

 震えながらもムーシが言う。

「どうして、私を助けた? 金が欲しいのか?」

 ノリスは、怒鳴る。

「お前の金なんかいらねえよ!」

「だったらどうして?」

 金だけが判断基準の自分の生き方と相容れない存在に戸惑うムーシの質問にノリスが拳を握り締めながら言う。

「オヤジが何時も言っていたんだ。人間同士、時には、喧嘩する事もあるが、無抵抗な人間に攻撃する奴は、クズだって。俺は、クズには、なれなかった!」

 自分には、想像も出来なかった答えに言葉を無くすムーシ。

 その時、扉が食い破られ、リスの影獣達が侵入してきた。

「もう、お終いだ!」

 ムーシが絶叫し、ノリスが目をつぶった時、影から映市が現れる。

「こんな所に居たのか? マリナさんが探していたぞ」

「姉ちゃんが?」

 ノリスの言葉に映市が頷く。

 そして、逃げ出そうとした時、ムーシが叫ぶ。

「私も助けてくれ! 金だったら幾らでも出す!」

 苦笑する映市。

「その金って、あそこで使用人達が持ち逃げしている奴か?」

 映市が指差した先では、こんな時なのに火事場泥棒をする使用人達が我先に金目の物を奪い合っていた。

「奴ら、今まで雇ってやっていた恩を忘れおって!」

 怒鳴るムーシに映市が言う。

「時間が無いからお前が決めろ」

「俺が?」

 話を振られて戸惑うノリスを見て絶望するムーシであった。



 襲撃から数日後の元スラム街。

 以前より被害者が多い中、配給の車がやってくる。

 それを貰う列の中にムーシも居た。

 ようやく配給を貰ったムーシを屈強の男達が囲み言う。

「ご立派なムーシ様には、そんな物は、口に合わないでしょうから、俺達が食ってあげましょう」

 何本もの歯が抜けた顔を歪めるムーシ。

「私は、三日も食事をとっていないのだ。見逃してくれ」

「お前の所為でもっと酷い目にあった奴を知ってるんだ!」

 そう言われて、ボコボコにされて食料を奪われるムーシ。

 よろよろに成りながら人気が無いところに逃げ延びるムーシ。

 そんなムーシにマリナが近づいていき、自分の分の配給を半分渡す。

「これを食べて元気を出して下さい」

「ありがとう!」

 涙を流して感謝をするムーシがその時ためだ食事の味は、大枚叩いて買ったどんな美食よりも美味しかったらしい。



 マリナとムーシのやり取りを撮っていた夢斗に映市が言う。

「そろそろ次の場所に行きますか?」

 夢斗が頷き、カメラを片付けながら言う。

「映市さんは、ノリスくんが何故、あの男性を助けたと思いますか?」

 映市が即答する。

「人を助けるのに理由は、必要ないでしょ」

 夢斗も頷く。

「それが正解ですね」

 そのまま立ち去ろうとした時、十歳未満の少女が夢斗達に駆け寄ってくる。

「将来が楽しみだ」

 映市がそう呟いた時、少女は、ポケットから手を取り出すとその手には、ナイフが握られていた。

 咄嗟に映市が前に出て、少女のナイフを身体で受け止める。

「お母さんが死んだのも、家がなくなったのも、全部、八刃の所為だ!」

 何度も何度も、少女は、映市にナイフを突き刺す。

 それでも笑顔を向ける映市に少女が戸惑う。

「キミみたいな可愛い子がこんな危険な事をしちゃ駄目だよ」

 映市は、優しく少女の頭を撫でる。

「泣いて良いよ」

 そして泣き出す少女を映市は、少女を追ってきた女性に託す。

 少女が完全に見えなくなってから倒れる映市。

「どうして、最後まで攻撃をしなかったのですか? 君でしたら、少女を傷つけずに気絶させる事も出来たでしょう」

 映市が答える。

「僕は、不闘の映市ですよ。女の子に攻撃する技なんて持ってません」

 夢斗がこんな状況でも苦笑してしまう。

「君のその性格は、死ぬ寸前まで変わりませんね」

 映市は、上手く動かない身体なのに満面の笑顔を作って答える。

「それが僕ですから。すいませんが最後に一つ頼みたいことがあるんですけど」

 夢斗が真剣な顔をして言う。

「何ですか? 私が出来る事などそう多くは、無いですが力の限りやらせて頂きます」

 映市が答える。

「これから最後の力で、自分自身の身体を触媒にして特殊な万華鏡影撮をやります。すいませんがそれの受信先になって頂けませんか?」

 夢斗が戸惑う。

「そんな事をしたら、遺体を家族の所に帰せなくなります」

 映市が真直ぐな目で答える。

「僕は、少女に刺されても死にません。これからの技を使った所為で消えていく。家族には、そう伝えて下さい」

 夢斗は、強く頷く。

「解りました。君の影法師の映像は、私が受け取ります」

 そして映市が最後の呪文を唱える。

八百万華鏡影撮ヤオマンゲキョウサツエイ

 映市の影からどんどん影法師が生まれていき、それと共に映市の身体が影に侵食されていく。

 映市の全てが影法師に変化し、それが映し出す映像が夢斗に送られるのであった。



 その後、サンパウロでは、ムーシが法的に財力を取り戻すが、直ぐにそれを、スラムを始めとする町の異邪防衛と救助の為に使用する事になるのであった。



 貧富の差など、戦争の中では、容易に崩れ去る物である。

 戦争は、常にそれまでの日常を打ち壊していくものなのだから。

 そして、貧富等関係ない人の心の繋がりこそが最後の支えになるのであろう。

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