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宗教

宗教それは、人の支えになる物。しかし、時には……

 異界壁が崩落してから十日が過ぎようとしていた。

 この大戦を大きく三つに分けた場合、序盤戦は、終ったと言えよう。

 序盤戦は、突然の襲来した異邪の存在に驚き、人の対応能力が試された。

 最後の戦いでは、絶望的な力差にも負けない人の生存能力が試される事だろう。

 そして、これからの中盤戦では、長く続く戦いに人の忍耐能力が試される。

 そんな忍耐能力が試される中盤戦で一番の敵は、同じ人間なのかもしれない。



 異邪の襲撃に心安らぐ時が無い日々を送る人々にとって、宗教は、ある意味支えになっていた。

 それが証拠に、異界壁崩落以降、宗教を始める人が多く、信仰が低いとされる日本でも多くの神社、仏閣、教会へ訪れる人間が増加した。

 同時に、多くの見せ掛けだけの宗教が淘汰された時とも言われている。

 何故ならば、真摯に信仰をしていた場所では、ある種の結界になり、異邪の進入を防ぐ事も可能だった。

 それが故に、低いレベルの異邪でも容易に進入できる場所は、信仰が薄いとされ、多くの似非宗教が暴露されていったのであった。

 そして、この状況に動き出す特定の思考集団が居た。



 アメリカの片田舎にある孤児院が併設されるマリアンヌ教会。

 そこでは、多くの信者が祈りを捧げていた。

「祈りなさい。神は、けっして我々を見捨てておりません。神は、我々人間を信じ、チャンスを下さっているのです。自らの手で自分達の生きる道を選ぶチャンスを」

 神父の言葉に信者達が一斉に祈りをこめる。

 そんな中、一人の男が駆けてくる。

「また異邪が現れたぞ!」

 その言葉に、槍を持った金髪の少女が反応する。

「何処ですか?」

「町の入り口の方だ。自警団がマインドアタックスペルで必死に足止めしてる」

 男の答えに少女が駆け出す。



 町の入り口では、拳銃を片手に八刃がネットで教えている呪文を唱える人々が居た。

『我が意思を戦う力に』

 その呪文に答え、弾丸に微弱だが異邪に対抗する力が宿り、町を襲いに来ていた犬の影獣を牽制していた。

 そこに先ほどの少女が到着する。

「ワ、急いでくれ!」

 恐怖に冷や汗を垂らす男達を追い越し、その少女、白風和が犬の影獣に槍を振るう。

 弾丸すら牽制に成らなかった犬の影獣達だったが、槍の一撃に次々と滅びていく。

 全ての影獣を退治して、汗を拭う和。

「おつかれさん」

 周りの大人が和の苦労を労う。

 そこに一組の日本人が現れる。

「和、蒼牙ソウガ様に頼りすぎだぞ」

 シュンとする和。

「すいません。お父さん」

 町の大人が不機嫌そうな顔をして言う。

「だったら、娘にやらせていないであんたがやったらどうだ? ここには、貴方の大切な奥さんやワちゃんが居るんだから」

 その言葉にその男性、和の父親、白風零レイが言う。

「もっともな言葉です。しかし、私も八刃の上に人間。色々としなければいけない事があります」

 舌打ちする男達を尻目に、一緒に来た女性と一緒に教会に向かうのであった。



「お帰りなさい」

 笑顔で零を迎える、妻でマリアンヌ教会のシスター、ゼリア。

「ただいま」

 抱きしめる零。

 そこに一緒に来た女性、零の従兄妹でもある較が言う。

「旦那さんをお借りして、すいません」

 それに対してゼリアが首を横に振る。

「レイには、レイにしか出来ない天命があると理解しています」

 較が頭を下げる。

「そう言って頂けると助かります」

 ゼリアが笑顔で言う。

「奥にどうぞ。簡単な物ですが食事の用意がしてあります」

「わざわざありがとうございます」

 較は、答えて奥に向かうのであった。



 その日の夜、較と零そして神父がワインを飲みながら話していた。

「この教会には、異邪は、入って来れない様子ですね」

 較の言葉に神父が頷く。

「全ては、信者の信仰の賜物です。それと、ワさんが頑張ってくれています。しかし、良かったのですか? 強力な異邪を排除する為に世界各地に人員を派遣しているそうですが」

「和がここを、妻を守ってくれているから、私が全力で戦っていられます」

 零の答えに較が付け足す。

「和ちゃん一人が増えるより、ゼロさんが思いっきり戦える方が大切なんですよ」

 神父が言う。

「そうですか。しかし、八刃の長として有名な貴女がここに居るというのは、どういう事でしょうか?」

 較が真剣な顔になる。

「宗教は、人の支えになりえる物。でも中には、本質を履き違え、自らの命や世界すら、教えの為の犠牲にしようとする人々が居ます」

 神父が悲しそうな顔をする。

「この近くの町で盛んな宗教団体『天国への道』を滅ぼすおつもりで?」

 較が手を横に振る。

「それが出来たら楽なんでしょうけど、それをやった所で先延ばしにしかならないでしょうからね」

 零が付け足す。

「天国への道は、異界壁の穴を大きくしようとしている。そうして自らの命を神の代行者、異邪に捧げる事で天国にいけると考えているらしい」

 神父が大きなため息を吐く。

「異界壁が崩落する前から、終末を望む者達が居ました。しかし、彼等は、神の教えを誤解しています。神が求めるのは、神の指し示した正しき道を進むことのみ。人間の命など求めていないのです」

 較が頷く。

「以前、神の使徒に聞いた事があります。神にとっては、人の命など幾らでも作り出せる物でしかない。大切なのは、その与えられた命で人々が何をするのかであると」

 零が続ける。

「だが、この状況の中、楽になる事を選ぶ人間も多く、その力で異界壁の穴を大きくする事が出来ます」

 神父が驚く。

「本当なのですか?」

 較が紙に網目を描き答える。

「異界壁は、壁という名前ですが、網目状になっています。現在、いくつかの解れが発生して、異邪の出入りがかなり自由になっています。それでも、レッドクラス以上の異邪が入って来れる程の緩みは、ありません。しかし、こちらの人間の力で一時的に広げてレッドクラスの異邪を呼び込む事が出来ます」

 零が続ける。

「そして、一度レッドクラスの異邪がこちらに来たら、その存在で広がった網目を維持することが出来ます」

 神父が辛そうに言う。

「殺さずに止めることは、出来ないのでしょうか?」

 較が首を横に振る。

「邪魔をして時期をずらす事が出来るとしても、遠くない日、再現しようとします。人の心を変えることは、出来ない以上、私達には、対処療法を行うしかないのです」

 零が真剣な顔をして言う。

「一度、穴を広げさせて、現在の状況を確認し、蒼牙様の力で補強する事になります。こっちに現れたレッドクラスの異邪を倒す為に、私と八刃の長がここに来たのです」

 関係者でもない神父にも較と零にとってもそれが決して楽な事では、無いということが解った。

「戦うことが出来ない私にも出来ることは、ありませんでしょうか?」

 精一杯の問いに較があっさり答える。

「ありますし、今もしてらっしゃります。死んで天国に行くなど考えないように人々に教えていって下さい。信じる心で人々を支える、それこそが宗教の意義だと私達は、考えています」

 神父が強く頷きます。

「精一杯の事をさせて頂きます」



 日が変わり、較と零がその時を待っている時、一人の日本人、白風の分家頭の一つ、白木シロモク静太セイタが駆け込んできた。

「八刃の長、大変です。例の儀式が日本でも行われると予知がありました」

 較が驚く。

「それは、こちらの儀式が失敗した時の起こりえる未来と予知班の判断だった筈だけど?」

 静太が焦った表情で言う。

「それほどリンクして居たと言う事で、同時に発生する可能性が高いとの事です」

 零が言う。

「確か、規模としては、こちらより小さかった筈だな」

 較が頷きながら言う。

「いっその事、妨害することで止めさせられない?」

 静太が首を横に振る。

「日本のを放置した場合、蒼牙様の補強後にも網目が広げられる可能性が高いとの事です」

 較が悔しそうな顔をする。

「両方同時にレッドクラスを排除して、蒼牙様に補強をしてもらうのが最善手と言う事になるけど。補強直前で、ダークブルークラスが頻繁に出現していて人員に余裕は、無い」

 ノートパソコンを広げて、現在の最新情報を確認し、人員を搾り出そうとする較に零が言う。

「八刃の長は、日本の方を頼む。ここは、私が中心になって対処する」

 較は、もう一度、配置状況を確認してから告げる。

「それだったら、最高攻撃力が高いあちきがこっちをやる。ゼロさんは、日本をお願い」

 零が首を横に振る。

「蒼牙様の発動は、こちらでやる必要がある。そして、それまでは、蒼牙様の力を使える以上、私がここを受け持つのが妥当だ」

 較は、首を横に振る。

「どうしてこの作戦が万能タイプのあちき達が選ばれたか解っているでしょ。異邪の力が強すぎて数や種別すら正確に予測できなかった。だから、ここは、あちきが……」

 零が子供達の朝食の為に働くゼリアと手伝いをする和を指差して言う。

「私は、妻と娘を護りたい。その為に、より妻と娘に危険が大きいこちら側を担当したい。八刃の長とて、日本を自らの手で護りたいだろう。それこそが八刃の性なのだから」

 較が静太に言う。

「ゼロさんのフォローは、頼んだわよ」

 静太が真剣な眼差しで答える。

「この命に代えましても」

 そして較は、日本に移動をするのであった。



 朝食の後片付けも終り、のんびりした時間、ゼリアが零の傍に来て言う。

「八刃の長の事が好きだったのですか?」

 零が首を横に振る。

「多分違う。あの思いは、弱い自分に対する後悔だった。今だったら確信できる。俺は、お前と和と逢うために生まれてきて、お前達を護る為に力を手に入れた。自分が白風に生まれ、蒼牙様に出会った事を嬉しく思う」

 ゼリアが涙を必死に堪えて言う。

「必ず帰ってきてくださいね」

 零がキスをしてから答える。

「約束する」

 そこに静太が入ってくる。

「儀式が始まったみたいです」

 零は、頷くと和がやって来ていう。

「私も一緒に戦います!」

 それに対して零が首を横に振る。

「お前は、母さんを護っていてくれ。他の誰よりもお前に任せた方が安心できるのだから」

 泣きそうな和から槍を受け取る零。

「行くぞ」

 頷く、静太。



 その集会は、ある意味狂気なのかもしれない。

 しかし、その狂気は、静かだが、地下を流れるマグマの様に確実に爆発の瞬間を待っていた。

 天国への道の代表。

 彼は、カリスマと呼べる物を持っている男でなかった。

 何処にでも居る男だった。

 だからこそ彼は、天国への道の代表に成り得た。

「我々は、神に見捨てられた」

 誰も反応しないが代表の言葉は、続く。

「圧倒的な力を持つ異邪にただの人間でしかない人が抗える訳が無いのだ」

 沈黙が続く中、代表が較の写真を取り出す。

「彼女は、選ばれた者。きっと異邪との戦いに勝ち、この世界で生き残る事が出来るだろう」

 反論は、無い。

「ならば我々は、どうなる。このまま、ただ異邪に殺されるだけなのか?」

 ここに来てざわめきが起こる。

「嫌だ! 我々だけが死ぬなど認められる訳が無い!」

 同意の声が上がる中で代表が告げる。

「神のお告げがあった。我らの願いで、神が降臨する。それは、あの八刃が異邪と呼ぶものかもしれない。しかし、この世界に住む全ての者に平等な死を与えてくれよう」

 平等その言葉だけがこの場に居た者達の心を打った。

 そう、この天国への道に参加した者達の殆どが異邪の襲撃を受け、生き残った者。

 ある者は、避難を強制され、異邪の襲撃で財産を全て失った。

 ある者は、軍の救助が遅れ大切な者を失った。

 ある者は、他の人間の死んでいく中で、たった一人救出された。

 幸か不幸か、ここに居る者達は、周囲に居た人間と違う結末をむかえた者達だった。

 彼らにとって平等な結末こそ求めるものであった。

「ここで、異邪に命を捧げる事で、我々の魂は、平等に天国への道を進むことが出来るのだ!」

 歓喜の声があがる。

 それを遠くから見て零が言う。

「下らない演説だな」

 静太も頷く。

「平等の死なんて物が在る訳がありません。どんなに絶望的な状況でも、あの中の何人かは、生き残る事になりますからね」

 零が苦笑する。

「そして私達は、ここで自殺するあの者達を止めない。罪深いが、生きるということは、罪を犯すこと。ならば進んで罪を犯そう」

 周りのメンバーも同意する。

 そして天国への道の代表が告げる。

「さあ、今こそ我らの命をもって、天国への道を開かん!」

 事前に配られたナイフで自殺を繰り広げる信者達。

 それに答えるように上空が真赤に変色し、それらが現れた。

 静太は、汗を拭いながら言う。

「レッドクラスの異邪を確認。全部で八体。他にもダークブルークラスの異邪も百体近く現れます」

「レッドクラスは、私が相手をする。お前達は、他の異邪を決してこの地から出すな!」

 零が和から受け取った槍を持って、中央で異界壁の網目を広げたまま固定しようとするレッドクラスの異邪達に向かっていく。

 レッドクラスの異邪の一体、金色の瞳の天人、ゴルヘブンが言う。

『貴様の持つ槍は、ただの槍では、無いな』

 零は、槍を突きつけて言う。

「そう、これは、偉大なる神の欠片より生まれし、蒼牙様が変化した槍。お前等にも十分に通用しよう」

 無数の異邪達の中でも一際大きなレッドクラスの額に星のマークを持つ竜、スタードラゴン、タスドスが言う。

『汝も只者では、無いな』

「私は、八刃の一家、白風の零」

 それを聞いて感心したような顔をする疾風の様に飛び回るレッドクラスの神鳥、疾風鳥、セールズ。

『噂に名高き、八刃の盟主の一族か』

 零が頷き告げる。

「貴殿達は、どうしてもこの世界に押し入るつもりか? 友好的な移住なら神々の許可を取る手助けもする」

 それに対して獅子の顔を持つレッドクラスの人獣、レオルドが答える。

『それが土台無理な要求の事くらい我らにも解る事だ。ならばこの好機を利用する。全ては、生き残るために』

 零が槍を突きつけて言う。

「ならば私が力の限り抗うまで!」

 煙のような身体を持ったレッドクラスの古神、スモクスが悠然と答える。

『面白い。下位世界の住人がどれだけの力を持つか試してやろう』

 マントを羽織った骸骨、レッドクラスの不死者、テラリッチが不気味な笑みを浮かべて言う。

『貴様の生気は、極上の味であろう』

 無数とも思える分身を持つネズミのレッドクラスの影獣、バブルマウスも頷く。

『そうだ、貴様を食らえば、我らも日の光の中を自由に動けることだろう』

 そして、激しい雷撃で不意打ちをする雷のレッドクラスの精霊、ジンスが高笑いをあげる。

『さあ、ゲームの始まりだ!』

 零は、蒼牙を避雷針にして雷撃を逃がす。

 そこに疾風鳥、セールズが突撃を仕掛けるが間一髪の所で避ける零。

 続いて襲ってくる獅子の人獣、レオルドの攻撃を蒼牙の石突で受け流す零にバブルマウスの分身達が迫る。

 零は、蒼牙に力を篭めて振り、その衝撃波で分身達を吹き飛ばす。

 そうしている間にテラリッチが生気を吸い取るエナジードレインを仕掛けて来るが蒼牙の力で断ち切る。

 そこにスタードラゴン、タスドスのアイスブレスが襲い掛かる。

 零は、蒼牙の力を使った簡易結界でそれを凌ぐが、そこに古神、スモクスが自分の力を篭めた煙を送り込んでくる。

 侵食を止められないと素早く割り切り、零は、大きく間合いをあける。

 そこに金眼の天人、ゴルへブンの特大の雷球が落下してくるが再び蒼牙を避雷針代わりにして防ぐ。

 苦笑するゴルへブン。

『大きな口をきいていた割には、全てその槍の力では、無いか。つまらぬな』

 そんな中、スタードラゴン、タスドスが口を大きく開ける。

『我々にも時間が無いのだ。一撃で終らせて貰う』

 タスドスの口の中で複数の力がミックスされ、山すら一撃で消滅させるブレスが放たれようとしていた。

「させるか!」

 零は、蒼牙をタスドスの口に向けて投げつける。

『しまった!』

 タスドスの口の中で蒼牙の力と己のブレスの力がぶつかり合い、自らの頭を消滅させてしまう。

「まずは、一体!」

 零が告げたとき、その足元にバブルマウスが群がり動きを封じた。

 そこに疾風鳥、セールズの体当たりが決まり、吹き飛ぶ零。

 古神、スモクスの煙が空中で零の締め上げると獅子の人獣、レオルドの牙が零の脚を噛み砕く。

 落下する零にゴルへブンと雷の精霊、ジンスの雷撃が決まり。

 全身に激しく電流が流れる中、テラリッチが左腕を直に掴み、生気を奪っていく。

『美味なり!』

 もう抵抗できないと判断したバブルマウスが零の肉体を食らおうと無造作に近づいた時、その声が響く。

『ああ、我等が守護者』

 金色の天人、ゴルへブンが驚く。

『まさかあれだけの攻撃を受けてまだ生きているのか?』

『全てを切り裂く存在、偉大なりし八百刃の第一の使徒』

 それは、確かに零の口から漏れ出していた。

『我が魂の訴えに答え、その力を一時、我に貸し与え給え』

 そして、困惑して動きが止まっていたバブルマウス達に零の右手が向けられる。

『白風流終奥義 白牙ビャクガ

 激しい白い光がバブルマウスを一瞬で消し去り、その反動でテラリッチを弾き飛ばした。

 幽鬼の様に立ち上がった零が言う。

「……二体目」

『我らにも負けられぬ訳がある!』

 疾風鳥、セールズが今までより速い動きで零に迫った。

「蒼牙!」

 零の声に答え、蒼牙が高速で飛来し、セールズの翼に突き刺さる。

『馬鹿な!』

 軌道がずれたセールズの翼に刺さった蒼牙でそのままセールズを斬り滅ぼす零。

「三体目」

 蒼牙を杖代わりに立つ零に古神、スモクスの煙が迫る。

 蒼牙の力で結界を発生させて、侵攻を遅らせる零に獅子の人獣、レオルドが迫る。

『ああ、我等が守護者、全てを切り裂く存在、偉大なりし八百刃の第一の使徒』

 零が右手を向けていた。

『これで決める!』

 一気に詰め寄ろうとするレオルド。

『我が魂の訴えに答え、その力を一時、我に貸し与え給え』

 レオルドの攻撃の方が早いはずであった。

 しかし、それを邪魔した要因が存在した。

 蒼牙の結界とぶつかり合っていたスモクスの煙がレオルドの力を削いでいたのだ。

『白風流終奥義 白牙』

 二発目の白い光がレオルドを飲み込んだ。

「四体目」

 煙も吹き飛んだ中、蒼牙により掛かるような状態で零が立っていた。

 そんな零を残った異邪、金色の天人、ゴルへブンと雷の精霊、ジンスが前方から、不死者、テラリッチと古神、スモクスが後方から隙を狙っていた。

 スモクスが零を凝視して言う。

『今の技の連発で、お前の力は、つきかけている。あとは、その槍の力さえ気をつければ問題ない』

 余裕を取り戻したスモクスだったが、テラリッチがうめき出す。

『馬鹿な、取り込んだ生気が!』

 零は、生気を吸われて垂れ下がった指で複雑な印を幾度も刻んでいた。

『我が身体より生み出されし白き風よ、敵対する者の力と共に弾けよ、白命風爆ハクメイフウバク

 零の呪文に答えて、テラリッチの内部に取り込まれた零の生気が暴走し、傍に居たスモクス諸共、爆散した。

「五と六体目」

『こんな奴とやりあってられないぜ!』

 逃げに入ろうとした雷の精霊、ジンスだったが、それを邪魔するものが居た。

『奴の真似だ。お前の力を爆発させて、あいつを滅ぼす』

 金色の天人、ゴルへブンが雷撃をジンスに打ち込み、零に向かって弾き飛ばす。

「七体目!」

 零は、蒼牙でジンスを地面に縫い付ける。

『力が!』

 必死にもがくジンスから地面に雷が漏れて行く。

 その横を通り過ぎて零がゴルへブンに近づく。

 顔を引きつらせながらもゴルへブンが言う。

『お前を近づけさせないことなど、我が力を持ってすれば可能だ』

 牽制用の雷撃を高めようとした時、零が腕を振り上げる。

『サンダーナーガ』

 地面が盛り上がり、大蛇とかしてゴルへブンに迫る。

『搾りかすのようなお前の力で作った土の大蛇など、我が力の前には、無力』

 その言葉と共に放たれた雷撃だが、土の大蛇が纏った雷撃に相殺されてしまう。

『馬鹿な、お前にこれだけの力が残っているわけが……』

 ゴルへブンは、気づいてしまった、その雷撃の出所が、自分が犠牲にしようとし、今ももがき続けるジンスである事に。

 零が飛び上がり手刀を振りあげる。

『オーディーン』

『たった一匹の下位世界の住人に我々が全滅させられるなんて……』

 ゴルへブンは、その言葉を残して、真っ二つに切り裂かれる。

「ラスト」

 そして、レオルドに片足を噛み砕かれて居る為、バランスが取れずに倒れる零。

 ジンスの雷を全て地面に放出し、滅ぼした後、蒼牙が蒼い虎に変化する。

『見事であった。八刃の長の方も無事にレッドクラスを倒した。これから我が力で、異界壁の補強を行う』

 その虎、蒼牙の言葉に零が頭を下げる。

「よろしくお願いします」

 そんな零を見て蒼牙は、寂しそうに言う。

『出来る事なら、もっと和やその子供達の指導もしてやりたかったが、蒼貫槍ソウカンソウ様との約定がある。補強の為の力を借りる代わりに、この戦いが終り次第、蒼貫槍様の使徒になる。二度とこの世界には、来れぬだろう』

「蒼牙様の教えは、きっと和にも伝わっています。そしてその子供達にも伝わっていくでしょう」

 零の言葉に蒼牙が頷き、消えていく。

 まだ周りでは、異邪の残党と八刃との戦いが続いているが、零の戦いは、終った。

 静太が駆け寄ってきて言う。

「零様、こちらも被害が出ておりますが、異邪は、全滅させられます」

 零が最後の力を振り絞り立ち上がる。

「そうか、すまないが教会まで連れて行ってもらえないか?」

 静太が慌てる。

「それよりも早く、治療を!」

 零が真摯な態度で頭を下げる。

「頼む!」

 その言葉の意味を悟り静太が肩を貸す。



 日本で戦っていた較は、地面に倒れこんでいた。

 その近くで倒れていた、白風の分家頭筆頭、白火シラビタノシが言う。

「やっぱりあんたは、凄い。レッドクラスの異邪三体を一人で倒してしまうんだからな」

「貴方達の頑張りには、感謝します。急遽集めたメンバーで異邪の流出を防いでくれたのですから」

 較の感謝の言葉に恥ずかしそうにする凱。

「当然の事ですよ」

 そこに凱の親友で、サポート役の青年、クレナイ正一ショウイチが来て言う。

「八刃の長、アメリカの方も無事に撃退し、異界壁の補強も無事に終ったそうです」

 安堵の息を吐き較が言う。

「それで、ゼロさんは?」

 正一は、少し躊躇しながら答える。

「マリアンヌ教会に向かったそうです」

 その言葉に凱が言う。

「家族に会いに行くなんて元気がありあまってるみたいですね。こっちは、動けないって言うのに」

 同意を求めようと凱が較を見た。

 しかし、較の顔には、深い悲しみが浮かんでいた。



 マリアンヌ教会でゼリアは、和と一緒に神に祈っていた。

 和が立ち上がる。

「お母さん、帰って来たみたいです!」

 和が嬉しそうに報告し、入り口に向かう。

 ゼリアは、泣きそうになる自分を抑え、立ち上がり、入り口に向かった。

 ドアが開き、静太に肩を借りた零が現れる。

「約束通り戻ってきた」

 和が抱きつき。

「お帰りなさい、お父さん!」

 しかし、和の嬉しそうな顔がどんどん強張って行く。

 ゼリアは目に溜まった涙を堪えながら必死の思いで搾り出す。

「レイ、お帰りなさい」

 零が笑顔で言う。

「只今」

 和が叫ぶ。

「お父さん、早く治療しないと、どんどん生命力が弱くなってるよ!」

 必死な表情の娘を優しく撫でながら零が告げる。

「すまないが、手遅れだ。白牙の連発なんて無理をした所為で、もう肉体も魂も限界なんだよ」

 泣き出す和。

「嘘!」

 ゼリアが近づくと残った力で抱きしめて零が言う。

「本当に幸せだった。最後の最後で言える。この幸せをくれた神に感謝する」

 そのまま零の手から力が抜け落ち、二度とその手が動くことが無かった。

「お父さん!」

 泣き続ける和。

 最後まで家族の事を思い続けた夫を抱きしめながらゼリアは、振り返り、神に祈る。

「この人の魂をどうか天国にお導きくださいませ」



 スピアオブオールラウンドの異名を持ち、八刃の中でも屈指の力を持った零を犠牲にしながらも補強が行われた。

 それによって、強力な異邪の出現は、格段落ちる事になったが、異邪と人類との戦いは、続く。

 最後にこれだけは、付け足しておこう、一万近くの天国への道の信者が参加した儀式であったが、異邪排除後の救助で一割近い人間が命をとりとめた。

 所詮、死すら決して平等で無いと言う事だけは、変えようの無い真実である。

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