権力
権力を持つものは、どうして特別だと思えるのだろうか?
世界各地で異邪と人類の戦いが続いていた。
幾つかの大企業が提供した異邪専用兵器やクラスカウンター以外にも古くから伝わる術を使い異邪と対抗する者達も現れた。
多くの町で小さく弱くても協力しあう事で、異邪の撃退がなされていた。
そんな中、多くの企業からの異邪専用兵器の提供を受け、物量的には、一番優遇されたアメリカ軍だったが、主だった場所の警備にその大半を配備している為に、多くの地方都市では、戦力不足が発生していた。
ホワイトハウスのアメリカ大統領室。
「地方都市にもサイコマグナムやライフルを配置しろと言うのか?」
国防長官が頷く。
「現状のままでは、強力になっていく異邪の進撃に地方都市戦力では、対抗しきれなくなります」
それに対して大統領補佐官が言う。
「まずは、このホワイトハウスの防衛が最優先だろう。ここが落とされたらアメリカ全土が落とされたのと同様なのだからな」
食い下がる国防長官。
「しかしながら、地方都市を見捨てる訳には、行きません! 虎の子である、サイコミサイルまでとは、言いません。ホワイトハウスや一部軍事基地の警邏に全員に配置しているサイコマグナムの半数を地方に回すだけでかなりの戦力の均等化がなされると思われます」
補佐官が苦笑する。
「話にならないな。異邪の中には、潜入を得意とする者も居る。それなのに、内部警備の戦力を落とす事など出来るわけが無い」
「お前には、言っていない! 大統領、ご決断を!」
国防長官の言葉に大統領が言う。
「補佐官の言うとおりだ。まずは、ホワイトハウス等の主要施設の警備が優先、地方都市には、何時でも避難出来る体制をとる様に通達してくれ。人命優先に頼む」
その言葉に補佐官が勝ち誇った顔をし、国防長官は、悔しそうな顔で頷く。
「解りました」
国防長官の執務室。
「大統領は、解っておられない。国民は、ただ命だけ助かれば良い訳では、無い。家や財産も護ってこそ、国民は、国に忠誠を誓えるのだ!」
あれる国防長官に副官が言う。
「しかしながら、同様な対応をとる国が多いのも確かです」
疲れた顔で椅子に座って国防長官が言う。
「ああ、そして、多くの者達は、民間協力者と共に異邪の撃退を行っている。その体制に国民からの非難が集まっている。我が国をそんな二流国家と一緒にされたくないのだ」
副官が言う。
「ならば、ここは、長官の一存で、異邪専用装備の地方への配備を進めては、如何でしょうか?」
国防長官が悔しげに言う。
「それが出来たらとっくにやっている。異界壁崩落後、国家緊急事態として、大統領が独立指示権を持つ状態になっている。私が配置を変更しても気付かれたらその時点で私が更迭されるだけだ」
無力感だけがその場を支配するのであった。
そんな会話が行われていた、翌日。
ホワイトハウス上空に、翼を持った人間、天人達が現れた。
「撃ち落せ!」
大量の精神のチャージが必要で、製造にも手間が掛かる米軍でも数箇所にしか配置されていないサイコミサイルが上空に居た天人の一部を確かに消滅させた。
「やったぞ、我々の力を思い知ったか!」
そんな歓声をあげられていたのも少しの間だけだった。
サイコミサイルで落とせたのは、一部だけなのだ、多くの効果範囲外に居た天人もそうだが、直撃と思われた天人にすら無事な者が多かった。
「馬鹿な、あのミサイルには、一発で一億以上の掛かっているのだぞ……」
『下賎な権力を行使して、我等に逆らおうとする愚か者達に天の裁きを与えん」
降り落とされる雷撃が多くの兵士を殺していく。
「……そんな、サイコミサイルが殆ど効いていない」
地下シェルターで状況を見ていた大統領補佐官が呆然と見る。
国防長官がマイクに怒鳴る。
「効いていない訳では、無い! 攻撃の手を緩めるな!」
そんな中、補佐官が手を叩く。
「そうだ、八刃の長に援軍を頼んだら如何でしょうか? あの組織は、異邪を滅ぼす事を第一としています。これだけの異邪が集まっていたら、良い機会と動く可能性があります」
それに頷く大統領。
「そうだ、あの娘も、まさかホワイトハウスが襲われていては、無視しないだろう」
国防長官が小声で呟く。
「馬鹿が、その娘に一度ホワイトハウスを半壊させられたという事実を忘れたのか」
そして、補佐官が電話をかける。
「私は、アメリカ大統領補佐官だ。八刃の長に繋いでくれ」
それに対して、相手側のオペレーターが言う。
『すいません。八刃の長は、お忙しいので、直ぐにお繋ぎするのは、難しいと思われます』
意外な台詞に補佐官が怒鳴る。
「貴様、わかっているのか、私は、大統領補佐官なのだぞ!」
『解っております。ただいま八刃の長は、フランスの首相との電話中ですのでお待ち下さい』
相手側から意外なビックネームが出て戸惑う補佐官。
そんな会話を聞いて苛立った大統領が電話を奪い取り言う。
「私は、アメリカ大統領だ! 緊急事態なのだ、直ぐに繋いでくれ!」
『少々お待ち下さい』
オペレーターの冷静の言葉に大統領が怒鳴る。
「こちらは、一分一秒を争っているのだ!」
そんな言葉を無視するオペレーター。
暫くして、較が電話に出る。
『こんにちわ、アメリカ大統領。どの様なご用件ですか? そうそう、ここからの会話は、こちらの都合で全世界に通知されますので、気をつけて会話してください。他の人もお聞きになりたいのでしたら、当方のホームページで各国の首脳との会話が聞けますよ』
意外な言葉に、周りの人間が動く。
すると、通告通りに較と各国の首脳の会話が公開されていた。
「なんのつもりだ!」
大統領の言葉に較が言う。
『全世界の人が知りたいと思っていると考えましたから。市民の間では、政府は、極秘裏に八刃と繋がっているなんて根も葉もない噂が広がっていますからね。そんな噂は、心外でしょうから、禍根を断つ為ですよ』
言葉に詰まる大統領。
『それで、どの様なご用件ですか?』
大統領は、大きく深呼吸をしてから言う。
「いま、ホワイトハウスは、異邪による大規模な襲撃が行われている。八刃による援軍を頼む」
それに対して較が溜息を吐いて言う。
『今更なのですね?』
大統領が首をかしげた。
「なにが今更なのだ?」
『いま、アメリカ全土でどれだけの異邪の襲撃があり、どれだけの被害が出ているか知っていますか? 少なくとも何十万人規模の国民が家を無くしています。それなのに今更なのか聞いているのですが?』
較の辛らつな言葉に大統領が熱弁する。
「人命優先し、避難をさせているからだ。そうでなければ多くの死者が出ていた!」
すると較が言う。
『アメリカは、そういうお考えなのですね? でしたら救援出来ます。今すぐホワイトハウスを放棄してください』
「そんな事が出来るわけが無いだろうが!」
大統領が怒鳴ると較が言う。
『避難する時間が無いと言う事ですか? それならそれもお助けしましょうか?』
「このホワイトハウスを放棄するなど考えられないと言っているのだ!」
大統領の言葉に較が言う。
『避難した人達も家を捨てたくなかったでしょうね』
「一般市民の犬小屋と一緒にするな!」
大統領の言葉を聞いて補佐官が慌てる。
「大統領、この会話は、全世界に公開されています!」
激昂した大統領は、止まらない。
「うるさい、ホワイトハウスは、特別。人類の盟主、アメリカの大統領が居る場所。そこは、何人たりとも、不可侵なのだ!」
『そうですか、それでしたら救援は、難しいので自力で頑張ってください。他人の意地の為に割ける余力は、ありません。話が以上でしたら、忙しいので、これで終らせてもらいます』
較の淡々とした言葉に大統領が慌てる。
「解っているのか! 私は、アメリカ大統領なのだぞ。もし、私に万が一の事があったらどうするのだ!」
『取り敢えずは、そこに居ない高官が舵取りをして、この戦いが終った後、大統領選挙が始まるだけでは、ないのでしょうか?』
的確な言葉に大統領が愕然とするなか、天井が崩れ、天人が現れる。
『塵のような力を集めて喜ぶ愚か者に裁きを与えん』
その手に炎が生み出された。
「ホワイトハウスを放棄するから、助けてくれ!」
大統領が叫んだ次の瞬間、ホワイトハウスに居た人々が一斉に消え、天人が初めて動揺を見せる。
『どういうことだ!』
ホワイトハウスの上空で較が落下していた。
「八子さん、ご苦労様です」
「事前準備は、万全だったからね」
ホワイトハウスに居た人々を待避させた前霧流の長の妻、元異界の時空神の巫女、八子が答える。
そして較は、右手から激しい白い光を放つ。
『ホワイトファングベビーモスモス』
白い光は、天人を滅ぼすのと同時にそこにホワイトハウスがあった痕跡すら残さなかった。
八刃の基地に戻り、一息つく較に八子が言う。
「ホワイトハウスに天人による大規模な襲撃があると予知されたから、人的被害を少なくする為に、あたしの力を補助する事前準備をして、あっちの言質をとって一気にホワイトハウスごと、天人を消滅させる作戦成功ね。だけど、これだけの人手と時間を使うんだったら、普通に助ける事も出来たんじゃないの?」
較が苦笑しながら言う。
「丁度良かったのですよ。一番戦力があつまり易いホワイトハウスでも、対抗できない力があるという事実を知らしめるには。これを教訓に、力を分散する事で、総合的な戦力アップを図る様に誘導する事が出来た筈です」
八子が同情の視線を向ける。
「八刃の長としては、切り捨てないといけないものが多すぎて大変ね」
較が強い決意をもって言う。
「それでも一人でも多くの人を助けたいですから。その為には、自分が、力がある者だけが頑張るだけじゃだめだって、色々失敗して身にしみてますから」
較の脳裏に、護りたかった人や多くの誤解とすれ違いを生んだ事件を思い出される。
「まだまだ序盤戦、これからもっと激しく、そして厳しい戦いになるわよ」
八子の言葉に頷く較であった。