影獣
谷走VS影獣の対決
影獣界、彼等は、光無い世界で生まれた獣。
そんな彼等は、光を求めてこの世界に来た。
しかし、そんな彼等の身体は、光に耐性が無く、それを補う為に、この世界の住人を食らうのであった。
異界転移八極陣での、影獣と谷走の戦いは、一進一退であった。
お互いに影を武器にする為、基本的に有利不利が無く、それぞれの力量だけが勝負を左右した。
「まだまだ!」
「行くわよ!」
谷走の双子の女性、右鏡と左鏡がレッドクラスの影獣を二人がかりで攻撃する。
『『影円』』
そんな様子を見ながら、この場を任された谷走英志は、奥に控える強敵に神経を集中させて居た。
それを隣で見ていたその弟、栄蔵が言う。
「強力な影の支配能力を持つ、クリムゾンクラスの獅子の影獣。一筋縄では、行きませんね」
英志が頷く。
「そうだ。しかし、あれを倒すのが、我ら谷走の仕事だぞ」
栄蔵も頷く。
「勿論です。私が先に行って、牽制します」
栄蔵が特攻する。
『影刃』
影の刃が獅子の影獣に迫る。
『その程度の力で、この影獣帝、レオゴンに通用すると思うな!』
気合一発で、影を従わせるレオゴン。
そのタイミングを狙って、背後から英志が飛び出す。
『影断』
影が一気にレオゴンに押し寄せる。
『光を手に入れるまで、我は、諦めない!』
その叫びと共に、英志の影も打ち返す。
舌打ちする英志達であった。
夕闇が迫る八刃学園では、新たな問題が発生していた。
「白虎エリアに展開していた影獣が影を通って、内部に侵入しようとしてる」
特殊司令室の較が悩む
「いつもの間結の結界で防げないの?」
良美の質問に較がため息を吐く。
「八刃学園には、強力な陣がひかれていて、そこに新たに影移動を封じる結界を追加するのは、難しい状態なの。現在の所は、谷走に個別に処理してもらっているけど、そろそろ限界。無理にでも結界を張るのも考慮にいれる状態かもね」
良美が頬を掻く。
「あまり乗り気じゃ無いみたいだな」
較があっさり頷く。
「高度な陣や結界の上に別の結界を張るのは、危険が高いんだよ。当初の予定では、八刃学園外で影獣を排除する事で対応できるはずだったんだけどね」
良美が近隣マップを見る。
「精霊達の発電施設襲撃に余力を投入したのが致命的だったね」
較の手元には、いくつかの対応策が提示されていたが、その殆どが即時却下されていた。
「あまり趣味じゃないけど、谷走系の非戦闘員の力を借りて、谷走の能力で影からの侵入を防ぐ壁を作る方法が一番妥当なのかも」
苦々しい顔をして実行の為の人員の検討しようとした時、通信が入る。
『八刃の長、私の案が却下された理由をお聞かせください』
通信の相手は、谷走の長、湖月だった。
「検討するまでも無い。終奥義を使って、一気に影の壁を作るなんて、どう考えても自分が影に侵食されて死ぬ案を出してくる事自体が私は、信じられません。それに谷走の長には、間結の長の件で命令権、発案権を没収しています。受理すらしていません」
切って捨てる較に湖月が言う。
『ですから、その償いとして私がやると言っております』
較が机を叩き怒鳴る。
「死ぬことが償いになるなんてふざけた考えは、止めて下さい。償うのでしたら、生き残って貰います! もしも勝手に動かれるのでしたら、拘束をさせて頂きます」
湖月と較がにらみ合う。
『解りました。指示に従います』
較は、小さくため息を吐いて言う。
「それでしたら、非戦闘員に影の壁を作って貰う交渉を行ってください。同時に、貴方には、その護衛をお願いします」
『了解しました』
湖月があっさり頷くのであった。
通信でリストを受け取った湖月は、即座に傍に居た志耶の兄、矢道に引継ぐ。
「この大戦の間、お前が、谷走の長代行だ。私の代わりにこのリストの人間に交渉し、護衛を行え」
「よろしいのでしょうか?」
矢道の言葉に湖月が答える。
「ああ、八刃の長が処罰の対象にしたのは、谷走の長だから、谷走の長を辞める」
「それは、欺瞞です。どう考えても今回の事は、命令違反です」
矢道の正論に湖月が苦笑する。
「確かにな。普通の組織だったら絶対に許されないだろうな。だが、私達は、八刃なのだ。大切な者を護るためだったら、ルールなど平気で破れる」
矢道が大きなため息を吐いて言う。
「絶対に私も八刃の長からお叱りを受ける事になるのですが?」
湖月が肩を竦めて言う。
「知ったことでは、無いな」
そして、部屋を出て行こうとした湖月の前に華夏が現れる。
「長、本気ですか? 責任をとると言ったのは、長です!」
湖月が頷く。
「そうだ。だが、もう私は、長では、無い。そして、私の主人は、陽炎様なのだ」
その一言に華夏が口を噤む。
主人に仕えて働く事を重要視する谷走にとっては、どんな正論より重かった。
だからこそ矢道も止めなかったのだ。
「曙様は、何れ間結の長になられるお方だ。確りと御守りしろ」
そのまま出て行く湖月を華夏も止めることが出来なかった。
そして、湖月が呪文を唱え始める。
『ああ、我等が守護者、闇を走る存在、偉大なりし八百刃の使徒、我が魂の誓いに答え、その姿を一時、我に写し給え。谷走流終奥義 影走鬼』
己の身体を影に転化し、その影支配能力を使い、影獣達を八刃学園から追い出す湖月。
そのまま、影からの出入りを遮断する壁で八刃学園を覆いつくす。
その頃には、湖月の身体は、完全に影に侵食されていた。
「陽炎様。お傍に行かせてもらいます」
それが湖月の最後の言葉であった。
異界転移八極陣でのレオゴンとの戦いは、かなり不利な展開になっていた。
『影小円』
栄蔵の放つ影の小円を強引に突っ切り、レオゴンがその脚を噛み砕く。
『影刀』
自らの影から生み出した刀で切りかかる英志に気付き、レオゴンが距離をとる。
「大丈夫か?」
英志の言葉に栄蔵が悔しげに言う。
「駄目です。このまま戦いを続けても足手纏いになるだけです」
自分の現状を正確に把握し即答する栄蔵に英志が微笑む。
「お前は、いつもそうだな。戦いを嫌った映市兄さんとも、理想を追い求め続けた私とも違う。現実的な道を歩み続けた」
苦笑する栄蔵。
「兄さん達みたいに才能が無かっただけです」
英志は、首を横に振る。
「現実を正確に捉え続けられる事も才能だ。そのお前に聞くが、この状況で私達が出来る事は、何だ?」
栄蔵が唾を飲み込み、緊張した面持ちで答える。
「八刃の長からの禁を破る事になりますが、私が終奥義を使って、レオゴンを倒す事だけです」
英志が頷く。
「確かにそれが一番現実的だな。しかし、私は、理想家なのだ。自分の主人の旦那の為に、この命を懸けよう」
そう答え、自らの足で接近する英志。
『我は、負けんぞ!』
レオゴンがその牙を英志に向ける。
英志は、左腕で牙を受けた。
『何を考えている! 至近距離だとしても、我の影支配能力は、お前達より上だ!』
「外部の影だったらな」
英志は、レオゴンの影の身体に右腕を突き刺す。
当然、それだけでは、レオゴンにダメージを与えることは、出来ない。
『影刃』
英志の右腕から血飛沫があがる。
『馬鹿な! どうしてだ!』
レオゴンの背中にも大穴が空いていた。
血まみれの両腕を垂らしながら、英志が蹴りの要領で、レオゴンの身体に脚を嵌め込む。
『影断』
レオゴンの身体が脚の形に沿って両断される。
虫の息のレオゴンが問う。
『どうして、我の影支配力が通じなかった? お前の影支配力がそれだけ高いと言う事か?』
残った片足で立つ英志が答える。
「同じ条件なら、勝っていたのは、貴方でしょうが、私の体内の影の支配力だったら、私の方が何倍も有利だったと言う事ですよ」
レオゴンが愕然とした表情で言う。
『自らの体内の影を使う為に、自分の肉体ごと、攻撃対象にしたと言うのか? 信じられない奴らだ。我の負けだ』
そのまま滅び行くレオゴン。
「お見事」
栄蔵が賞賛の声を上げた時、その影が盛り上がる。
「しまった。負傷で、影の支配力が落ちてたのか!」
万全の状態なら起こらない自らの影からの影獣の出現に、負傷した栄蔵は、対応出来なかった。
しかし、英志は、間に合った。
『影刃』
切り裂かれる影獣。
「英志兄さん!」
叫ぶ栄蔵の前には、栄蔵の代わりに胸から大量の血を流す英志が立っていた。
「ご主人様に伝えて下さい。私は、貴女に仕えられて幸せでしたと」
そのまま、倒れる英志。
自分の間抜けさに歯軋りする栄蔵だったが、直ぐに脚を応急処置して立ち上がる。
「まだ戦いは、終っていない! この身体でも戦える以上、最後まで戦うまで!」
そして影獣の群に向かっていくのであった。
残り、十二時間。




