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精霊

萌野VS精霊の対決

 精霊界、世間一般的に言われる精霊や妖精が住む世界。

 純粋無垢な存在と言われる彼らだが、実は、かなり悪戯好きである。

 そんな彼らにとって、人の生死や物理的な被害は、自然の中で起こりえる事で、気にすることでは、ないらしい。

 目的意識が無い、趣味だけで動く、この大戦の中で現れた異邪の中である意味、一番性質が悪い異邪である。



 精霊達を戦っていたのは、萌野とその分家であった。

 純粋な火力をメインにして、次々と精霊達を蹴散らして居たが、同じ炎属性には、あまり有効では、無かった。

『炎だ、炎だ! 極炎霊イフマンダー様の炎も見てくれ!』

 周囲の精霊の被害を考えず、炎の塊、クリムゾンクラスの精霊、イフマンダーは、炎を撒き散らす。

「こちらの炎では、ダメージを与えられない」

 苦い顔をする萌野静。

 そこに、犬の特徴を持つ、人型の異界の存在、正式に移住免許を取っている犬王ケンオウが前に出る。

「こんな時の為に、俺が居るんだろ! このくらい、俺一人で相手してやるよ!」

 犬王は、そのまま、その鋭い爪でイフマンダーを切り裂こうとするが、イフマンダーは、爆笑する。

『僕に近づくなんて出来ないさ!』

 温度を更に上げて熱波を放ち、犬王の接近を許さない。

「生意気な奴!」

 それを後方で見ていた、母がブラッドオブエリキシルと呼ばれる回復能力を持つ血を持った谷走の少女、志耶シヤが言う。

「犬王、じっくり攻めて!」

 舌打ちする犬王だったが、志耶に言われた通り、じっくり攻める。

 犬王が志耶の言うことを聞くのには、事情がある。

 犬王は、勅命の血と呼ばれる志耶の血を飲んでしまった為、パワーアップと引き換えに、志耶の命令に逆らえなくなっているのだ。

 そんな志耶に静が言う。

「すまないけど、犬王さんで、あのイフマンダーの足止めをしておいて下さい」

 志耶が頭を下げる。

「解りました、萌野の長」

 イフマンダーを犬王が相手している間に、萌野は、他の精霊達を排除していくのであった。



 犬王がイフマンダーの足止めをしている間にも新たな問題が発生していた。

 特殊司令室の良美が言う。

「どうして、こう連続して問題が起こるんだろうね」

 較は、諦めきった顔をして言う。

「戦いなんてこっちの思い通りに行くほうが珍しいよ。兎にも角にも、原子力発電所から炎の精霊を追い出さないことには、大惨事になる」

 現在、較に報告されているトラブル、それは、原子力発電所に精霊が入り込み、原子炉を暴走させようとしていると言う事だった。

「原子力発電所って全部、八刃が配置されてるって話だったけど、どうしたの?」

 良美の質問に較が言う。

「一応は、配置してあった。でも、この大戦で余力は、八刃学園に集めてあったからね。大体、精霊の奴は、戦略とか関係なく、何か大きなエネルギーだって、原子力発電所に集まってるだけ。そんなのまで計算に入れて置けなかったよ」

 忌々しげに言う較だったが、配置の確認をして一人の戦力を見つけ出す。

「この人だったら、なんとかなるかもしれないけど、この戦いには、不参加だって言ってたんだよな」

 較は、複雑な顔をして一枚のカード、ダイヤを取り出す。

「ユーリアさんか。この人は、大戦に入って直ぐに逃げに入ったものね」

 良美の言葉に、較が頷く。

「戦う気が無い人を引っ張り出す気がしなかったから、声を掛けなかったけど、ユーリアさんの潜伏地が思いっきり原子力発電所の傍。どちらにしろ連絡は、入れてみましょう」

 そして、電話を鳴らすと、ユーリアが直ぐに出る。

『最初に言っておくけど、私は、参戦しないわよ』

 較は、ため息を吐きながら言う。

「そうですか、ただ、そちらの近くの原子力発電所が精霊に襲われて暴走間近です。出来れば鎮静にいって欲しかったのですが、駄目でしたら、逃げてください」

『無茶を言うわね、今から逃げて、逃げ切れるの?』

 ユーリアの質問に較が悩む。

「難しい所ですが、こっちも出来るだけ頑張るので、ギリギリ助かる可能性もありますよ」

 今度は、ユーリアがため息を吐く。

『解った。そんな危険な賭けをするくらいなら、戦った方がましね。直ぐに行くからサポートをお願い』

「ありがとうございます」

 電話で頭を下げる較であった。



 十五分で原子力発電所についた、元オーフェンハンター、鬼神のフォーカードの一枚、カットオブダイヤと呼ばれる、糸使い、ユーリア。

「ここね。かなりやばそうね」

 周りの空気だけで状況を判断したユーリアに元、白風の分家頭筆頭の白水シラミズ零子レイコが来て言う。

「今回は、協力ありがとうございます。これが内部の地図と、放射能避けの護符です」

 差し出されたアイテムを受け取ってユーリアが言う。

「こっちの命も危ないから仕方ないわよ。それで、敵戦力は、どのくらい」

 零子が答える。

「複数の炎の精霊が入り込んでいますが、問題は、原子炉に侵入したブルークラスの火炎の精霊が三体。それさえ居なくなれば、原子炉自体は、こちらでどうにかします」

 ユーリアが頷く。

「解ったわ。任せておいて」

 そうして、ユーリアが施設に入っていく。



 ユーリアが入っていくとすぐさま、常人だったら即死レベルの炎の塊が襲ってくる。

 ユーリアは、平然とそれを糸で軌道をずらして、無視する。

 その後も、何度もユーリアを襲う炎の精霊だったが、ユーリアは、火傷一つ負わずに、原子炉まで近づくのであった。

 そして、原子炉で騒ぐ火炎の精霊の一体が言う。

『炎の精霊達の攻撃があたらないなんて、おばさん、凄いね』

 次の瞬間、その精霊が無数の糸に貫かれ消滅した。

 別の火炎の精霊が言う。

『そんなに怒らないでよ。僕達は、ただ遊んでるだけなんだから』

 あくまで気楽な火炎の精霊にユーリアが言う。

「遊ぶんだったら、もっと、周りに被害が掛からない遊びにして」

 肩を竦める真似をする火炎の精霊。

『どうーして僕らが、そんな事を気にしないといけないんだい?』

「最初から、話し合いが通じる相手じゃないみたいね」

 そういって、ユーリアが再び、糸を放つが、火炎の精霊達は、なんと原子炉の中に入ってしまう。

 ユーリアが舌打ちをして通信機を使う。

「やつら、原子炉の中に入ったけど、大丈夫なの?」

『残念ですが、大丈夫では、ありません。早く、原子炉から排除しないと、その原子炉が限界温度を超えて爆発しまいます』

 外で余計な精霊が入らないようにしていた零子の言葉に、ユーリアが頬を掻く。

「面倒ね。この原子炉を壊しても平気?」

 少しだけ躊躇した後、零子が言う。

『私達は、平気ですが、傍に居るユーリアさんは、その護符だけでは、防ぎきれません。どうにか致命的なダメージを与えず、引っ張り出して対処してください』

「無理難題を言うんだから。まあ、言われ慣れているけどね」

 そう答え、神経を尖らし、ユーリアが放った糸は、原子炉の中に居る火炎の精霊の一匹を弾き飛ばした。

「糸の穴くらいで、爆発は、しないでしょ」

 そういって、残りの一匹を排除しようとした時、そとに押し出された火炎の精霊が怒る。

『折角、楽しんでたのに。皆、あつまれ!』

 その声に答え、周囲の炎の精霊が集まって、巨大な火の塊へと変化する。

「また、面倒な事になってるわね」

 そして、振り下ろされる炎の拳。

 しかし、ユーリアは、指の動かすだけで、無数の糸を操り、皮を剥ぐ様にして、削り落とし、無力化する。

「伊達や酔狂で、鬼神のフォーカードとは、呼ばれていないのよ」

 あっさりと、その火炎の精霊を倒したが、その時、最後の反撃と、残った炎の精霊達を爆発させる。

 ユーリアは、咄嗟に糸でガードするが、吹き飛ばされてしまった。

 その衝撃で、放射能避けの護符が壊れてしまう。

 慌てるユーリア。

「零子、放射能避けの護符のスペアを急いで持ってきて!」

『すいません。こっちも手間取っていて、そちらまで行けません。少しだけ待ってください!』

 零子の答えに苛立つユーリアだったが、気付いてしまった。

 原子炉に入った火炎の精霊がその活動を活発化させている事を。

「零子、原子炉の中に入った奴が、活発に動いているけど、大丈夫なの?」

『駄目です。しかし、ユーリアさんは、糸で自分の身を護っていて下さい。この一体を冷気で封鎖して、放射能を漏らさないようにします』

 零子の答えにユーリアが眉を顰める。

「あたしは、何とか大丈夫だと思うけど、あなた達は、平気なの?」

『覚悟の上です』

 零子の答えに、ユーリアが少し考えてから言う。

「ねえ、その被害って、どこまで広がる?」

『冷気のガードが効くので、直接被害は、数キロって所です』

 零子の即答に周囲の地図を思い出しながらユーリアが重ねて質問する。

「放射能に因る、二次被害は?」

 少しの沈黙の後、零子が答える。

『関東一帯は、諦めるしかありません。でも単純な放射能障害なら、八刃の技術で回復できます』

 ユーリアが大きくため息を吐いて言う。

「あたしね、この近くに小猫達を集めて護っていたのよ。その子達の中には、妊娠してる小猫ちゃんも居る。その子も大丈夫だと思う?」

『赤ん坊には、障害が出る可能性が高いです』

 深刻そうな声にユーリアが苦笑しながら言う。

「そう。だったら、少し頑張りますか!」

 糸をガードから攻撃用に切り替えるユーリア。

『危険です。肉体的には、常人のユーリアさんが長時間、気によるガードもせずにそんな場所に居たら、致死量の放射能汚染を受けます!』

 零子の忠告にユーリアが答える。

「忠告には、感謝するは。でもね、小猫達の飼い主としては、その小猫達を護る義務があるのよ」

 火炎の精霊を糸で弾き飛ばして、即効で切り裂くユーリアであった。



 零子達が到着した時には、髪を真白したユーリアが眠りように倒れていた。

 零子は、ユーリアに近づく。

「気付いてください!」

 それを聞いて、ユーリアが目を開ける。

「あら、もう来たの? それで、あたしの身体は、どう?」

 零子は、悲しそうに首を左右に振るとユーリアが言う。

「そう、ヤヤちゃんには、あたしの小猫達の世話をやっといてと伝えてね」

 そのまま再び目を閉じるユーリアが、自分の小猫達に再び会うことは、無かった。



 異界転移八極陣での萌野の戦いは、かなり危ない流れになっていた。

『我が攻撃の意思に答え、炎よ激しき流となれ、激流炎翼ゲキリュウエンヨク

 静が、イフマンダーに強力な火炎放射を放つ。

『ぬくいぬくい』

 余裕たっぷりのイフマンダーだったが、時間稼ぎには、なっていた。

 そして、後ろから志耶の血を飲み、回復した犬王が戻ってくる。

「今度こそ、倒してやるぜ!」

 自信たっぷりの犬王に対して静が言う。

「難しいでしょう」

 不満そうな顔をする犬王。

「俺の力を舐めてるのか!」

 静が首を横に振る。

「そうでは、ありませんが、あのイフマンダーは、熱波攻撃で近づけない限り、倒すのは、難しいはずです。こうなったら、こちらの奥の手を使います」

 それを聞いて志耶が驚く。

「アレを使うのですか?」

 静が頷く。

「はい、これを使います」

 大切に首から提げていた袋から灰を取り出し、その灰が出来た時の事を思い出す。



 それは、まだ静が母方の姓、森野モリノを名乗っていたとき、当時の萌野の長、オーフェンとの決戦で両腕を失っていた勇一ユウイチは、老化による病で寝たきりになっていた。

 その場所に呼び出された静に勇一が言う。

「次の萌野の長は、お前だ」

 その言葉に、勇一の孫で、静の父親、勇気が何か言おうとしたが、その妻、ミコトが黙らせる。

 そして、静が頷くと、勇一が告げる。

「近いうちに、異界壁が崩壊し、大きな戦いになるだろう。その戦いまでこの寿命は、持たない。しかし、何も出来ないなど、わしの誇りが許さない。萌野の終奥義を知っておるの?」

「はい、萌野の血脈が自分の肉体を触媒にする事で、強力な炎を生み出す技ですね?」

 静の答えに勇一が頷く。

「そうだ。そこでわしは、考えた、この身体の灰を使えば同様な事が出来るのでは、無いかとな。終奥義、炎翼鳥エンヨクチョウを使って灰になれば、その灰は、強力な炎を生み出す触媒になる」

 驚く静。

「本気ですか!」

 勇一が強く頷き、呪文を唱え始めた。

『おお、我等が守護者、炎を司る存在、偉大なりし八百刃の使徒、我が肉を薪にし、その力を炎に注ぎ給え。萌野終奥義、炎翼鳥』

 そして、勇一の身体は、炎を上げて灰になっていく。

「わしの意思、有効に使え!」

 それを遺言に勇一は、自らの身体を大量の炎と灰にして亡くなった。



 静は、勇一の灰を取り出して言う。

「今こそ、この灰を使う時です」

 それを聞いて犬王が告げる。

「ならば、確実にあいつの動きを封じる必要があるな。逃げられたら、目も当てられない」

 志耶が思案する。

「精霊の動きを封じるのは、厄介よ」

 それに対して犬王は、志耶に微笑む。

「いい方法があるんだが、やって良いか?」

 志耶が少し不審に思う。

「何か嫌な予感がするわね」

 犬王が強く断言する。

「絶対にあいつの動きを封じる方法だ、やっていいだろ?」

 志耶が渋々頷いた時、犬王は、志耶に当身を食らわせる。

「何で……」

 戸惑いながらも意識を失う志耶から大量に血を吸う犬王。

「これだけ血を吸えば、あの熱波にも耐えられるぜ。俺がイフマンダーの動きを封じるから、その間に決めろ」

 静が睨む。

「そんなに大量に志耶さんの、勅命の血を吸えば、貴方もただでは、すまない筈ですよ!」

 犬王が頷く。

「ああ、でももう限界なんだよ。だんだんと勅命の血の効果が強くなっているんだ。一年もしない内に、俺は、何も考えられなくなる。そうなったら志耶が自分を責める。それだけは、嫌なんだ。全ては、俺の暴走。それを止める為に敵諸共燃やし尽くした事にしてくれ」

 それを聞いて、静が悲しそうな顔をする。

「本当にそれで良いのですか?」

 犬王は、最後にもう一度志耶の顔を見て断言する。

「愛してる奴の重石には、絶対になりたくないんだよ」

 そして、そのまま犬王は、自由に動き回るイフマンダーに向かっていく。

『何度やっても同じだよ!』

 気楽にそういって、熱波を放つイフマンダーだったが、犬王は、怯まず、そのまま、イフマンダーを拘束する。

「今だ!」

 静は、覚悟を決めた。

 勇一の灰を撒いて呪文を唱える。

『灰に残りす意思に答え、炎翼鳥の力を再び燃やせ、再生炎翼サイセイエンヨク

 その炎は、一気に燃え上がり、犬王と炎の塊である筈のイフマンダーを包み込む。

『嘘だ! こんな炎は、僕は、知らない! 熱いよ!』

 そのままイフマンダーが燃え尽きた後、犬王は、全身を黒焦げにしていたが、まだ息があった。

 そして、目を覚ました志耶が近づき言う。

「この馬鹿、勝手に暴走しないでよ! ほら、あちきの血を飲んで、回復しなさい!」

 そういって、血を飲ませようとする志耶に犬王は、火傷で爛れた顔で無理やり笑って言う。

「誰が、お前の言うことを聞くかよ。俺は、自由なんだ」

 そのまま、息を引き取る犬王。

「犬王の大馬鹿野郎!」

 涙を流す志耶を尻目に静が言う。

「まだ、戦いは、終ってないわ。前長や犬王さんの思いに答える為に、絶対に勝つわよ!」

 萌野の戦いは、まだまだ続くのであった。



 残り、十五時間。

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