極陣
異界壁崩落大戦の最後の一日が始まる
八刃学園の傍にあるぬいぐるみショップシロキバ。
可愛いぬいぐるみが多いと言われたこの店も、そのオーナーが八刃の長と判明して、現在開店閉業中である。
そんな店の店番をする幼女が居た。
「この店ともお別れだね」
そして、較がやってくる。
「百爪様、お呼びですか?」
その幼女、実は、八刃の力の源である聖獣戦神、八百刃様の使徒である、八百刃獣の一刃、百爪であった。
「明日の朝六時に現在の異界壁をあたしが切り落とすよ」
それを聞いて較が頭を下げる。
「本当にありがとうございます。八百刃様に懇願して頂いたから、百爪様が直接、異界壁を切り落とす事が出来、その時間が大幅に短縮されたと聞いております」
百爪が苦笑する。
「あたしが出来る手助けは、ここまで。実際問題、八百刃様がこの世界に力を注ぎ過ぎだと、多くのクレームが来ているから、他の八百刃獣も助力は、出来ないよ」
較が頷く。
「解っております。ここから先は、あちき達の戦場です」
百爪が悲しそうに言う。
「シシが死んだそうだね」
較も悲しそうな顔をしながらも告げる。
「そして、明日の二十四時間で大戦中最大の被害が出るでしょう」
ため息を吐いてから百爪が通達する。
「人の到達できない宇宙空間や深海、火口などに現れた異邪を滅ぼす為の異界壁再構築組の八百刃獣出動率は、二割に及んだ。それは、予想された事態よりかなり良かったけど、異界壁は、不完全。異界壁設置後も異邪の侵入は、止まらない」
「それでも、今のように恒常的に襲われることは、無くなります」
較の答えに百爪が頷く。
「そうだね。ライトブルークラス以上は、そうそう通れ無くなるだろうしね。でも、抜け道なんて幾らでも作れる。油断しないでね」
較が苦笑する。
「後の事を気にする前に、明日の事で精一杯ですよ」
百爪も苦笑する。
「確かに」
静かな店内をゆっくり見回す二人。
「ところで、先ほど、予想よりは、良かったと言われましたが、当初の予定では、どの位だったのですか?」
較の質問に百爪が頬を掻く。
「聞かないほうが言いと思うよ」
較が視線で促すと諦めた顔で百爪が言う。
「五割以上。異界壁の構築なんて殆ど不可能なレベル。一応は、取り替えたけど直ぐに壊れ、この世界は、上位世界にゆっくりと侵攻されて終るとされていた。これは、未来を司る、大海神、金海波様が予測した、一番可能性が高い未来予測」
較もため息を吐いて言う。
「こっちの予知班の未来予測は、もっと酷かったですよ。異界壁の構築が終る前に侵攻が終了している可能性が一番高かったのですから。未来が変わった一番の要因は、蒼牙様の補強が有ったからです」
百爪が首を横に振る。
「お母さんの力があったのも確かだけど、それだけじゃない。この世界の人間達が、自分の出来る事を精一杯やったからだよ」
そして較が再び頭を下げる。
「長い間、ありがとうございました」
百爪が頷き言う。
「百流の奴等には、あたしが居なくなっても鍛錬を忘れるなって言っておいてね」
較が頷くと百爪は、白い子猫の姿に変化して、消えていった。
その日の夜、日本時間で十八時に全世界に対して較からの放送があった。
『時が来ました。十二時間後、世界標準時間の零時に現在の異界壁が切り離されます』
世界中の人が息を飲む。
『そして、それからの二十四時間で新たな異界壁が設置されます。その二十四時間は、この世界を異界から護る壁は、無くなります』
人々の悲嘆の声が轟く。
『しかし、二十四時間を過ぎれば、異界壁が復活します。神の使徒からの信託では、二割のロスが発生した為、完璧とは、言えませんが、今までの様な恒常的な異邪の襲撃は、無くなります。ライトブルークラス以上の異邪は、異界壁を越える事は、ほぼ不可能との事です』
今度は、喜びの声があがる。
『最後の二十四時間。我々八刃は、上位異邪の討伐に全力を充てます。強力な異邪が現れても、そちらに振り分ける余力は、ありません。ですから、自らの手で、打ち破って下さい』
人々に不安が巻き起こる。
『最後にこれだけは、言わせて下さい。人間は、例え上位存在だろうとも異邪の一方的な侵攻には、負けないと! 絶対にこの戦いに勝って、この世界を守りぬけます!』
世界中が共に腕を振り上げた。
朝日が昇る中、八刃学園の中央に設置された特殊司令室に較と良美が居た。
「この日が来たね」
良美の言葉に較が頷く。
「本当だったら、あちきも前線で戦いたいんだけどね」
苦笑する較に良美が叩く。
「その好戦的な性格は、全然変わらないね」
較が拗ねた顔をして言う。
「こんな所でただ座っているだけより、何倍も気が楽だよ」
良美が苦笑しながら肩に手を置く。
「辛いのは、解ってる。だからあたしも付き合ってるだろ」
較が頷く。
「そうだね。八刃の長だから、一番辛い仕事をしないとね」
気持ちを切り替えた較が決戦の最終準備の為の通信を始めた。
屋上の特殊司令室の真上の位置で、曙の母親で、第二次世界大戦時にあった、前の大戦、異空門閉鎖大戦で、間結の終奥義を使用し、長い封印状態にあってから最近開放された女性、闇がこの戦いの中核を成す、魔方陣を生み出そうとしていた。
『闇様、よろしくお願いします』
較からの通信に闇は、頷いて、呪文を唱え始める。
『北方の刃は、輝石なる蛇と共に』
北の玄武エリアに向いていた闇が東の青龍エリアに向く。
『東方の刃は、空の道なる竜と共に』
闇は、そのまま、南の朱雀エリアに向く。
『南方の刃は、火の羽根なる鳥と共に』
最後に西の白虎エリアに向く。
『西方の刃は、百なる爪と共に』
頭上に手を伸ばす闇。
『我が身を触媒とし、今こそ我に八百刃が生み出した世界を分ける道を生み出せ』
特殊指令室の較が立ち上がった。
「呪文が違う。この形式は、自分の肉体を犠牲にする陣じゃない!」
慌てて止めようとした時、八子が表れる。
「止めないで。闇さんも覚悟の上」
「八子さんまで噛んでいたんですか! 時間がありません。直ぐに中断させます」
較を押しとめて八子が言う。
「駄目よ、ここは、やらせてあげて!」
較が睨み返す。
「今回の作戦は、全部上手く行けば、全員生き残れる筈なんです!」
八子は辛らつな言葉を投げつける。
「本当に全部が上手く行くと思っているの?」
それでも較が抗弁する。
「あちきは、死を前提にした作戦なんて認めません!」
八子は、首を横に振る。
「貴女の気持ちも解っている。それでも、あたし達は、自分の命を犠牲にして、子供達の生き残る可能性が高くなるなら、喜んで命を捨てるわ。それが八刃じゃないの?」
較は、時間が無い事に苛立つ。
「ここで八子さんと問答している時間は、ありません。今すぐにでも止めて、やり直さないと間に合わなくなります!」
その時、良美が較の肩を叩く。
「タイムオーバーだ。各エリアに設置した魔法装置が闇の魔方陣と共鳴を開始している。今止めても再設置が間に合わない」
悔しそうにする較に八子が言う。
「解って頂戴。これがあたし達の決めた事なの」
良美が八子を殴り飛ばした。
「ヨシ!」
較が間に入るが良美が怒鳴る。
「あんたらの気持ちも解る! だけどこんな騙し討ちをして良いと思ってるの!」
八子は、殴られた頬を撫でる。
時空を司る神、新名の巫女たる、八子ならその傷を瞬時に直す事が出来たが、敢えてそれをせずに八子が告げる。
「謝っても許して貰えないと解っている。まともにやってヤヤちゃんに勝てる気がしなかったから」
較が睨みつけるように言う。
「あちきは、闇様も八子さんも許しません。だから、二人が勝手にした事を子々孫々まで、文句を言い続けます」
苦笑する八子。
「出来ればそういう、陰険な真似は、止めて欲しいわね」
「自業自得だ。あたしも手伝うつもりだよ」
良美の言葉に八子が言う。
「二人とも生き残るつもりなのね?」
較と良美が頷く。
大きなため息を吐いて八子が言う。
「ごめんなさい。あたしは、あなた達みたいに強くなれなかった」
そのまま消えていく八子。
較がやり場の無い怒りに声をあげる。
「なんで気付かなかったんだよ!」
良美も悔しそうに怒鳴る。
「同じ母親だったら、気付くべきだった。母親の強さと弱さを!」
較達と八子が話している間も闇の呪文は、続き、終わりを迎えようとしていた。
『汝らにあった道を生み出さん。異界転移八極陣』
呪文の終了と共に、闇の身体が最後の魔方陣に転換されていくのであった。
「今度こそ、お終いね。前の大戦で終っていた筈の人生が、また歩め、子供まで産めたんですもの。何も思い残す事は、無いわ」
そのまま、消えていく闇であった。
異界壁がある、どの世界とも異なる空間に白猫の姿をした百爪が居た。
「八百刃様がホープワールドの住人をそれぞれあった世界に移送する時に使った術の応用。元の世界毎に違った道を進ませる事で、異邪にあった八刃を配置出来る。そうする事で、絶望的までの戦力差を補う作戦は、上手く行きそうだね」
そこに白い虎の八百刃獣、白暫虎がやってきて質問する。
「人間がその様な真似を出来るのですか?」
「あれは、八百刃様がまだ神名者時代に使った術の上、今回のは、進む方向を強制するだけの術だから可能。それでも、上位の八百刃獣、大地蛇様の陣の中でその力を吸収して居た身体を触媒にしなければあそこまで完全な物は、無理だった」
百爪の答えに白暫虎が言う。
「自分の存在をかけた術ですか」
百爪が頷き、爪を伸ばす。
「あたしも手抜かりは、出来ないね。あたしの名前の所以を見せてあげる」
次の瞬間、無数に増殖した百爪の爪が一気に古い異界壁を切り離すのであった。
それと同時に、このチャンスをずっと待っていた異邪達が一斉に較達の居る世界を目指す。
「白暫虎、入るだけで世界を壊すレベルの異邪は、きっちり滅ぼしなさいよ!」
「解っております」
白暫虎が返事をし、雑魚を放置して、存在だけで世界を左右しかねないレベルの異邪に攻撃をしかける。
百爪も力の回復を待って、同様の事をしながら呟く。
「あたし達には、雑魚でも、あの世界に住人にとっては、圧倒的な存在。負けないでね」
闇が生み出した異界転移八極陣により、異邪達は、元の世界ごとに分別された道を強制的に進まされてしまう。
そして、その動きを感知して、闇が居た場所で八子が八刃学園で待機をしていた八刃の戦士達を見下し告げる。
「最後に、戦うのが怖くなった人が居たら、事前に渡しておいた護符を外して。そうすれば転移対象から外れるわ」
しかし、誰一人、護符を外そうとしない。
それどころか、護符を渡されなかった者たちがなんとか護符を手に入れようと躍起になっている。
「これがあたしの最後の空間転移よ!」
己に残る全ての力を振り絞り、八子が空間転移を発動させる。
次々と、自分達が相手をする異邪が居る道の先に飛ばされる八刃の戦士達。
全ての八刃の戦士が転送された後、自らの力で空間転移が出来る一華がその祖父で八子の夫、六牙を連れて、八子の前に現れた。
「ご苦労だった」
六牙の言葉に八子が微笑む。
「あたしは、後悔は、していない。だって、あたしは、お母様の倍の孫をもてたんですもの。これで不幸だなんて言ったら、お母様に怒られます」
六牙が真剣な眼差しで告げる。
「後の事は、任せろ。お前と俺の子や孫達は、俺が絶対に護り通す」
八子が笑みを浮かべる。
「当然です。万が一にも護り通せなかったら、幽霊になって呪いに行きます」
「約束だ」
六牙が答えると安心したように目を閉じる八子。
その目が再び開く事は、無かった。
「すまないが、頼む」
六牙の言葉に一華が無言で頷き、六牙を戦いの場に空間転移するのであった。
こうして、この世界の運命を決める最後の二十四時間が始まった。




