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飢餓

飢餓に苦しんでいた人々を支配する悪の組織が現れる

 ボランティア活動に一番必要な物は、何なのか?

 それは、余裕である。

 どれだけやる気が有っても、自分の事で精一杯な人間では、有効なボランティア活動は、出来ない。

 この大戦の中、多くの人々が自分達や周囲の事で精一杯になる。

 そして余裕がある人間も、その余裕の持って行き先は、大戦被害者への援助が多くなる。

 これには、理由があり、情けは、人の為ならずと言う言葉がある様に、掛けた情けが自分に戻ってくると考え、自分が陥る可能性がある大戦被害者に対するボランティアが優先されてしまうのだ。

 そんな中、大戦が始まる前までボランティア対象であった、貧困に苦しむ人々への助ける人、金、物資が枯渇して行くのは、必然なのかもしれない。



 異界壁の崩落からもう直ぐ一ヶ月を迎えようとして居た日。

 彼等は、アフリカに居た。

 彼等は、正義の味方と呼ばれた少年達だった者である。

 この大戦でも多くの人々を異邪から救い続けていた。

 そんな彼等の耳に信じられない情報が入ってきたのだ。

 移動の車の中、紅一点、高山タカヤマ美弓ミユミが言う。

「どうして、シシさん達がこんな事を……」

 それに対して、運転をしていた鋭い目つきをした男性、小峰コミネ次槍ジソウが怒りを篭めて言う。

「所詮は、奴らも悪の組織だったって事だよ!」

志郎シロウの奴!」

 怒鳴る強い熱意を感じさせる男性、竜崎リュウザキ一刀イットウ

 そして、三人が乗る車からもそれが見えて来た。

 世界征服を狙う悪の組織『ストレートチェリー』の支配下を示す桜の旗が。



 ストレートチェリーが活動し始めたのは、異界壁崩落から十日以上後の事であった。

 彼等は、貧困に苦しむ町や村を襲い、支配下に治めていった。

 都会から出た残飯を食わせて、強制労働をさせて行くのだ。

 残飯を食わされた人間の中には、食中毒で死ぬ人間すら出ていた。

 当然、警察や軍が動くこともあったが、ストレートチェリーは、人とは、思えない力で返り討ちにしていった。

 ただでさえ、異邪との戦いに消耗していた警察や軍が支配下に治められた小さな市町村を見捨てるのに時間は、掛からなかった。

 一刀達がストレートチェリーの正体が嘗て何かと関係があった『真桜人材派遣会社』だと知ったのは、偶々見たストレートチェリーの活動写真の中に、彼らが良く知る男性、鈴木志郎が居たからである。

 そして、一刀達は、ストレートチェリーが支配する町にやって来た。

 町の周囲には、ストレートチェリー、真桜人材派遣会社のメンバーが哨戒に回っていた。

 そんな中、一人の子供が町を出ようとすると慌てて哨戒していたメンバーが銃を向ける。

「町から出ると射殺するぞ!」

 子供が泣き、そして親が慌てて子供を助けに走る。

「もう二度とさせませんから、どうかお許しを!」

 そのまま帰っていく親子を見て、美弓が悲しそうに顔をゆがめる。

「酷い、どうしてあんな事を」

 そんな中、メンバー達が一斉に動き出す。

「今がチャンスだ!」

 次槍が言うと、一刀達も頷き、町に侵入した。



 町の廃屋に隠れる一刀達。

「これからどうするの?」

 美弓の言葉に一刀が告げる。

「ストレートチェリーの奴らを倒して、この町を救い出す」

 次槍がそんな一刀を宥める。

「落ち着け。あいつ等の殆どが戦闘用に改造されている。まともにやりあったら、こちらが先にやられるぞ」

 一刀が強い決意を見せる。

「人を人と思わない連中に、負けるかよ!」

 そんな中、ストレートチェリーの戦闘服を着た一人の男性が来る。

 それは、一刀達もよく知る志郎であった。

「俺がもう少し強ければ、外の戦いに加われるのによ」

 悔しそうにする志郎を見て、一刀が飛び出す。

「それで、こんな所で弱者を苦しめてるのか!」

 舌打ちをする志郎。

「これは、これは、正義の味方の皆様。随分とお暇そうですね」

 次槍は、分解していた自分の槍を組み立て、突きつける。

「お前達の悪行をほおっておけなかった。町の住人を解放しろ!」

 美弓も続ける。

「そうです。どうしてこんな酷いことをするんですか?」

 志郎が呆れた顔をして言う。

「そこまで言うんだったら、この町の人間が生活出来るだけの食料を調達してきているんだよな?」

 意外な返しに一刀が怒鳴り返す。

「そんな事は、今は、関係ないだろう!」

「それじゃ、お前達は、俺達からこの町の人間を解放した後、この町の人間に飢え死にしろって言うのか? この町には、まともな食料なんて無いぞ!」

 志郎の言葉に、次槍が顔を歪める。

「お前達、こんな町の食料まで奪うほど、落ちぶれたのか!」

 志郎が苦笑する。

「この町には、俺達が来る前から食料なんて殆ど残っていなかった。食料ボランティアが異邪に襲われた所為で中止になっているんだからな」

 美弓が驚く。

「そんな、どうして!」

 志郎が頭を掻きながら告げる。

「少しは、頭を使ったらどうだ! 異邪との大戦の中で、こんな町に食料を恵んでやれる国や企業が居ると思っているのか? 個人では、居るかもしれないが、異邪の危険から個人での行動が制限されている今、ろくな援助が期待出来ない。この町は、飢え死ぬしか道が残ってなかったんだよ」

 一刀が反論する。

「だからって、残飯を食わせるのが正しいことなのかよ! それで死人も出てるんだろ」

 ため息を吐く志郎。

「俺達、ストレートチェリーが支配に置いている人民は、十数万人。それだけの人間にまともな食料を供給できるだけの財力なんて八刃にだってねえ。残飯を出来るだけ痛まないように運びこむのだって、あれだけこっちの仕事に八刃の力を使うのを拒んでいたシシさんがヤヤさんに頭を下げて、どうにかしてるのが現状なんだよ」

 一刀が戸惑う中、次槍がそろそろ状況を理解し始めた。

「詰り、お前達は、十人中、五人の飢え死にを防ぐ為に、一人の食中毒死を容認してるって事だな」

 拳を握り締める志郎。

「人を殺している事には、変わらないから弁明するのは、間違っていたな。俺達は、確かに支配した市町村の人を殺してる。それで満足か!」

 美弓が戸惑いながらも言う。

「そんな方法しか無かったのですか? 現状を知らせて協力を得られなかったのですか?」

 次槍が首を横に振る。

「さっきも志郎が言っただろう。今は、他人の事まで手が回るほど何処の国も余裕が無いんだ」

 納得できない表情で一刀が言う。

「それだったらどうしてこんな世界征服なんて嘘っぱちをするんだ」

 志郎が悔しそうに言う。

「さっきも言っただろう、どんな事情があるにしろ、俺達が渡した物を食べて人が死んでるんだ。真っ当な方法では、続けられないだろうがよ」

「確かにな」

 納得する次槍。

 志郎は、疲れた表情をして言う。

「お前達は、こんな貧困の町や村がどうして出来たか知ってるか?」

 一刀が答えに困っている間に次槍が答える。

「内乱に因る無政府状態による治安の低下や植民地政策の為に自給の為の作業が行えず、嗜好品のみを作らされてあげくにその富を吸い取られたからだな」

 志郎が頷く。

「そうだ。この町を始めとする貧困に喘ぐ市町村に必要なのは、治安と自給の為の仕事。俺達が無理やりでも支配して治安を構築してる間に強制労働的に自給に必要な食料生産と外貨獲得の為の民族特有の物産の生産をさせる事で、俺達が居なくなっても生きて行ける様にしている」

 美弓が驚く。

「それってどういう意味ですか?」

 志郎が天を仰ぎ言う。

「数日内にこの大戦も終る。そうなったら、俺達の支配なんて続けられない。とっとと引き上げる事になっている」

 一刀が苛立ちながら言う。

「詰り、俺達は、全くの無駄足だったのか!」

 それに対して志郎は、頭を下げた。

「頼む、力を貸してくれ。お前達にこんな事を頼める義理は、無いのは、解っている。だけど、少しでもシシさんに長生きして欲しいんだ」

 美弓が慌てる。

「それってどういうことですか?」

 志郎が悔しそうに言う。

「今、町の外では、天人が暴れている。町を護る為にシシさん達が戦っているんだ。天人が相手では、俺レベルでは、足手まといにしかならない」

 一刀が即答する。

「そういう事は、先に言え。行くぞ!」

 駆け出そうとする一刀に次槍が言う。

「何処に行くつもりだ?」

 動きを止める一刀を見ながら志郎が言う。

「俺が案内する」



 町の外では、天人達が、雷撃を降らして、ストレートチェリーの戦闘兵達を蹴散らしている。

「ブルークラスの天人が何人も居ます。ここは、町の人間を逃がす事を優先した方がいいのでは?」

 腕が六本ある、幹部の阿修羅の言葉にシシが首を横に振る。

「この町を放棄したら最後、この町の住人に待っているのは、飢え死にだけ。私が、何としてでも護り通します。君達は、危険だと判断したら逃げてください」

 それに対して阿修羅が肩を竦める。

「ストレートチェリーの中にシシさんを残して逃げれる者は、一人も居ません。シシさんがその覚悟なら最後まで戦うまでです」

 シシが頭を下げる。

「助かります。一緒に戦いましょう」

 阿修羅は、六本の手で同時にサイコマグナムを連射して、天人達に向かっていく。

「正直、かなりきついのは、確かですね」

 そんな中、天人の一体がシシに向かって巨大な雷球を放ってきた。

 シシが大ダメージを覚悟した時、その雷球が切り裂かれる。

「シシさん、お久しぶりです!」

 一刀がシシの前に出て、美弓が弓で天人の翼を打ち抜き、接近してきた天人も次槍が槍で牽制する。

「君達……、ストレートチェリーの噂を聞いて、退治に来たのだね?」

 次槍が苦笑する。

「貴方には、何でもお見通しな訳ですね」

「大丈夫ですか?」

 心配する美弓に頷き返すシシ。

「ありがとう。君達のお陰で、助かった。これ以上寿命を短くしたくなかったからね」

「間に合って良かった」

 安堵の息を吐く志郎。

 しかし、天人達の力は、圧倒的だった。

『いまさら、猿が三匹増えたところで、問題は、無いわ!』

 それに対してシシが告げる。

「残念ながら、時間稼ぎは、終りました」

『何だと!』

 天人の言葉に、更に上空から答える声がする。

「あたしが到着したからよ!」

 降下してきた小較がそのまま、天人に向かう。

『トール』

 雷撃が篭った踵落としで、一体を倒すと、その反動を利用して別の一体に襲い掛かる。

『オーディーン』

 翼を切り落とされた天人が落下し、ストレートチェリーがとどめをさす。

 そのまま、戦いは、小較の活躍で一気に終る。



「間に合ったよ」

 小較の言葉にシシが頷く。

「助かった」

 近づこうとする一刀達を阿修羅が止める。

「すまないが、ここは、待ってくれ」

 一刀が不満気に言う。

「俺達だって、言いたいことがあるんだぞ!」

 志郎が首を横に振る。

「幾らでも俺達が聞くから、我慢してくれ」

 次槍が何かを察知して言う。

「小較さんが来たのは、今の天人を倒す為じゃないのか?」

 阿修羅が頷くと美弓が首を傾げる。

「それじゃあ、どうして?」

 大勢の部下に見守られる中、小較が言う。

夢無ムム似丹ニニも来たいって言ったけど。言われた通りに止めたわ」

 シシが頷く。

「ありがとう。あの子達には、見せたくなかったからね」

 次の瞬間、血を吐き出し、頭を抑えるシシ。

 美弓が青褪め、一刀が志郎に詰め寄る。

「おい、どういうことだ!」

 志郎は、悲しそうに言う。

「八刃でもどうしてようも無い物がある。終ちゃんを覚えているだろう。シシさんも脳改造をされていて、その力を使い続ける限り、寿命が限られていたんだ」

 一刀達の脳裏に、嘗て出会った、脳への改造による他人の記憶継承の影響で、脳に過負荷を受け続け、死に掛けていた少女の事が思い出される。

 美弓が慌てて言う。

「終ちゃんみたいに、どうにか出来なかったのですか?」

 阿修羅が首を横に振る。

「さっき志郎が言っただろう。力を使い続ける限り、寿命が限られていると。逆を言えば力を使わなければなんとか出来た。しかし、シシさんは、それを選ばなかった。俺達みたいな普通の世界に済めない人間を助ける為に。最後の仕事として、飢餓に苦しむ人間を一人でも減らそうと、限界以上に力を使い続けたんだ」

 頭を抑えるシシを強く抱きしめる小較。

「もう我慢しなくて良いんだよ。好きなだけ痛がって良いのよ」

 人の物とは、思えない絶叫がシシの口から漏れる。

 阿修羅は、辛そうにそれを見ていた。

「肉体の痛み以上の、脳障害による激痛。痛みを中和する成分を分泌する機能まで壊れている。今までだって何度も激痛に見舞われたのに関わらず、シシさんは、堪えてきたんだ」

 長いようで短いシシの断末魔の叫びが終り、死を迎える僅かな時間だけ正気に戻る。

 もはや目の焦点すら定まらないシシが呟く。

「そうだ、ヤヤお姉さん言っておいてくれ。ご迷惑をおかけし続けて申し訳ありませんでしたと」

 小較は、首を強く横に振る。

「ここに来る前にヤヤお姉ちゃんに会ったけど、言ってたよ。最後の最後まで自分の信念を貫いた自慢の弟だって」

 シシが微笑む。

「そうか、嬉しいな。君やヤヤお姉さんに会えた私は、幸せ者だよ」

「あたしもだよ」

 小較の目から涙が留めなくこぼれる。

「私の人生は、最高だった……」

 その一言を最後にシシは、息を引き取った。



 悪の組織に因って脳を改造された四十四番目の実験体だったシシは、自分と同じような目に会った人間を護り続け、最後には、自ら悪の組織を生み出して、多くの人命を救って、愛する妻の腕の中で一生を終えた。

 それは、異界壁崩落大戦終結の前日の話であった。

 終結後、ストレートチェリーは、首領の死に因る自然消滅とされ、強制労働をさせられていた人々も開放された。

 ストレートチェリーが残した田畑や技術が征服されていた市町村の発展に大きく役に立つこととなるのであった。

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