崩落
遂に始まった異界壁崩落大戦、その幕開けは、大惨劇から始まった
お正月ムードの中、それらは、世界を襲った。
ニューヨークの摩天楼。
天に背中に翼が生えた美男子が現れた。
「天使様……」
誰とも無く呟いたその言葉が示すように、それは、天使の様に見えた。
『愚かな人類に天罰を与えん』
心に直接聞こえたその声と共に降り注ぐ雷に人々が逃げ惑う。
ロンドンのビックベンの上空。
巨大な竜がその姿を現す。
「まさか、また竜をテロなのかよ?」
人々は、昔、世界を蹂躙した竜を用いた兵器に因るテロ行為を思い出す。
『我等は、我等の意思で、この世界に舞い降りた。そして、汝等を滅ぼし、新たなこの世界の主とならん』
その宣言と共に炎のブレスが人々を襲った。
北京の天安門広場。
天安門の影が大きな獣の姿をとる。
「何かの余興か?」
影の獣は、その前足を振り上げる。
『我等は、光を求めるもの。汝等に代わり、光満ちるこの世界に住まん』
振り下ろされた影の爪は、次々と人を惨殺していく。
出雲の出雲大社。
神の姿をした巨人がその像を成す。
「おいおい、この頃は、神社でもこんな演出するのかよ」
参拝者が驚く中、その像が信託を下す。
『我は、神なり。信仰を失った汝等に神罰を与える』
地割れが発生し、参拝者達を飲み込んでいく。
アテナのパルテノン神殿。
リアルすぎるミノタウロスが姿を現す。
「おいおい、ミノタウロスは、クレータ島だぞ」
苦笑する人々の前でそのミノタウロスは、巨大な斧を振り上げる。
『我等は、弱きもの。弱肉強食の理の元、更なる弱者を求めてこの世界に降り立った』
そして振り下ろされた斧が人々をミンチにしていく。
エジプトのピラミッドの上空。
巨大な鳥が現れ旋回する。
「なんだ、あの鳥。随分と低く飛んでないか?」
しかし、下降しその本来の大きさを知ると驚愕が起こる。
『我等は、神に従いし者。しかし、我等は、己の意思で生きる事を望み、この世界に舞い降りた』
鳥が放った羽根が人々を撃ち殺していく。
ルーマニアのドラキュラ城。
観光客の中に真赤な目をし、血色が悪い、まさにドラキュラの様な男が現れた。
「凄いメイクだな」
観客が感心する中、そのドラキュラもどきの目が光る。
『我等は、生を求める者。汝等の生を食させて貰う』
紅い目が光り、人々から生が吸い取られていく。
オーストラリアのエアーズロック。
アポリジニ達が儀式を行っている中、炎が大きな像生み出す。
「おお、火の神が降臨なされた」
しかし、炎は、アポリジニを気にもせず宣言する。
『我等は、己の意思と享楽で生きる!』
次の瞬間、炎が儀式を行っていたアポリジニ達を包みこむ。
世界各地に突如現れた人外の存在による蹂躙は、一時間もしない内に人が感知する事も叶わない強大な力によって排除された。
突然の事態に世界が混乱する中、全てのマスコミが同時に放送を開始した。
そこに映し出されたのは、童顔の一人の日本女性だった。
『全世界の皆さん、私の名前は、鳳較、異邪、異界から来た邪悪な者の排除をする事を己の宿としている八刃の長です。今回の一連の騒動につきまして、掴んでいる情報を発表させて頂きます』
観ていた者の大半が謎の存在に困惑する中、較が発表を続ける。
『この事態は、異界とこの世界を別ける壁の崩落に伴う、この世界と隣接する中でもこの世界より上位の世界からの侵略であります。今までも壁の越えて数多の異邪がこの世界に降り立っていました。それが神話や民間伝承として語り継がれていました。私達、八刃は、古来よりそんな異邪と戦いを繰り広げていました』
多くの者が較の発言を信じようとしなかった。
『先に申しておきますが、この発表を信じろとは、強制しません。ただ、私達の掴んでいる情報を発表しているに過ぎないからです』
意外な展開に人々の戸惑いが続く。
『先も申し上げたように、異界との壁が崩れた為、容易にこの世界に侵略出来る好条件に異邪達は、一斉に行動を開始しました。しかし、それは、神が許す事では、ありません。一斉にこの世界を蹂躙していた者達が消えたのは、神の力が働いたからです』
それを聞き、一部の宗教家が神に感謝の祈りを捧げる。
『残念ながら、数多の世界を管理する神にとってこの世界だけを守護する訳には、いきません。今は、その力で壁の修復を行いっております。その修復にかかる時間は、おおよそ、一ヶ月間。その間、私達の世界は、異邪の侵略を己の力で防がなければいけません。そして、神にとってこの世界に掛けられる時間は、限られている為、修復期間内に私達の力が足りず、神の使徒の力を酷使させる事は、壁の精度を下げる事を意味します。それは、修復後の異邪のこの世界への到達率をあげる事になります。ここまでが、私達が掴んだ現状です』
意外すぎる発表に反論の声が上がる中、較は締めとして言う。
『私達、八刃は、自分の身内を最優先して護ります。ですから、八刃の力に期待しないで、自らの力で自分の大切な人を護ってください。私からの発表は、以上です。詳しい事は、インターネットで調べられる様にしておきましたので、そちらで調べてください』
こうして較による発表は、終った。
国連の大会議場。
世界の首脳が集まり、その中心に較が居た。
「この事態に対する対応方法は、事前に掴んでいるのでしょ?」
イギリスの首脳が言う。
「なるほど、君達は、この状況を想定して、異邪と戦える装備や知識を故意に流出していたわけだな」
較が頷く。
「そういうことになりますね。もうすぐ、世界の企業の幾つかが異邪と対抗するための装備を国や民間に提供する筈です」
中国の首相が較を睨む。
「こうなる事が解っていたのだったら、事前に我々だけにでも通知を行う義務があった筈だ!」
較は、肩をすくめて言う。
「崩落の正確な時期など私もしりませんでしたよ。それに言っておきますが、八刃は、国連になんら義務を負っていません。全ては、自主的に行っていただけです」
ロシアの首脳が言う。
「それで、君達は、どれだけの戦力を我々の提供してくれるのかね?」
較が不思議そうな顔をする。
「何を言っているのですか? 私達は、先ほどの発表にもあるように自分達の身内を最優先で護ります。貴方達に提供できる余力など何処にもありませんよ」
ドイツの首脳が激昂する。
「ふざけるな!」
較が苦笑しながら言う。
「本音で言わせて貰えば、何処に力を貸しましたら、何処かに力を貸せなくなります。私達は、それを契約や利権でなく、自分達の意思で決めたいと思っています。そして、私達八刃は、己の意思で戦う者を好む。私が言えるのは、それだけです」
するとアメリカの首脳が言う。
「私達には、核と言う武器を君達に向けるという選択肢もあるのだよ」
その脅迫に較が殺気を纏う。
「あちきは、世界より自分の大切な者をとる。もしもそんな選択肢を選んだ時は、貴方の国がなくなると思え」
返答も出来ない首脳達に殺気を隠した較が言う。
「とにかく、今は、異邪への対抗策を考えるのですね。情報は、幾らでも提供します」
そのまま立ち去る較であった。