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三、

「ごめん」

 低く唸るようにいって、たき火を挟んだ向かい側に腰を下ろす。幼い頃の面影は、目の前にちらついたかと思えば身を翻して離れていく。そういうとき目の前に立っているのは、ラソンという名前をした全く知らない人間だ。

 水を汲みに行くというラソンは、イクイをその場においていきたがったが、一人になった方が危ないと主張すると折れた。子供のときはあんなにも軽やかに駆け抜けた道が、思った以上に歩きにくい。子供と比べたら巫女は身に負っているものが多すぎた。前を歩くラソンは、そんなイクイには気付かない。彼の中の自分はきっと、あの頃のまますいすいと木々の隙間を抜けていくのだろう。

 朝方に川から這い上がってくる冷気を避けるため、水場は少し離れている。汲んだ水は全てラソンが運んだが、イクイは少し息が切れた。汲んできた水で米を煮て、残りの水を使っうさぎを捌きくのを、敷物に腰掛けて傍でみていた。

「それで、何しにこんなところまできたの。遊びにきた訳じゃないよね」

 うさぎの皮を器用にはぎとっていく手つきを眺めていた所に、それは不意打ちで突きつけられた。

「遊びにきたの」

「そんなわけないって、いいきれないのが嫌だなぁ。イクイ、焼く用意するからあと頼んでもいいかな」

「分かったわ」

「必要なものはそこ、葉っぱ被せてある。そう、それ」

 ラソンはたき火の中に入れて熱してあった石を、くぼみに移し始めた。その作業が終わる前に、大きな葉で捌いたばかりの肉と香草と芋を包む。岩塩も少し加えた。出来上がったものを手渡すと、石の上に乗せ上から土を被せた。米が煮える頃には、いい具合に蒸し上がっているだろう。それまでの間、二人は暇だった。

「ねえ、どうして村からはなれているの」

「やっぱり、それで来たんだね」

 苦しげに笑う。病に掛かって熱を出した時まわりに心配させまいと笑った、あのときの顔に似ている。病はよく食べよく休めば治った。でも今、彼を苛んでいる痛みはきっと寝ても消え去らない。

「はぐれものになりたい訳じゃないんでしょ」

「イクイは、神様の声が聞える?」

 叱りつけられているときのような縮こまった声だった。

「聞えるように努力してるわ。聞えたら、一人前。私も神と人の助けになれる」

「そっか」

 聞えるといったら、彼は喜んでくれるだろうか。嘘をついてでも使えることにしてしまおうか。ほの暗い気持ちが頭をもたげたが、それは神を裏切ることにもなる。偽ることなど到底出来そうになかった。

「ごめんね」

 役に立つようになって戻ってきたかったのに、それは叶いそうにない。神の声が聞えないのなら人の声を聞きなさいと、巫女の業を授けて下さる大婆さまはいった。例え巫女がまだ神の声を聞くまで己の身を高めていなかったとしても、人は巫女に神の声を期待する。ただひたすらに彼らの声を、耳を澄まして聞きなさい、と。

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