二、
「イクイ」
イクイが友と家族の元を離れて一人になり、巫女としての生活を始めていくつかの月が回った。その間に少し大きくなった気がしていた。今までの自分はどんなに背伸びしてもやはり子供で、ようやく世の中のことが少し分かるようになったのだ。
それと同じように、いいえ、きっと、それ以上。ラソンも、幼かった。イクイよりも、ずっと子供だった。
今、岩屋の前にたたずむのは、一人の青年だ。まるで、別人のような面差しをみてイクイは少し戸惑った。自分を呼んだ声が記憶の中にある、まだ声変わりもしていない少年のものであったことに安堵した。
「ラソンこんなところで、何してるの」
ラソンは苦しげに眉を寄せて、手の中の弓を見た。それから、足下にあった薪を生まれたばかりの火に投げ込んで腰を下ろした。
「こっちの台詞だよ。こんな所に人も連れずにさ。巫女様が聞いて呆れるな」
口を開けばすぐ小言をいうのも、あのときのままだ。
「巫女様が直々に来てあげたのよ。もっと歓迎してくれてもいいんじゃない?」
見知らぬ男を目の前にしたような緊張が、言葉を交わすごとに少しずつ解けていくのを感じた。大人に近づいて封印したと思っていた子供っぽさが、まだ胸の奥で息づいている。頭に被っていた布を首もとまで降ろす。例に漏れず刺繍の美しい布は、嵩張ってごそごそとした感触をしていた。
まだ成人の儀を終えていないラソンの服は、記憶の中のままだ。ただ狩りにでるための脛当てと胸当てをつけ、手甲をはめているのが奇妙な感じがした。
「こっちに座りなよ。どうせここまで来ちゃったら、怒られるのは僕なんだから」
「座ってても立ってても同じじゃない」
「近くにいた方が守りやすい」
守る、なんてラソンには似合わない。大人びているけどチビで、慎重だけど臆病で、賢いけれど体力がない。そんな二人だったはずだ。つい頭をもたげた反抗心を、喉奥に飲み込んでラソンの言葉に従う。彼は岩屋の奥から使い古された敷物を持ってきて、たき火の横に敷く。元は何かの毛皮だったらしいのだけど、長い間人の腰の下に据えられているうちに、いい具合に鞣されてしまっている。それだけでは足りないと思ったのか、彼は自分のものらしい織物をその上に被せた。
「そんなにしてくれなくても、大丈夫なのに」
「汚れるよ」
「気にしないわ」
「服が」
「服が、ってどういう意味」
返事をするかわりににやにやと笑って、たき火に薪を投げ込む。火の粉が舞い上がってイクイは思わず体を引いた。