一、
雨が降って思い出すのは遠い昔のこと、まだ私が巫女になったばかりのことだった。
神のとの婚姻をしめすその儀式は盛大に行われ、滅多に屠らない家畜の肉や、異国から持ってきた食べ物が豪勢に振る舞われた。初めて肌に纏う豪奢な衣裳は私には不釣り合いで、少し緊張してそれを羽織っていた。丁寧で繊細な手仕事を感じる刺繍には感動した。これから自分もこれらの文様を覚え、来るべき巫女や神々のために、布の上に物語を紡いでいくのだと思うと高揚と不安を感じた。
でも、全てをひっくるめて私はとても誇らしく思っていた。
舞い上がっていた私が親友の変化に気がついたのは、巫女としての生活にも慣れた頃。季節が一巡りした後だった。
村で暮らしていた友達から、最近ラソンの様子がおかしいから様子を見に行ってくれないかと頼まれた。神と人との間を取り持つだけでなく、村人が健やかにあるように神に代わって見守るのも巫女の仕事。というのは建前。
ラソンが生まれたのはイクイがこの世に生を受けてから三回田植えの季節が巡ったあとの、冬の終わりのことだったという。食料が乏しくなる時期に乳飲み子を抱えてしまったことを、周囲の人間は大層心配したそうだ。その辺りのことをまだ幼かったイクイは知らない。
ただ大勢の人に心配されて迷惑をかけて育ったせいか、ラソンは年の割にとても思慮深くて落ちついた少年だった。
イクイの家とは、大変な時期に食料を分け合った仲で、子供の時から何かにつけて一緒にいた。無茶をしようとするといつもラソンが止めに入り、イクイが失敗すると真っ先にラソンに怒られた。しかし、イクイが巫女になれると信じ、誰よりも応援してくれたのが彼だった。
ラソンが巫女としての自分を必要としているのなら、力になってあげたい。
そんな大切な友人の変化に気付かなかったのは、彼の姿をずっと見ていなかったからだ。何でも最近は森に籠りがちらしい。平地の方では農耕のみで生活する村もちらほらとみかけるようになってきているけれど、イクイの村は半狩猟半農耕で生活している。ラソンが森に籠って狩猟に専念したと言ってさほど不満は上がらないはず。
それよりも怖いのは、彼が村から離れていってしまうこと。集団をはなれた者が歩む未来は明るくない。
ラソンは冬場村の男達が狩りにいく時に使う岩屋で、寝泊まりしているらしい。そして獲物を届けに時折戻ってくるのだそうだ。既に巫女となっているイクイが森に向かうことを村の人間は心配した。護衛をつけようといわれたが、昔から男衆について森を歩いていたイクイにとっては隣村にいくような簡単な道のりだった。
大きな一枚岩に開いた横穴は、いつからあるのだろう。長い年月を経て、堅い岩の上には植物が根をはり僅かな土を頼りに木が茂るようになった。物心つく頃には、既にその岩屋は森の一部だった。
煙の匂いがした。岩屋の入り口では、ラソンが火をおこしている所だった。生き物の気配を察して身構え、人であることを認めるとすぐに弓を降ろした。