異世界召喚テンプレート
テンプレ、という言葉がある。
いわゆる異世界転生で、チート能力を女神にもらって、中世ヨーロッパとかその辺りの感覚の世界に行って、現代日本のチート知識をもとに魔王との戦いで大活躍して美女に囲まれてハーレムを作るなり、王太子とかに囲まれて溺愛逆ハーレムという結末を迎える、というアレだ。
今まさに俺が置かれた境遇は、そのテンプレ展開そのものだろう。そう思っていた。
ああ神様、なんで俺にチートが無いんですか。
その上、何であからさまに殺気をむける奴が、銃っぽい何かを俺に向けてるんですか。
「両手を頭の後ろで組んで跪け!」
よし、落ち着け俺。冷静になれ。
どうやらここは中世風の、剣と魔法の世界じゃない。
服も中世ヨーロッパの、やたらゴテゴテとフリルのついた様式じゃない。少なくとも眼の前にいる奴は『米軍の軍服をさらに先鋭的にしたもの』といったところだ。
銃は映画で見たような自動小銃とはちょっと違い、どちらかと言うとスターウォーズなんかで出てくるようなレーザーガンっぽい武器。
身体もデカいし筋肉ムキムキな軍人は、男かと思ったら実は女軍人だったらしい。
「こちら第5小隊のヤン上級軍曹だ。不審者を拘束した。これより連行する」
無線も、耳にはめるヘッドセットみたいな道具だ。
「お前には黙秘権も人権もない。まぁ黙秘を試みてもいいが、アタシは構わんぞ。お前の苦痛が増すだけだ」
本来のテンプレなら、ここで俺を捕まえるのは美女の騎士とか王女様とかであるはずだったのに、何が悲しくてこんな屈強なオバサン軍人に銃口突きつけられないと行けないんだ。
「あの、すんません、これは違うんです。何かの間違いで、何ていうか……こんなはずじゃなかったんです」
「あぁ、アタシもこんなはずじゃなかった。お前みたいなクソったれ野郎が基地内に侵入して来なければ、今頃酒でも飲めてたはずなんだがな」
ごり、と背中になにか硬い筒状のものが押し付けられる。間違いなく銃口だろう。
「う、撃たないでください、俺も何ていうか、何がなんだか分からないんですよ」
「奇遇だな、アタシも何がなんだか分からない。まぁじっくり話を聞かせてもらおう。なぁに、今は乗り気じゃなくても、そのうち『お願いですから話させてください』と懇願するようになる」
「な、なに? 俺何されるんですか」
「決まってるだろ? 楽しい尋問だよ」
上級軍曹と名乗った女は、不意に俺の髪を掴んで顔を上に挙げさせた。
痛い。めっちゃ痛い。というよりも怖い。
「ち、違、違うんです、俺ホントにそんな、ここがどこかも分からなくて! ホントに違うんです!」
「お前が心の底から話したくなるまで付き合ってやるよ、アタシはこの仕事が大好きだからね」
待ってくれ。
どう考えたってこれはヤバいやつだ。
間違いなく独裁国家の軍の秘密基地的なところに転移してしまったみたいだ。
女神様とかいないのか? どうして俺がこんな目に。
「待て、ヤン上級軍曹」
不意に、後ろから女神様かと思うような、つややかなアルトの声。
振り返ろうと思ったが、この鬼軍曹が俺の髪を掴んでいて顔を動かせなかった。
「あ? 何だ――こ、これは少佐殿! 失礼しました!」
鬼軍曹は俺の髪から手を放し、まるで機械のような動きで直立不動の姿勢から、敬礼と思しき格好になる。
ようやく顔を動かせるようになった俺は、へたり込んだまま、こちらにさっそうと歩いてくる女軍人に視線を向けた。
あぁ、このテンプレじゃ女神様は軍服を着てるんだな、と、なぜかバカな事を考えてしまう。
「こいつだな。先ほどの報告にあった不審者というのは」
「はっ! そうであります! 栄光あるアウレリア人民共和国軍前線基地に、命知らずにも忍び込んだ大バカ野郎であります!」
「そうか、ご苦労だったな。この不審者の身柄は私が預かる。歩哨に戻れ」
「し、しかし少佐殿! コイツは帝国のスパイに違いありま——」
「私に命令を繰り返させるとは、貴様もなかなかいい度胸をしていると見えるな?」
女神様は、とんでもなく色気のある声でとんでもなく物騒な事を言うと、軍曹にとんでもなく冷たい目を向けた。
「し……失礼しました! 了解であります! ヤン上級軍曹、歩哨に戻ります!」
「うむ」
女神様のすぐ後ろに控えていた何人かの女兵士が俺に駆け寄り、服を掴んでかなり強引に俺を助け起こしてくれた。
『さて、私の言葉はわかるか? 木下和真』
「え」
女神様は妖艶な笑みを浮かべて、俺に話しかけてくる。
その言葉は、俺にとって馴染み深い『日本語』だ。
「え、あの……に、日本人?」
「いや、私はアウレリア人民共和国陸軍少佐、イェンという者だ。実を言うと、日本人をこちら側に拉致――あぁいやいや、『丁重にご招待』したのは君が初めてではなくてな。君にはぜひとも我が国に協力して頂きたい」
「今拉致って言いかけませんでしたか」
「ん? 何か聞こえたか?」
あぁ、これは気の所為にしないとダメなやつだ。
「気の所為だった、そうだな?」
「……はい……」
本能でわかる。
この人には、逆らっちゃダメだ。
機嫌を損ねるなんてもってのほか。きっと些細な理由で殺される。
その証拠に、俺の両脇にいる女性兵士は、常に俺に銃口を向けて、おまけに引き金に指をかけている。
「さてと、歩きながら端的に話そう。我がアウレリア人民共和国は、隣国であるオーセンティア帝国と目下冷戦状態にある。帝国の豚どもは、異世界から魔道士どもを召喚していてな。我が国も対抗措置として異世界人を多く召喚している。そんな異世界人の中で、日本人という部族は妙に協力的でな。たった4文字の言葉で全てを悟ると言われている」
「あの、まさかその4文字って——」
「テンプレ、という言葉だ。お前たちの部族に伝わる秘密の暗号なのだろう?」
確かに、そう言われてみればそう言えなくもない。
「あの、俺は何のチートも無いし、取り立てて何か知ってるってわけじゃないんですけど」
「あぁ、そんな事は百も承知だ。重要なのは、我々共和国軍が『異世界人を召喚した』という事実のみ。それ以外はどうでもいい」
「え」
「帝国の豚どもも、我が国が召喚に成功したことは気づいているだろう。召喚時は大規模なエーテル震が起きるからな。むしろ気付いてもらわねば困る」
「じゃあ……俺が召喚される必要って……」
「無いな。それに日本は我が国と比べて、千年は文明が遅れている未開の世界だ。君たちには何も期待していない」
女神、もとい少佐はあっさりと冷酷に言い切った。
「我が軍にとって、異世召喚を実行したという事実だけが重要だ。言ってみればお前たちは抑止力。心配するな。飯と服と住処はくれてやる」
敵対するお互いの国が、『どんな力を持っているか分からない異世界人を囲っている』という状況。
これはお互いに銃口を突きつけ合っているような状態といえる。
「間違っても、勝手に動こうと考えないことだ。従えば生命は保証するが、逆らえばヤン上級軍曹の仕事が少々増えることになる」
あぁ、この世界の女神様は、なんて残酷なんだ。
ちょくちょくXで話題となる「ラノベのテンプレ」というものに着想を得て書いてみました。




