第9話:城塞都市フェルゼン、震える会議室
重厚な扉が閉じられ、会議室には緊張が満ちていた。分厚い木の机の上には地図と魔力測定器が広げられ、三人の顔がこわばっている。
(……森の中に突如現れた館。認識阻害の結界。そこは“ターメイン”の領域? 馬鹿げているが……)
フェルゼン辺境伯グスタフは、艶のある金の髪をかきあげながら低く唸った。
「……で、バルトス。お前は本当に“その名”を聞いたのだな?」
騎士団長バルトスは鎧の胸を拳で叩き、真剣な表情で頷いた。
「はい、閣下。あれは確かに名乗りました。“ターメイン”と」
その言葉に、エルフ魔導士エリシュアの肩がビクリと震えた。
「……ターメイン。闇を司る神の使徒。千年前の大戦で魔王軍すら恐れた存在……その名を、ですか?」
バルトスは深く頷く。
「はい。あの館の前に現れた黒衣の女……いや、あれは人ではありません。魔力の質が違う。まるで底なしの闇そのもの……」
グスタフは額に手を当てた。
(森の中に突然現れた館を、伝承級の存在が守っている……? そんなことが……)
「……信じがたい話だが、状況が状況だ。続けろ」
エリシュアは机の上の魔力測定器を指差した。
「閣下、これをご覧ください。森の魔力濃度が昨日から急激に変動しています。自然現象では説明できません。あれは……“領域”です。強大な存在が自らの縄張りを形成した証拠」
グスタフの顔色が悪くなる。
「……本物、ということか」
バルトスは拳を握りしめた。
「ターメイン様はこう仰いました。“無闇に騒ぎ立てるな。訪れるなら礼節をもって、二、三人まで。館の主には私の存在を明かすな”と」
エリシュアは眉をひそめた。
「館の主……? では、あの館には別の者が住んでいるのですか?」
バルトスは頷く。
「はい。ターメイン様は“主を守っている”ように見えました。あの館の主は……普通の人間のようでしたが……」
(伝承級の存在が“守る”人間……? いったい何者だ)
グスタフは目を細めた。
「……バルトス。お前はその“主”を見たのか?」
バルトスは少し言いにくそうに視線をそらした。
「……はい。ですが……その……ただの男でした。門外からうかがった限りでは……館の中で怯えているように見えました」
エリシュアが目を丸くする。
「……ターメインが守るほどの人物が、ただの一般人……? そんなはずが……」
グスタフは腕を組んだ。
「その男が“鍵”かもしれん。ターメインが守る理由があるはずだ」
エリシュアは静かに頷いた。
「……調べる必要がありますね。ただし、ターメインの逆鱗に触れないよう慎重に」
バルトスが口を開く。
「ターメイン様は“二、三人まで”と言っていました。ならば、我々が再訪するのが最も安全でしょう」
「うむ。大人数では刺激するだけだ」
グスタフは二人を見据えた。
指を二本立てる。
「一つ、館の主が何者かを探ること」
「二つ、フェルゼンに害意がないか確認すること」
エリシュアは深く頭を下げた。
「承知しました。魔力探査は最小限に抑えます。ターメインに悟られぬように」
バルトスも胸を叩いて敬礼した。
「閣下、必ずや安全に任務を遂行してみせます」
(……本当に安全なのか? あの存在を前にして……)
グスタフは胸の奥に重い不安を抱えながらも、二人に命じた。
「行け。フェルゼンの未来は、お前たちにかかっている」
バルトスとエリシュアは静かに頷き、会議室を後にした。
(ターメイン……伝承の闇の使徒。もし本当にこの地に降り立ったのなら……我々は歴史の転換点に立っているのかもしれん)
グスタフは深く息を吐いた。
そして――その頃、館の中ではカズヤがちくわを食べながら動画を観ていた。
領主のため息は、誰にも届かなかった。




