第7話:予期せぬ訪問者と、モニター越しのファンタジー
届いたばかりのちくわをマヨネーズで和え、俺は至福の時を過ごしていた。
画面の中ではお気に入りの配信者が、新発売のゲームについて熱弁を揮っている。
「……最高だな。これこそが人間の生きるべき姿だ」
ネット、電気、ガス、水道。そして爆速の通販。
ここが城塞都市の隣だろうが、魔物の徘徊する森だろうが、俺の“外壁に囲まれた庭付き2LDK”を侵すことはできない。
そう思っていた、その時だった。
――ピンポーン。
本日二度目の、インターホンの音。
ルミナが「安全のために」と言って勝手に設置した、妙にハイテクな門扉インターホン。
「……ん? あ、もしかして、うどんのストックも注文してたっけな?」
俺は特に疑いもせずソファから腰を上げた。
足元のたまが、鋭く耳を立てて門扉の方向を睨んでいることにも気づかずに。
「ナァ(……やっぱり。さっきの“配達”で結界が少し緩んだのね)」
「たま、そんなに楽しみか? 今度はうどんかもしれないぞ」
俺は外壁の内側にあるモニターを覗き込んだ。
あの日、女神ルミナが「防犯もバッチリですよ!」とドヤ顔で追加していた多機能インターホンだ。
本来なら――
この家は“認識阻害”で外から見えないはずだった。
ルミナは言っていた。
『大丈夫です! 普通の人間には“森の中のただの空き地”にしか見えませんから!』
だが、モニターに映っていたのは――
「……えっ?」
鈍く光る銀色の金属。
フルプレートの鎧に身を包んだ、ガチの騎士団一行だった。
五、六人はいる。
先頭の男は、彫りの深い顔立ちで、いかにも「異世界の騎士」といった風貌だ。
彼らは門扉の前で、俺の家をまじまじと見上げている。
「……何これ、コスプレ? いや、モニターの画質が良すぎて質感が本物っぽいんだけど」
「ナァ(本物よ。しかも……エルフが混じってるわね)」
たまは前足で顔を覆った。
モニターをよく見ると、騎士団の後ろに、フードを被った細身の人物が立っていた。
尖った耳がちらりと見える。
「ナァ(あのエルフ……“認識阻害”を無効化したわね。だから家が見えてるのよ)」
たまが尻尾を床に叩きつけた。
騎士の一人が、恐る恐る門扉のインターホンを押した。
――ピンポーン。
『……おい。音が鳴ったぞ』
『魔導装置か? しかし、この館……あまりにも白すぎる。汚れ一つない。建築様式も、聖教国の神殿とも、帝国とも違うぞ』
モニターのスピーカーから、彼らのひそひそ話が漏れてくる。
「……たま。これ、俺の勘違いじゃなければ、ご近所付き合いってレベルじゃないよな?」
「ナァ(当たり前でしょ。森の中に突如現れた“謎の館”を調査しに来たのよ)」
「だよな、自治会の人って大変だよな!」
たまが深いため息をついた。
騎士の隊長らしき男が、門扉の前で声を張り上げた。
『中に何者かがいるのは分かっている! 我々はフェルゼン城塞都市、第一騎士団の者だ! この森に無断で領地を占拠した理由を説明せよ! さもなくば、不法占拠として検挙する!』
不法占拠。
異世界転生して半年、初めて聞く法的な言葉に、俺の背筋に冷たい汗が流れた。
「……ちょっと待て。俺、まだここに引っ越してきて三日目だぞ? 転入届とか、異世界の役所に提出しなきゃいけなかったのか?」
騎士が門扉をコンコンと叩く。
外壁の結界が反応し、青白い光が弾けた。
『なっ……結界!? この館、何者の所有物だ……!』
「たま……俺、どうすればいいかなぁ?」
「ナァ(いざとなったら私が片付けるから、どうにでもなるわ)」
「……こういう時は居留守だよな! 返事したら『契約』させられそうだしな!」
たまが盛大にため息をついた。
俺はそっとインターホンの音量を最小にし、リビングの明かりを消した。
暗いリビングで、俺とたまは息を殺す。
窓の外では、夕暮れの空に城塞都市の鐘の音が響いていた。
俺はただ震えて、騎士たちが飽きて帰るのを祈り続けた。




