第4話:管理職の憂鬱と、バグだらけの付随者
天界、第二管理課。
豪華な装飾と無機質なモニターが同居する執務室に、一人の男の冷徹な声が響き渡った。
「――で。説明は以上か、ルミナ君」
デスクに足を投げ出し、分厚い報告書を指先で弾いたのは、この世界の最高責任者。通称『主神』。見た目は三十代の切れ者サラリーマン風だが、その瞳には銀河の運行を司る光の輪が静かに回転している。
「は、はい……主神様。召喚事故による付随移送体、佐藤カズヤ。並びにその付随物である『家』。現在、地上への再配置を完了いたしました。彼が引きこもっていた巨大樹のてっぺんから、人里のすぐそば――城塞都市の目と鼻の先にある森の中へと、ピンポイントで移設済みです!」
ルミナは直立不動で、滝のような冷や汗を流しながら報告を続けていた。対する主神は、深いため息と共にモニターに映る地上――中世ヨーロッパ程度の文明レベルしかない世界を見下ろした。
「ルミナ君。君は事の重大さを分かっていない。本来の計画では、勇者タマだけを召喚し、魔王を討たせるはずだった。だが、君のミスであの男まで付随して転移してしまった。……いいか、神界の予算は無限じゃないんだ。ただの一般人を一人、衣食住完備で異世界に維持し続けるのに、どれだけの神力を消費していると思っている?」
「ううっ、面目ありません……。ですが、彼は『ネットショッピング』さえあれば、家から一歩も出ずに大人しくしていると……」
「それが問題なんだよ。彼が家で消費している電気も、ガスも、水道も、そのすべては神界のサーバーから彼という『楔』を通して供給されているエネルギーだ。あいつが風呂を沸かして動画を一本観るたびに、この天界の予算が削られているんだぞ! 我々は慈善事業でニートにライフラインを提供しているわけじゃないんだ!」
主神がモニターを叩く。そこには、風呂上がりでコーラを飲むカズヤの姿が、神力の浪費を示す赤いアラートと共に映し出されていた。
「この世界の理からすれば、彼は『勇者の魂をこの世界に繋ぎ止めている楔』だ。勇者タマが本来の力を発揮し、魔王を討伐して世界を浄化するためには、そのパートナーである彼もまた、外の世界で『救済活動』に参加し、民衆の信仰を集めてコストを回収してもらわなければ困る。だからこそ、君はわざわざ城塞都市の隣に家を置いたんだろう?」
「は、はい! あそこなら、窓を開ければ街の賑わいが見えるし、少し歩けば美味しい屋台料理だってある。物理的に街へのアクセスを良くしたんですから、どんな引きこもりだって、自分から外に出たくなるはずです!」
ルミナは自信満々に拳を握ったが、主神の視線は冷ややかだった。
「甘いな。相手は半年間、巨大樹の上で一歩も外に出なかった男だぞ。彼は外の世界に『興味』がないんだ。いいか、ルミナ。君の任務は、あの男を無理やりにでも外へ引きずり出し、世界に干渉させることだ。彼が『外に出た方がマシだ』と思うような状況を捏造しろ。あるいは、あの家の中より外の方が魅力的だと思い込ませるんだ。連れてきてしまった以上、彼が救済活動の歯車として機能しなければ、君の評価はマイナスのままだ」
「捏造……じゃなくて、ブランディング、ですね?」
「そうだ。失敗すれば、君は神格剥奪の上、あの男の家の床下にある『絶対にリセットされないネズミ捕り用の粘着シート』に転生させる。いいな?」
「や、やります! やらせていただきますぅぅ!!」
ルミナは悲鳴を上げながら、下界を観測するための水晶玉にしがみついた。主神がモニターの電源を落とすと、執務室にはルミナの溜息だけが虚しく響いた。
***
その頃。地上へ着地した『聖域』の中では、カズヤが慎重に窓を開け、外界の様子をうかがっていた。
木々の隙間から見えるのは、重厚な石造りの城壁。そして、そこから漏れ聞こえてくる活気ある街の喧騒だ。
「おい、たま。見てみろよ。すぐそこにファンタジーな街があるぞ」
「ナァ(……あら、少しは外に出る気になった?)」
たまが、ほんの少し期待を込めてカズヤを見上げる。だが、カズヤの瞳に宿っていたのは、知的好奇心でも冒険心でもなかった。
「街が近いってことは、それだけ配送ルートが短いってことだよな。これならルミナショッピングの荷物も早く届きそうだ。拠点から流通拠点までの距離は、QOL(生活の質)に直結するからな。電気もガスも相変わらずタダで使い放題だし、最高だわ」
カズヤは満足げに頷くと、未練もなさそうに窓をピシャリと閉め、二度、鍵をかけた。
「たま、今日はお祝いだ。ちょっといいトッピングのうどんにしようぜ。俺はここから出ない。世界が俺に用があるなら、あっちからインターホンを押しに来ればいいんだ」
カズヤはキッチンの電気ケトルに水を入れ、スイッチを押した。沸騰を待つ静かな音が、城塞都市の喧騒を遮断していく。
その電力が、天界の予算を秒単位で削り取っていることなど、彼は知る由もなかった。




