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黒猫勇者と怠惰の宰相 〜引きこもりの俺、安眠のためにリモートワークで異世界を改革する〜   作者: 香箱
第2章:怠惰の辺境

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第34話:理想郷の設計図、あるいは「寝不足の代償」

 昨晩の俺を、今の俺が全力で殴り飛ばしたい。

 「明日には渡せる」なんて見栄を張ったせいで、結局一睡もできずにPCと向き合う羽目になった。社畜時代のデスマーチの記憶が指先に宿り、無駄にキレのあるタイピングで都市計画図を仕上げてた。


 ピンポーン。


 インターホンが鳴る。モニターを確認すると、そこに映っているのはグスタフ一人だった。

(バルトスとエリシュアは現場か……。あいつら、撮影会に夢中で来なかったな)

 そういえば昨日、カメラを回収し忘れたことを思い出した。だが、今の朦朧とした頭ではどうでもいい。


「まぁいいか、カメラ持たせておけば作業も進むだろうし……。というか、むしろ撮影に夢中になって工期が少しは遅れたほうが、俺もゆっくりできるしな」


 そんな現実逃避気味な期待を抱きながら、俺はグスタフをリビングに招き入れた。


「おはよう、グスタフ。……約束通り、できてるよ」

「おはようございます、ゼクトさん。 さっそく見させてもらってもいいですか?」


 俺は重い体を引きずり、プリントアウトした「フェルゼン新都市構想図」をテーブルに広げた。


「……これは、凄まじい。建物がただ並んでいるだけじゃない。道に規則性がある……。ですがゼクトさん、この住居エリアは広すぎませんか? 今のフェルゼンの人口なら、この五分の一もあれば十分かと」


 グスタフの尤もな疑問に、俺はコーラを一口飲んで軽く笑った。


「五分の一? それじゃあ前のフェルゼンと変わらないよ。建物が密集すれば、またすぐに汚水の問題や火災のリスクに怯えることになる。都市計画におけるゆとりは『今の贅沢』じゃなくて『未来の安全』なんだよ」

 

 なにかを言いたそうなグスタフを遮り、俺は続けて言った。


「それに……これからどんどん増えるよ、人は。住む場所が足りなくなってから継ぎ足しで作る街は、必ず歪みが出てスラム化しちゃうんだ。最初から最大キャパシティを見越して動線を確保しておく。これが鉄則だよ……。魅力的な街には、放っておいても人が集まるんだよ。あんたはフェルゼンを素晴らしい街にするんだろ?グスタフ」


「……最大、キャパシティ?……未来の人口まで見越しているというのですか」


「当たり前だよ。後で『道が狭いから家を壊して広げます』なんて調整をするのは面倒だろう? だったら最初からガッツリ広げておけばいい。基本は『ゾーニング』だね。住居、商業、工房を明確に分けよう。今のフェルゼンは密集しすぎていて火事に弱いし、何より汚水と生活動線が混ざっている。だから、この『水道局』という組織を置いて、街全体の水流を一括管理させようと思うんだ」


「スイドウキョク……? 水路を管理するだけの役所ですか。……しかし、これだけの設備、維持費がバカになりませんよ」


「だから、市民からは『水道代』を徴収する仕組みにするんだよ。水はタダじゃない、管理コストだよ」


「水でお金を取るんですか!?」


「その代わり、市民は毎日重い水桶を運ぶ重労働から解放される。時間が浮くし、衛生状態が劇的に改善されて病気も減るだろう? その『便利さ』と『健康』を買うためのコストだと思えば、納得は得られるはずだよ」


「なるほど……それならば市民たちも納得するでしょうね」


 俺は図面の外縁、大きな門の部分を指した。


「それから、門での混雑解消だね。門から導線を整理する。入り口と出口を完全に分け、馬車専用のレーンを造ろう。通りも、主要な幹線道路は馬車が三台並んで走れるほど大きく取るよ」


「三台……。やはり、すべてが桁外れですね」


「逆だよ。道が狭いと物流が詰まる。物流が詰まれば経済が死ぬんだ。それに、街の中央にはこれだけのスペースを使って『自然溢れる公園』を造ろうと思ってる」


「公園……? 畑ではなく、ただの空き地を緑にするのですか?」


「憩いの場だよ。人間、ギチギチに詰まった石造りの建物ばかりじゃ心が荒むからね。その公園の横には『学校』を造るんだ。読み書き計算、それに簡単な工学の基礎を子供たち全員に叩き込む。将来のフェルゼンを任せられる人材を増やそう。メンテナンス性の高い組織を造るための投資だよ」


 早く「俺がいなくても回る街」を造って、俺は“怠惰の玉座”でコーラを飲んでいたい。


 グスタフが感心したように図面を指でなぞる。その指が、公園の片隅に小さく描かれた「水飲み場」の記号で止まった。


「ゼクトさん、これは何ですか? 各家庭に水を引くのに、公園にこんな大きな水場を作るのですか?」


「ああ、公共水道だよ。どうしても水道代を払いたくない人は、今まで通りここで水を汲めるようにしておくんだ。無理強いは良くないからね。それに、公園で大きなイベントをするときにも水は必要だろう?」


「なるほど……! 水道代が払えなくても困ることはないのですね。さすがです!」


「……まぁ、多分生活用水としては誰も使わないだろうけどね」


 蛇口をひねれば水が出る便利さを知ってしまった人間が、わざわざ毎日公園まで重い桶を持って往復するとは思えない。結局、みんな「時間を買う」方を選ぶはずだ。俺だってそうする。


「ゼクトさん……。あなたは、このフェルゼンをただの領地ではなく、一つの『完成された世界』にしようとしているのですね」


 グスタフの瞳に、熱い光が宿る。

(いや、そこまで大層なもんじゃないんだよ。俺が楽をしたいだけなんだ)

 そう言いかける言葉を飲み込んで、俺は力なく笑った。


「……まぁ、期待してるよ。今日はこれを預けるから、ガラムさんたちと検討してみてくれ」

「はい! すぐに現場へ持っていきます!」


 グスタフは図面を宝物のように抱え、嵐のように去っていった。


 静かになったリビング。

 俺はそのままソファーに倒れ込み、隣で丸まって寝ているたまの背中に顔を埋めた。

 

(たま、お前……俺が必死に図面引いてる横で、よくあんなに熟睡できたな……)


「……明日から……、明日からこそは……絶対にダラダラするんだよ……」


 薄れていく意識の中で、俺の耳に、遠くの方でバルトスが「最高の構図です、エリシュア殿!」と叫んでいる声が聞こえてくるような気がした。

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