第34話:理想郷の設計図、あるいは「寝不足の代償」
昨晩の俺を、今の俺が全力で殴り飛ばしたい。
「明日には渡せる」なんて見栄を張ったせいで、結局一睡もできずにPCと向き合う羽目になった。社畜時代のデスマーチの記憶が指先に宿り、無駄にキレのあるタイピングで都市計画図を仕上げてた。
ピンポーン。
インターホンが鳴る。モニターを確認すると、そこに映っているのはグスタフ一人だった。
(バルトスとエリシュアは現場か……。あいつら、撮影会に夢中で来なかったな)
そういえば昨日、カメラを回収し忘れたことを思い出した。だが、今の朦朧とした頭ではどうでもいい。
「まぁいいか、カメラ持たせておけば作業も進むだろうし……。というか、むしろ撮影に夢中になって工期が少しは遅れたほうが、俺もゆっくりできるしな」
そんな現実逃避気味な期待を抱きながら、俺はグスタフをリビングに招き入れた。
「おはよう、グスタフ。……約束通り、できてるよ」
「おはようございます、ゼクトさん。 さっそく見させてもらってもいいですか?」
俺は重い体を引きずり、プリントアウトした「フェルゼン新都市構想図」をテーブルに広げた。
「……これは、凄まじい。建物がただ並んでいるだけじゃない。道に規則性がある……。ですがゼクトさん、この住居エリアは広すぎませんか? 今のフェルゼンの人口なら、この五分の一もあれば十分かと」
グスタフの尤もな疑問に、俺はコーラを一口飲んで軽く笑った。
「五分の一? それじゃあ前のフェルゼンと変わらないよ。建物が密集すれば、またすぐに汚水の問題や火災のリスクに怯えることになる。都市計画におけるゆとりは『今の贅沢』じゃなくて『未来の安全』なんだよ」
なにかを言いたそうなグスタフを遮り、俺は続けて言った。
「それに……これからどんどん増えるよ、人は。住む場所が足りなくなってから継ぎ足しで作る街は、必ず歪みが出てスラム化しちゃうんだ。最初から最大キャパシティを見越して動線を確保しておく。これが鉄則だよ……。魅力的な街には、放っておいても人が集まるんだよ。あんたはフェルゼンを素晴らしい街にするんだろ?グスタフ」
「……最大、キャパシティ?……未来の人口まで見越しているというのですか」
「当たり前だよ。後で『道が狭いから家を壊して広げます』なんて調整をするのは面倒だろう? だったら最初からガッツリ広げておけばいい。基本は『ゾーニング』だね。住居、商業、工房を明確に分けよう。今のフェルゼンは密集しすぎていて火事に弱いし、何より汚水と生活動線が混ざっている。だから、この『水道局』という組織を置いて、街全体の水流を一括管理させようと思うんだ」
「スイドウキョク……? 水路を管理するだけの役所ですか。……しかし、これだけの設備、維持費がバカになりませんよ」
「だから、市民からは『水道代』を徴収する仕組みにするんだよ。水はタダじゃない、管理コストだよ」
「水でお金を取るんですか!?」
「その代わり、市民は毎日重い水桶を運ぶ重労働から解放される。時間が浮くし、衛生状態が劇的に改善されて病気も減るだろう? その『便利さ』と『健康』を買うためのコストだと思えば、納得は得られるはずだよ」
「なるほど……それならば市民たちも納得するでしょうね」
俺は図面の外縁、大きな門の部分を指した。
「それから、門での混雑解消だね。門から導線を整理する。入り口と出口を完全に分け、馬車専用のレーンを造ろう。通りも、主要な幹線道路は馬車が三台並んで走れるほど大きく取るよ」
「三台……。やはり、すべてが桁外れですね」
「逆だよ。道が狭いと物流が詰まる。物流が詰まれば経済が死ぬんだ。それに、街の中央にはこれだけのスペースを使って『自然溢れる公園』を造ろうと思ってる」
「公園……? 畑ではなく、ただの空き地を緑にするのですか?」
「憩いの場だよ。人間、ギチギチに詰まった石造りの建物ばかりじゃ心が荒むからね。その公園の横には『学校』を造るんだ。読み書き計算、それに簡単な工学の基礎を子供たち全員に叩き込む。将来のフェルゼンを任せられる人材を増やそう。メンテナンス性の高い組織を造るための投資だよ」
早く「俺がいなくても回る街」を造って、俺は“怠惰の玉座”でコーラを飲んでいたい。
グスタフが感心したように図面を指でなぞる。その指が、公園の片隅に小さく描かれた「水飲み場」の記号で止まった。
「ゼクトさん、これは何ですか? 各家庭に水を引くのに、公園にこんな大きな水場を作るのですか?」
「ああ、公共水道だよ。どうしても水道代を払いたくない人は、今まで通りここで水を汲めるようにしておくんだ。無理強いは良くないからね。それに、公園で大きなイベントをするときにも水は必要だろう?」
「なるほど……! 水道代が払えなくても困ることはないのですね。さすがです!」
「……まぁ、多分生活用水としては誰も使わないだろうけどね」
蛇口をひねれば水が出る便利さを知ってしまった人間が、わざわざ毎日公園まで重い桶を持って往復するとは思えない。結局、みんな「時間を買う」方を選ぶはずだ。俺だってそうする。
「ゼクトさん……。あなたは、このフェルゼンをただの領地ではなく、一つの『完成された世界』にしようとしているのですね」
グスタフの瞳に、熱い光が宿る。
(いや、そこまで大層なもんじゃないんだよ。俺が楽をしたいだけなんだ)
そう言いかける言葉を飲み込んで、俺は力なく笑った。
「……まぁ、期待してるよ。今日はこれを預けるから、ガラムさんたちと検討してみてくれ」
「はい! すぐに現場へ持っていきます!」
グスタフは図面を宝物のように抱え、嵐のように去っていった。
静かになったリビング。
俺はそのままソファーに倒れ込み、隣で丸まって寝ているたまの背中に顔を埋めた。
(たま、お前……俺が必死に図面引いてる横で、よくあんなに熟睡できたな……)
「……明日から……、明日からこそは……絶対にダラダラするんだよ……」
薄れていく意識の中で、俺の耳に、遠くの方でバルトスが「最高の構図です、エリシュア殿!」と叫んでいる声が聞こえてくるような気がした。




