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黒猫勇者と怠惰の宰相 〜引きこもりの俺、安眠のためにリモートワークで異世界を改革する〜   作者: 香箱
第2章:怠惰の辺境

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第33話:異世界工期

「ふぅ……。これでなんとか、上下水道の計画はできたな。一段落だ」


 俺は書斎の椅子で大きく伸びをした。PCの画面を閉じ、熱を持った本体を冷ましながら、コーラを飲む。


(……いや、冷静に考えると以前の納期直前のデスマーチに比べれば、全く働いていないも同然なんだが)


 三日三晩、エナジードリンクとサプリメントだけで生き延び、バグの海を泳ぎ続けた社畜時代。それに比べれば、おっとりした職人と喋り、プリンタのボタンをポチポチ押すだけの今の生活は、労働というよりは「ちょっと凝った自由研究」に近い。

 だが、半年以上もこの家でたまとのんびり過ごしていた身には、これだけでも「うわぁ、俺めっちゃ働いてるわ」という、凄まじい自己満足感があった。


「あとは、ガラムやエリシュアたちの仕事だな。……よーし、しばらくダラダラするぞー」


 俺はリビングのソファーにダイブし、隣で丸まっていたたまを抱き上げた。


「たま、しばらく休みだ。一緒に昼寝三昧だぞ」

「ミャァーオ(そううまくいくかしら?)」


たまの呆れたような顔を「可愛いなぁ」と眺めながら、俺は堕落の海へと沈んでいった。


――だが、その「ダラダラ期間」は、予想を遥かに超える早さで幕を閉じる。


一週間後。

 けたたましく鳴り響くインターホンの音に、俺はビクッとして跳ね起きた。モニターを確認すると、そこにはいつもの三人の顔が並んでいた。


(なんだよ、三人揃って……)


 満面の笑みのグスタフ、冷静にカメラを構えたままのバルトス、カメラ目線でポーズを作っているエリシュア。

 不吉な予感しかしないが、無視するわけにもいかない。俺は溜息をつきながら、彼らをリビングに招き入れた。


「ゼクトさん! お忙しいところ失礼します。進捗の報告に来ましたよ!」


 先頭を切って入ってきた領主のグスタフが、爽やかな笑顔でとんでもないことを口にした。


「おかげさまで地下水路は八割方完成しました。上流のダムも、放水実験まで無事に成功しましたよ!」


「…………え?」


 今、なんて言った? 放水実験? 成功?

 待て待て。ダムっていうのは、あの巨大な峡谷を堰き止める、高さ数十メートルの構造物だぞ。


「いやいや、グスタフ。ダムだよ? あのコンクリートを流し込んで、養生して……」

「ええ! ガラム親方が『ゼクトさんの図面を汚してなるものか!』って豪語しましてね。まずエリシュアが土魔法で地脈から巨大な岩塊をゴゴゴッ、と召喚するんです。それを職人たちが群がって一気に削り出し、精密に加工された石材をゴーレムが寸分違わず積み上げていく。仕上げに、あの魔導コンクリートを隙間にドバッと流し込んで固定です。……いやぁ、壮観でしたよ。実に、三日で建ちました」


(……召喚して、削って、ゴーレムで運んで、固める? 重機どころか、現場監督・建機・作業員をワンセットにした全自動生産ラインじゃないか。現代のゼネコンが泣いて土下座するレベルだぞ。 すげえな、異世界技術……!!)


 俺は戦慄した。

 現代日本なら、調査に数年、建設に十数年かかる国家プロジェクトだぞ。魔法という超常パワーと、異世界職人の技術、そしてゴーレムという自動運搬システムが噛み合ってしまうと、一週間で竣工からテスト走行まで終わるのか。


(……っていうか、そんなスペックあるなら、なんで今までこの世界は中世レベルで停滞してたんだ!? 宝の持ち腐れにも程があるだろ!)


「ゼクト様。現場の様子は、私がこの『魔導記録機』で完璧に収めてまいりました。ご確認ください」


 バルトスが地形調査用に貸していたカメラを差し出してきた。

 俺が画面を覗き込むと、そこには教えてもいないはずの「動画モード」で撮られた、高画質な映像が流れた。バルトスの手ブレ一切なしの完璧なカメラワークが、現場の狂気を克明に映し出している。


(バルトスさん……騎士より映画監督の方が向いてるんじゃないの?)


『――エリシュア殿の土魔法、なんという威力。岩山が動いていきます。……おっと、エリシュア殿、そちらは資材置き場です。危ないですよ』


 画面の中で、爆速で移動する土塊と、それを追いかけるガラム親方の「こらぁあ!」という怒号。バルトスは冷静にその一連の動きをズームとパンを駆使して、映画のような構図で収めていた。


 そして、映像の隅には、またしても必ずエリシュアが映り込んでいた。

 土魔法の余波でスカートがめくれそうになる瞬間、カメラの方をチラッと確認してから「キャッ!」とあざといポーズを取っている。

 魔法を使いすぎてヘロヘロなはずの場面でも、バルトスのレンズが向いた瞬間に髪を整え、「えっ、撮ってるんですかぁ?」と言わんばかりの絶妙な角度で小首をかしげている。


(……バルトスもバルトスだが、エリシュアもノリノリじゃないか。ここ、一応工事現場だよね?)


「あの、ゼクト様……。放水のしぶき、とっても冷たくて気持ちよかったですよ?」


 目の前のエリシュアが、動画のラストと同じ表情で言ってきた。動画の締めは、ダムの全体像ではなく、虹を背にした彼女のアップだった。


「最後はエリシュアのPVになってる……なんのプロモーションだよ」


 俺の呟きは、三人の熱気にかき消された。


「ゼクトさん、いかがです? 職人たちは今、ゼクトさんの『次の指示』を首を長くして待っていますよ!」


 キラキラした目でこちらを見るグスタフ。カメラのレンズ越しに無言の圧をかけるバルトス。そして、なぜか「次も撮ってね」と言わんばかりのモデル立ちを決めているエリシュア。


(……やばい。これ、俺がダラダラしてる間に、どんどん進んでいくやつだ)


 俺の思い描いた「のんびりスローライフ建設」は、異世界の職人たちの異様な熱量と、この三人の謎のチームワークの前に、もろくも崩れ去ろうとしていた。

 このままでは、さらに期待値が跳ね上がってしまう。


「……あ、うん。……すごいね。……とりあえず、都市設計の方も殆どできているから。……明日には、渡せると思うよ……あはは……」


「明日! さすがはゼクトさんだ、仕事が早い! さっそく職人たちに伝えてきます!」

「明日ですね。照明の確保と、エリシュア殿の衣装替えの段取りを済ませておきます」

「明日……楽しみにしてますね、ゼクト様っ」


(…うん、一旦カメラは回収させてもらったほうが良さそうだね)


 嵐のような勢いで、三人は帰っていった。


(……あ、口が滑って「明日」って言っちゃった。なんで見栄を張ったんだ俺……!)


 三人を帰した後、堕落の海へと沈んでいこうとしていた俺は、「はぁあ…」とため息をついてPCを立ち上げた。

 フェルゼン新都市建設プロジェクトは、とんでもない加速度で、そして最高にハイな方向へと爆走を始めた。

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