第31話:黒猫の「地鎮祭」~Rock 'n' Roll都市計画の裏側~
昨晩、あいつは「完璧な地形調査だ」なんて満足げに笑っていたけれど、私は知っている。あのダム建設予定地の上流には、執念深く、岩のように硬い魔獣の親玉が居座っていることを。
あのおっとりした――いえ、あまりに能天気なあいつが、せっかく描き上げた「理想郷の設計図」。それを形にするための大事な現場を、あんな醜い化け物に汚させるわけにはいかない。
「ミャウ(……ちょっと、掃除してくるわね)」
ぐっすりと眠るあいつの膝からそっと降り、私は夜の闇に溶け込んだ。
月明かりの下、私は人間の少女「メイナ」の姿に変わり、森を駆けていた。一人でさっさと片付けるつもりだったけれど、峡谷の入り口で、松明を持った二人組に呼び止められた。
「おい、嬢ちゃん! こんな夜更けに一人でどこへ行くんだ?」
声をかけてきたのは、巨大な盾を背負ったガタイの良い男だった。傍らでは、杖を抱えた魔道士の女が落ち着いた様子で、けれど警戒を解かずにこちらを見ている。
「俺はカイル。この辺りの魔獣調査を請け負っている冒険者だ」
「私はリン。同じく魔道士よ。あなたは……こんな時間にどうしたの?」
どうやらグスタフが、工事の安全確認のためにギルドへ調査依頼を出していたらしい。二人は一通りの調査を終え、ちょうどこれから野営の準備をするところだった。
「……上流に、悪いネズミがいるから。どかしに行くのよ」
私が足を止めずにそう答えると、カイルが慌てて私を制するように手を広げた。
「ネズミ? いや、あそこには『エスカマス・ローシャ』っていう危険な魔獣がいる。全身に岩の鎧をまとったトカゲの亜種だ。たった今確認したところだ。明日の朝にギルドに報告した後に討伐隊が組まれるはずだ。今は近づいちゃいけねえ」
「もうこんな時間。森の中は危険よ。報告は私たちが明日行うから、今は一緒に来なさい。ここで野営して朝を待つのよ」
明日の朝? 討伐隊?
以前、「散歩」の途中で洞窟の外を徘徊していたエスカマス・ローシャとやらに出くわしたことがある。その時はあまりの硬さに辟易としていたら、向こうが先に逃げ出していった。あの時だって倒せないことはないと感じていた。魔力を蓄え、成長した今の私なら、確実に仕留められる確信があった。
今日のうちに物理的に解決しておくのが一番手っ取り早い。
「……面倒ね。悪いけど、待てないわ」
私がそのまま歩き出すと、二人は顔を見合わせた。
「おい、待てって! 普通は一個小隊で対応するんだぞ!死ぬ気か!」
「……放っておけないわね。カイル、私たちも行きましょう」
結局、心配性の二人が武器を手に取ってついてくることになった。
正直、一人の方がずっと速いのだけれど。私は小さく溜息をつきながら、夜の峡谷へと踏み込んだ。
道中、邪魔な魔獣が次々と襲いかかってきたけれど、私は足を止めずに処理していく。
一歩踏み込むと同時に、魔力を帯びた漆黒の剣を召喚する。爪で切り裂くように魔獣の急所を突く。無駄な動きは一切しない。
「おいおい……すごいじゃないか、嬢ちゃん。今の、何をしたんだ?」
「カイル、感心してる場合じゃないわ。メイナ、あなたこれほどの手練れだったのね……」
二人の驚く声が背後から聞こえるけれど、無視して進む。洞窟の内部に入っても、夜目が利くおかげで順調そのものだった。
やがて、一番奥の開けた空間に、そいつはいた。
岩石と魔力が癒着したような巨躯のトカゲ――エスカマス・ローシャ。
「私がやるわ。あなたたちはそこにいなさい」
地面を蹴り、巨体の懐へ潜り込む。硬い外殻の隙間を縫って、鋭い一撃を叩き込む。岩が砕けるような音が響き、魔獣が苦悶の声を上げる。一撃、二撃……
このまま勝てる。そう確信した瞬間だった。
瀕死に追い込まれたエスカマス・ローシャが、突如としてその身を赤く発光させた。全身にまとった岩石の鎧を弾丸のように四方八方へ射出する、死に物狂いの自爆攻撃。
「メイナ、伏せろ!」
反応が遅れた私の前に、カイルが割り込んだ。巨大な盾が轟音と共に岩の散弾を受け止め、火花を散らす。
「こいつは死に際に全魔力を解放するのよ! メイナ、核の真下にある、光ってるヒビを狙って!あなたならできるでしょ!」
リンの鋭い声が洞窟内に響く。カイルの盾に守られた一瞬間を逃さず、私は再び地を蹴った。
言われた通り、露出した核の根本にある小さな亀裂を見逃さない。
魔力を込めた一撃が、ヒビを貫き、核を粉砕する。
轟音と共に、岩の巨体がガラガラと崩れ落ち、静寂が戻った。
「少し油断していたようね……助けられたわね。ありがとう」
私は少しだけ肩をすくめて見せた。カイルは冷や汗を拭いながら笑い、リンは呆れたように肩を落としている。
「余計なお世話だとは思ったんだが、エスカマス・ローシャのことを知らないようだったからな」
「メイナ、次はもっと慎重にね。ギルドへの報告は、私たちが上手くやっておくわ」
二人と別れると、私は再び夜の闇に紛れて家へと戻った。
明け方、リビングのソファーに滑り込み、猫の姿に戻って丸くなる。
しばらくして、あいつが目を覚ました。
「……ん、たま。おはよう。なんだか今日のお前、手が少し土臭くないか? また庭を掘ったのか?」
「ミャァ……(解決したからもうそれでいいわよ)」
私は眠たげに目を細め、あいつの手に頭を擦り付けた。




