第30話:井戸を掘るな、文明(ライン)を引け
レオンが助かったあの日、俺が心に決めたことがある。
あの不衛生で、いつ病が湧き出てもおかしくない「古い井戸」というシステムそのものを、この地から一掃してやるということだ。
(……定番の手押しポンプ? そんなもんで済ませるかよ)
漫画や小説では、よく主人公が異世界でポンプを作って英雄扱いされている。だが、俺からすれば、それは失笑モノの「その場しのぎ」でしかない。
数千人が移住する新都市に、数千台のポンプを置くのか? そのメンテナンスコスト、部品の摩耗、そして何より、各家庭が個別に「地下水」という不確定な水源に頼るリスク……。
(……インフラを舐めるてるよな。必要なのは『個人の努力』じゃなくて『一元管理されたシステム』だよ)
俺は書斎のPCに向かい、まずは川からの取水を検討し始めた。だが、すぐに手が止まる。
新都市の予定人口は数千人、将来的には数万人にまで膨れ上がる計画だ。
(……フェルミ推定でいってみようか)
一人が一日に使う水の量を、飲用・調理・洗浄・排泄、すべて合わせてざっと200リットルと仮定する。人口が1万人になれば、一日に必要な水量は2,000トン。さらに、農業用水や火災時の備え、将来的な産業の発展を考えれば、川からの「ただの取水」では乾季に詰む。
(……細いストローで巨大なコップの水を飲もうとするようなもんだ。圧倒的にキャパが足りないなぁ)
ふと、子供の頃にハマった街づくりゲームを思い出す。あの頃は画面上の水路をポチポチと繋いで、予算が尽きたり供給が止まったりすれば、適当に「リセット」して最初からやり直せばよかった。
だが、今は違う。
モニターの向こうにあるのはドットの集合体じゃない。俺が引く一本の線、俺が決める水源の確保策に、フェルゼンの住民たちの命がかかっている。
失敗しても、データのロードはできない。
(……この世界の常識を、物理的にぶち壊す仕組みが必要だ)
俺は地図をスクロールし、上流にある深い峡谷に視線を止めた。
そこなら、膨大な水を蓄え、かつ「位置エネルギー」を利用して街まで自然加圧で水を送れる。
(……やるなら、根本からだな。……いっそのことダムでも作るか)
家の隣の駐留所も1日で出来上がっていた。
現代知識と異世界魔術のハイブリッドなら、ダムとはいえ短期間で作り上げられるはずだ。
俺は検索窓に「重力式コンクリートダム 断面図」「洪水吐の設計」「取水塔 構造」と打ち込んだ。
現代工学の分厚い知見を、翻訳プリンタが職人好みの「魔導工学的な製図」へと変換していく。
フェルゼンにいる熟練の職人たちなら、この「設計図」の意味は分からずとも、魔法と石工技術を組み合わせて形にできるはずだ。
インチキフリーランスのハッタリじゃない。
これは、かつて「古いシステムを最新のクラウドに統合」して数万人のユーザーを支えた時の、あの冷徹なまでの最適化の再現だ。
俺は、机の上のトランシーバーを手に取った。
「バルトスさん。腕の立つ職人が必要なんだけど……」




