第29話:地形調査と、映り込みの魔道士
その日の夕方。
夕闇が迫る森の向こうから、聞き慣れた鎧の擦れる音と、それとは対照的な軽やかな足音が近づいてきた。
駐留所のバルトスが、エリシュアを伴って姿を現したのだ。
「ゼクト様、すべて撮影してまいりました。ご確認をお願いします!」
バルトスは、まるで決戦に勝利した将軍のような顔で、デジカメを両手で差し出してきた。
「もう終わったの? 早くない?」
「ええ、エリシュア殿の移動魔法で飛び回れば、この程度の距離、造作もございませんでした」
なるほど、魔法と現代技術のコラボか。
俺はカメラを受け取ると、手元のスマホに変換アダプタ経由で接続した。画面にインポートのプログレスバーが走り、サムネイルが次々と表示される。
(……バルトスさん、めちゃくちゃ優秀なんだな)
写真の出来は驚くほど良かった。手ブレ一つなく、構図も一定のルールに基づいて撮影されている。川の護岸、橋脚の劣化状態、土地の細かな傾斜――専門外の俺が見ても、これがどれほど価値のある現場資料かが分かる。
……ただ、一点を除いて。
「……ねえ、バルトスさん。なんで全部の川のほとりにエリシュアが写ってるの?」
俺がスマホの画面を指すと、そこには優雅に水辺で微笑むエリシュアの姿があった。
次の写真では崖の上で風に吹かれ、その次はなぜか魔法の杖を構えてキメ顔を作っている。
バルトスは、待ってましたと言わんばかりに胸を張った。
「はい! エリシュア殿が『ただ風景だけでは、大きさのスケール感が分からず、ゼクト様を困らせてしまうでしょう?』と仰るので! 素晴らしい献身にございます!」
(いや、絶対自分を撮ってほしかっただけだろ。これ、ジャンプしてる写真まであるぞ)
当のエリシュアはといえば、俺の隣で画面を覗き込み、「あ、今の写真はちょっと光の当たり方がイマイチです。こっちの、私が左斜め45度から映ってるやつを資料の表紙にしてくださいね!」と、本来の目的を忘れた要求をしてくる始末だ。
「……あー、わかった。とりあえずデータは受け取った。ちょっと詳しく精査するから、少し待ってて」
俺はスマホとカメラを手に、一人で書斎に逃げ込んだ。正直、あのキラキラした視線に晒されながら作業するのは、会社員時代のクライアントに背後から画面を覗き見られている時のような圧迫感がある。
静かになった書斎で、スマホからPCへとデータを転送し、モニターに並べる。
やはり精度は抜群だ。俺は検索して得た「中世の排水構造」の資料と、実際の地形写真を重ね合わせ、翻訳プリンタにデータを流し込んだ。
ガガガ、と小気味よい音を立てて、数枚の紙が吐き出される。
そこには、俺の雑な構想がプリンタの超技術によって「魔術回路を組み込んだ新型排水システム」のような、もっともらしい設計図へと変換されていた。
「よし。……あと、これも一応出しておくか」
俺は何枚かの資料を手に、リビングへと戻った。
「お待たせ。結論から言うと、完璧。100点だ」
俺がプリントした紙をテーブルに広げると、二人が身を乗り出した。
「これが……ゼクト様の描かれた『新時代の水路』……! なんという緻密な術式図……。私には計り知れぬ深淵を感じます!」
バルトスが震える指で図面をなぞる。ただの排水管のルートなのだが、翻訳プリンタが勝手にそれっぽい注釈を付けたせいで、重みが三倍増しになっている。
「エリシュアも、この撮影のおかげで土地の高低差がはっきり分かった。君は世界初の『土木魔道士』としての第一歩を踏み出したわけだ。期待してるよ」
「ど、どぼくまどうし?……世界初なら悪くないですね!」
「この街の『血管』を作る重要な仕事だ」
適当な肩書きで煽ってみると、エリシュアは単純にも鼻を高くした。ペーペーのときに俺もよくやられた若手をその気にさせる、あの手口だ。
「それで……あの、ゼクト様」
エリシュアが、テーブルの上に置かれた別の束を上目遣いで指差した。それは、彼女の映り込みが激しすぎて資料から除外したボツ写真のプリントだ。
「これ……その、いらないなら、一枚いただいてもいいですか?」
「え、ああ、構わないけど」
俺が許可を出すと、彼女は嬉しさを隠せない様子で、小さく跳ね、一枚を大事そうに胸に抱えた。
それは、夕陽をバックに彼女が魔法少女のようなポーズで遠くを見つめている、資料としては一ミリも役に立たない写真だった。
(それが一番のお気に入りなのかよっ!)
心の中だけで、口には出さない。これで彼女のモチベーションが上がって、明日の工事が捗るなら安いものだ。
「明日はその図面を元に、現場の最終確認を頼むよ」
「はっ! 承知いたしました!」
「任せてください、ゼクトさん!」
意気揚々と引き上げていく二人を見送りながら、俺はソファに深く沈み込んだ。
インチキ図面が、少しずつこの街の形を変えようとしている。
(……引きこもりの計画にしては、随分と大掛かりになってきたな)
たまが膝に乗ってきて、呆れたように喉を鳴らした。




