第22話:魔導冷蔵庫レビューと、怠惰な決意
フェルゼンの町並みを眺め終え、俺は望遠鏡を畳んだ。城門前の渋滞、井戸の行列、市場の動線、畑の水路。どれも“ちょっといじるだけ”で劇的に良くなるのが見えてしまった。あの城門前の渋滞なんて、門の位置を少しずらすか誘導係を置くだけで解消する。井戸の行列も、時間帯ごとの利用制限を設ければスムーズになる。市場の動線は……まあ、あれはもう少し大規模な改革が必要だが、やれないことはない。
(……あれだけ改善ポイントが見えると、何か言いたくなるよな。でも俺、昨日あいつらに「何もしない」って言っちゃったしな)
そう思った瞬間、胸の奥がむずむずした。あの領主グスタフの顔が脳裏に浮かぶ。
(いやでも、ポイント欲しいんだよな……。高額アイテム買うには、そろそろ何かしら実績が必要だし……)
ルミナショッピングの“怠惰の玉座”は、まだまだ遠い。怠惰の玉座が何なのかはよくわからないが、俺の生活はさらに快適になるだろう。
(でも、外に出るのは面倒なんだよな……。あいつらが来た時に、ちょっとアドバイスするだけでいいか)
結局、面倒くささがすぐに勝つ。
(……まあいいか。どうせまた来るだろ、グスタフたち。その時に適当に話せばいい)
俺はソファに沈み込み、大きく伸びをした。たまが横で尻尾を揺らしながら、こちらを見ている。
「ナァ(どうせまたあいつらは来るわよ)」
「今すべきなのは魔導冷蔵庫の検証だ。そうだな、たま」
新品の魔導冷蔵庫の前に立ち、俺は真剣な顔でメモ帳を開いた。この冷蔵庫はただの冷蔵庫ではない。同梱されていた説明書によると“時間停止機能あり”。時間停止機能があるならば0時リセットの家の影響を受けないはずだ。
(これさえ使いこなせれば、俺の怠惰生活はさらに最適化される……!)
俺は冷蔵庫の扉を開け、中を覗き込んだ。内部は妙に澄んだ空気が漂っている。冷気というより、時間そのものが止まっているような静けさだ。
「……なんか、空気が違うな。これ、本当に冷蔵庫か?」
「ナァ(だから“魔導冷蔵庫”って言ってるでしょ)」
「いや、冷蔵庫って名前つけるのが間違ってるだろこれ。もっとこう、“魔導倉庫Ω”とかにしろよ」
「ナァ(名前のセンスが壊滅的ね)」
まずは実験1。冷蔵庫に入れた冷凍うどんを確認する。昨夜入れたままのうどんは、袋のシワ一つ変わらず、完全に“昨日のまま”だった。
「……すげぇ。家のリセットが効いてない」
「ナァ(最初からそう言ったでしょ)」
次に実験2。半分食べたちくわを入れておいた。取り出すと、やはり半分のまま。家のリセットなら“新品に戻る”はずだが、冷蔵庫内は完全に独立している。
「つまり、冷蔵庫の中だけ世界線が独立してるってことか……?これ、普通に文明レベルぶっ壊してない?」
「ナァ(あんたの文明観が壊れてるのよ)」
俺はちくわを眺めながら、真剣に考え込んだ。(これ、食料の保存だけじゃなくて……例えば、腐る前の肉を大量に買って入れておけば、永遠に新鮮なまま……?いや、そもそもこの世界に冷蔵技術がないなら、これだけで革命じゃないか?)
だが、すぐに思考が怠惰に引き戻される。(……まあ、俺が革命起こす必要はないか。めんどいし)
実験3。0時直前に入れていたゴミ。翌朝、ゴミはそのまま残っていた。
「……完璧だ。これはもう“魔導冷蔵庫”じゃなくて“魔導倉庫”だな。★★★★★だ」
俺は満足げにメモ帳に星を描いた。その横に“改善点:容量が少ない”と書き足す。
「ナァ(レビュー書いてどうするのよ)」
「いや、こういうのは記録が大事なんだよ。後でルミナに改善要求出すかもしれないし」
「ナォン?(あんた、神界にクレーム入れる気?)」
「当然だろ。ユーザーの声は大事だ」
俺は冷蔵庫の中に顔を突っ込んで、さらに細かい検証を始めた。温度は一定。湿度も一定。食材の劣化はゼロ。まるで“時間”という概念が存在しない空間だ。
(これ、もし俺が中に入ったらどうなるんだ?時間止まるのか?いや、でも呼吸できるのか?酸素は?)
しばらく考えたが、すぐにやめた。(……まあ、入らなきゃいいか)
その時だった。
――ピンポーン。
インターフォンの音がした。あいつらもう完全に使い方を覚えてやがる。
『館の主よ!本日は正式なご挨拶に参りました!』
「……うわ、来た。たま、どうする?今日はもう面倒くさい。居留守でいいよな?」
「ナァ(あんたさっきポイント欲しいって言ってなかった?)」
「無理か……」
俺は冷蔵庫の扉をそっと閉めた。(……はぁ。せっかくの魔導冷蔵庫レビュー日だったのに。まあいいや。終わったら続きをやろう)
玄関から出ると、門の前でグスタフたちが土下座寸前の姿勢で待っていた。
(……なんでこうなるんだよ)
俺は深くため息をつき、門を開けた。




