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黒猫勇者と怠惰の宰相 〜引きこもりの俺、安眠のためにリモートワークで異世界を改革する〜   作者: 香箱
第2章:怠惰の辺境

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第20話:怠惰の観測者、ベランダに立つ

第1章あらすじ

佐藤カズヤは、飼い猫・たまの自己犠牲によって「家ごと」異世界へ転移する。家の内部は毎夜「停滞の起点」に巻き戻る特殊空間となり、電気・水道・ネットなどのインフラが使える“聖域”が成立する。天界のルミナは召喚ミスの責任を取らされ、カズヤを外に出させようとするが失敗。代わりに城塞都市フェルゼンの隣へ家ごと移設され、誤解からカズヤは「ゼクト」として領主側に崇められる。彼の「動かずに導く」怠惰な方針が領地の防衛を最適化し、結果的に世界の安定と神界の動揺を生むに至った。

 ――翌朝。


 俺はベランダに出て、昨日ルミナショッピング(日本版)で買った望遠鏡を構えた。

 最新式の高倍率レンズ、軽量ボディ、スマホ連動機能付き。

 異世界に来てまで文明の利器に頼る俺、最高だと思う。(だって楽だし)


「……おお、見える見える……!」


 望遠鏡の先には、フェルゼンの町並みが広がっていた。


 石畳の大通り。

 木骨造りの家々がぎっしり並び、赤茶色の屋根が朝日に照らされて輝いている。

 煙突からは白い煙がゆらゆらと立ち上り、パン屋の前には焼きたての香りに釣られた人々が列を作っていた。


(うわ……中世ヨーロッパって感じだな……ゲームで見たやつそのまんまじゃん)


 市場の広場では、露店が色とりどりの布を広げていた。

 青、赤、緑、金糸入りの布が風に揺れ、果物の山が積まれ、香辛料の匂いが漂ってきそうな気がした。


(あれ絶対高いだろ……いや、買わないけど。外出るの面倒だし)


 さらに望遠鏡を動かすと、城壁の上で騎士たちが巡回しているのが見えた。

 重装鎧が朝日に反射してキラキラ光っている。


(あれ……なんか人数増えてない? てか動きが軽いな……シフト制導入したからか?)


 城下町の奥には、フェルゼン領主邸、フェルゼン城の塔がそびえていた。

 白い石造りの塔は、まるで巨大な槍のように空へ突き刺さっている。


(あそこに呼ばれたんだよな……行かないけど)


 望遠鏡をさらに動かすと、町の外れに新しい建物が見えた。


「……あれ、詰め所じゃね?」


 木材が積まれ、職人たちが忙しそうに作業している。

 どう見ても“俺が落書きした図面”を元に建てられた詰め所だった。


(うわ、本当に作ってる……俺の落書きが現実になってる……)


 たまが足元で「ナァ」と鳴いた。


「……たま、見ろよ。俺の落書き、建物になってるぞ」


「ナァ(あんたのせいで領地が本気出してるのよ)」


「いや、俺はただ……楽したいだけなんだけどな」


 望遠鏡を下ろし、俺は深く息を吐いた。


(……フェルゼン、思ったよりちゃんとしてるな。てか、俺が何もしなくても勝手に発展していく感じ……悪くないな)


 だが、望遠鏡の画面に映る“新着ポイント”の通知が目に入った。


【フェルゼン領・改革進捗:+12,000L】


「……おお、また増えてる!」


(やっぱり……フェルゼンが動けばポイントが入る……!)


 俺は望遠鏡を握りしめた。


(……よし。もっとポイント欲しいし……もうちょいフェルゼン改革するか)


 たまが「ナァァ!?」と叫んだ。


(いや違うんだよたま……俺はただ……“怠惰の玉座”が欲しいだけなんだ……)


 -----


 ――同時刻・神界。


 巨大な水晶盤に、ベランダで望遠鏡を構えるゼクトの姿が映し出されていた。


「……ルミナ。あれは何をしている?」


「観察です! ついにゼクト様が、この世界に“興味”を持ち始めました!」


 ルミナは胸を張り、どや顔で言い切った。


「……興味、だと?」


「はい! 見てください主神様、あの真剣な眼差し! あれは完全に“世界に関心を持った人の目”です!」


「いや、あれは……ただの望遠鏡で遊んでいるだけではないか?」


「遊んでるんじゃありません! 観察です! 観察は立派な第一歩です!」


「……」


 主神は眉間を押さえた。


「そもそも、なぜ望遠鏡など持っている?」


「日本版ルミナショッピングで買ったんですよ!」


「なぜ買った?」


「欲しかったからです!」


「……」


 主神は深くため息をついた。


「ルミナ。お前、ゼクトに“この世界の商品”を追加したな?」


「はい! もちろんです!」


 ルミナは満面の笑みでうなずいた。


「ゼクト様は“引きこもりでネットショッピング好き”という性質をお持ちです。なので、釣るために高額商品を追加しました!」


「釣るために……?」


「はい! “怠惰の玉座”とか“魔導ベッド”とか“自動掃除式魔導ハウス”とか! ああいうの絶対好きだと思って!」


「……お前、神界の通販を釣り堀か何かと勘違いしていないか?」


「してません! 戦略です!」


「戦略……?」


「はい! ゼクト様は“欲しい物のためなら最低限は動く”タイプです! だから高額商品を置いておけば、勝手に世界を改革してポイントを稼いでくれます!」


「……」


 主神は水晶盤を見つめた。


 ゼクトは望遠鏡を覗きながら、フェルゼンの町並みに感心している。


「……本当に動き始めているな」


「でしょ!? 私の作戦、大成功です!」


「……だが、動機が“怠惰の玉座が欲しいから”というのはどうなんだ」


「動機なんてどうでもいいんです! 結果が出れば!」


「……」


「実際、ゼクト様が動いた瞬間、フェルゼンの改革が加速してますし! ポイントも増えてますし! 神力も爆増してますし!」


「……ルミナ」


「はい!」


「お前……完全に開き直っているな?」


「はい! だって結果出てますから!」


「……」


 主神は天を仰いだ。


「……ゼクトは本当に“怠惰のために世界を動かす男”なのか……?」


「そうです! だからこそ、最高なんです!」


「最高かどうかは知らんが……」


 主神は水晶盤を見つめながら、ぽつりと呟いた。


「……このままでは、本当にゼクトが世界を支配するぞ」


「いいじゃないですか! 怠惰で平和な世界になりますよ!」


「よくない!!」


「私は好きですけど!」


「お前が好きかどうかは関係ない!!」


「でも結果出てますよ?」


「……」


 主神は胃を押さえた。


「……ルミナ。ゼクトを監視しろ。だが――」


「だが?」


「絶対に調子に乗らせるな」


「無理です! もう乗ってます!」


「……やはりか……」




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