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黒猫勇者と怠惰の宰相 〜引きこもりの俺、安眠のためにリモートワークで異世界を改革する〜   作者: 香箱
第1章:怠惰の聖域

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番外編:棚卸し

 異世界に転移して数日。俺はこの家の「リセット」という名の神機能を完全に、そして執念たっぷりに検証し尽くした。

 午前0時。日付が変わるその瞬間、この家の中にある全ての「状態」が、転移したあの日――「停滞の起点」へと強制的に巻き戻る。


 不思議なのは、俺自身の肉体だ。

 鏡を見ると、ヒゲは数日分ちゃんと伸びている。つまり、俺の肉体そのものは「あの日」に巻き戻っているわけじゃないらしい。それなのに、なぜか体調はすこぶるいい。重度の引きこもり特有の、あの鉛のような肩の重さやどんよりしたダルさが消えて、驚くほどスッキリしている。

 神界から供給されているエネルギーのせいか、それとも「明日、食糧が尽きる心配がない」という精神的安定が、細胞レベルで俺を活性化させているのか。


 ……ま、細かいことはいい。大事なのは『中身』だ。


 俺はノートとペンを手に、聖域の心臓部――キッチンへと向かった。

 あの日、つまり転移の二日前。俺は、納期が10日後に迫ったデカい依頼を完遂させるための「一歩も外に出ないための完璧な布陣」を敷くべく、スーパーで欲望のままに買い出しを済ませていた。しかももう納期なんて気にしなくてもいい。貪るだけ貪ればいいのだ。あの時の自分を神と崇めたい。


1. チルド室

まずはここだ。開けた瞬間、冷気と共に肉の輝きが目に飛び込む。


牛肩ロース(ステーキ用・300g):

 霜降りとまではいかないが、適度な赤身。これが毎日「焼く前」に戻る。つまり、一生、毎日ステーキが食える。味付けを失敗しても、0時を過ぎればなかったことにできる。トライアンドエラーし放題の無限肉祭りだ。


牛肉(焼肉用カルビ・ロースセット & 牛丼用バラ肉):

 「……勝った。これだけで一週間、いや一生勝てるぞ」

 豪華な焼肉セットに加え、煮込めば最高に美味いバラ肉まである。


豚バラ肉(大容量パック & ブロック肉):

 野菜炒めはもちろん、ブロック肉があるのはデカい。贅沢に厚切りにして角煮にするか、あるいはチャーシューか。脂身の甘みを気にせず摂取できる。なぜなら、俺のコレステロール値も0時にリセットされるからだ(希望)。


鶏もも肉(2枚入り):

 胸肉やささみは買ってないが……まあいい。もも肉こそが王道だろう

 唐揚げ、照り焼き、親子丼。ジューシーな脂こそが正義だ。


ソーセージ(大好物のパリッとジューシーなやつ):

 俺が一番好きな、あの噛んだ瞬間に肉汁が弾ける高級銘柄だ。これが毎日、袋いっぱいに補充される。朝から三本、夜には五本。贅沢の極みだ。


 ……肉に関しては、一国の王より豪華な食生活だな。ただ……

 チルド室の隅、空っぽのスペースを見て、俺は少しだけ後悔の念に駆られた。

 あー……魚、転移前日に全部焼いて食っちゃったんだよな。ホッケの開き、残しておけばよかった。たまには焼き魚で一杯、なんてのも風流だったんだが


2. 野菜室

 続いて最下段を引き出す。ここは「鮮度」という概念が死滅した、奇跡の菜園だ。


パック入り刻みネギ(大サイズ):

 これだ、これだよ! よくやった、あの日の俺!

 スーパーの惣菜コーナーの横にある、あの大容量の刻みネギ。これがあるだけで納豆もTKGも、肉料理の彩りも完成する。刻む手間すらリセットされる、究極の怠惰アイテムだ。


長ネギ(2本):

 青い部分までピンと張っている。納豆の薬味に、肉料理の彩りに。刻んでも刻んでも、翌朝には泥付きのまま真っ直ぐな姿で復活している。実質、無限ネギだ。


キャベツ(半玉)&白菜(半玉):

 一番使い勝手のいい「半分」という絶妙なサイズ。千切りにして揚げ物の横に添えても、鍋にして煮込んでも、0時を過ぎれば再びラップに包まれた切り立ての姿で鎮座している。


しいたけ(2パック):

 これがデカい。肉厚なやつがギッシリ詰まっている。バター醤油で焼いてステーキの付け合わせにするもよし、味噌汁の具にするもよし。


玉ねぎ(3個)&じゃがいも(中5個):

 日持ちする根菜類すら、ここでは「芽が出る」という概念を失った。カレー、肉じゃが、ポテトサラダ。どんな重量級メニューも、この在庫があれば思いのままだ。


にんにく(3個)&生姜(1つ):

 香辛料の王。自炊派引きこもりにとって、これらが常にフル状態で待機しているのは心強すぎる。肉を焼く前に一切れ刻むだけで、パジャマ姿の俺の食卓が高級レストラン(の気分)に変わる。


3. 飲料と調味料、その他

ビール(6缶パック):

 普段は晩酌なんてしない。だが、あの日は「たまには飲むか」という気まぐれでカゴに入れていた。これが減らない。何度飲んでも、翌日には「パキッ」という新品のプルタブの感触が指を喜ばせる。無限湧きの泉かよ。


コーラ(1.5Lサイズ×2):

 1本は未開封の満タン。そしてもう1本は、半分ほど飲んだ「飲みかけ」だ。

 この、ちょっと気の抜けたコーラ。これがまた美味いんだ。

 炭酸の角が取れた、甘ったるい液体を喉に流し込む。これが俺の「平常心」を保つ聖水だ。半分飲んでも、0時になればまたこの「ちょうどいい気の抜け具合」まで戻る。


マーガリン & バター:

 買い出しでは忘れていたが、冷蔵庫には普通に使う分には十分な量が残っていた。トーストもソテーもバッチリだ。


卵(10個入りパック):

 毎朝のTKG(卵かけご飯)が約束された。


ちくわ(6本入り):

 すっかり忘れていたが、これも毎日リセットされる。

 そのまま食べても、炒めても、味噌汁に入れても万能な“怠惰の友”。


麺類:

 袋に入った茹でるだけでいい生麺。焼きそばとそばがそれぞれ2袋。小腹がすいたときもこれで安心だ。


お惣菜各種:

 夜に買い物に行ったおかげで値引きされていた惣菜もまとめ買いしていた。

 唐揚げ、かき揚げ、天ぷら…あっ白身魚のフライがある。唯一の魚だ。割引シールが貼られたそれらが宝の山に見えてきた。

 

4. 冷凍庫

アイスクリーム:

 バニラアイス。高級なあのアイスも1つあった。よしよし。

 冷凍うどん、チャーハン、餃子など。少し前に食べきれなかったカレーを冷凍したものも発見した。

 

 俺の冷蔵庫、かなり優秀だな…これだけで勝利宣言してもいいのだが。

 冷蔵庫以外もチェックしておこう。


調味料関係(キッチンの上の棚):

 俺の数少ない几帳面さが功を奏した。醤油、味噌、塩、マヨネーズ……未開封のストックが棚にぎっしりだ。「使ったら次買う」というマイルールのおかげで、すべてが完封状態で鎮座している。


鰹節たっぷり

 これがある。出汁から引いて、凝った料理を作ることも可能だ。異世界で一人、究極の「丁寧な生活(引きこもり版)」が送れる。


続いて引き出しを開ける。ここは「俺のやる気」がゼロの時に世界を救う、インスタントの聖域だ。


カップラーメン・袋麺(各種):

 醤油、シーフード、カレー。さらには辛い系の袋麺まで。深夜の背徳感の象徴が、毎日「未開封」で補充される。スープを飲み干す罪悪感すら0時に消える。


ふりかけ・海苔・お茶漬けの素:

 脇役なんて呼べない。これらがあるだけで、白米のポテンシャルは無限に跳ね上がる。


米びつ(たっぷり残ったコメ):

 買い出しでは重いから買わなかったが、運良く米びつにはまだかなりの量が残っていた。これがリセット対象なのはデカい。一生、炊き立ての白米が食える。日本人引きこもりとして、これ以上の勝訴かちがあるだろうか。


 横の机のかごにはポテチだけでなくたっぷりのスナック菓子が。コンソメパンチの粉が指にこびりつく快感。これも毎日、最初の一枚からやり直せる。指を舐めても、0時にはまた清潔なパジャマに戻るんだ。

 食パンも1袋ある。菓子パンも何個か残ってる。おやつ関係の充実は「引きこもり」には欠かせないからな。

 うん、完全勝訴だ。控訴は受け付けない。


5. たまの物資:王者の食卓

 そして最後は、この家の真の支配者のための在庫だ。


キャットフード(カリカリ):

 餌入れの中は、あの日ちょうど補充した直後でほぼ満タン。たまがどれだけがっついても、翌朝には「さらさら」と山盛りの状態に戻っている。


おやつ(ちゅ~る等):

 これまでは「ご褒美」としてケチケチ与えていたが、もうその必要はない。毎日がパーティーだ。たまの機嫌が良ければ、俺の引きこもり生活の平和も守られる。


 完璧だ……。一歩も外に出ず、最高の食材を無限に浪費する。これこそが、全人類が到達すべき終着駅じゃないか。


 棚卸しを終え、俺は深くソファに沈み込んだ。

 この2LDKにある全てのものが「消耗品」から「永続品」へと昇華した。

 窓の外では伝説の魔族だの、騎士だのが騒いでいるようだが、俺の知ったことか。俺はこの「停滞の聖域」という名のセーブデータに引きこもり、永遠にこの一日をしゃぶり尽くしてやる。


「たま、今日はおやつ多めにしてやるぞ。お前もこの『聖域』の恩恵を存分に味わえ」

「ナァ(……魚がないのは残念だけど、肉とおやつが無限なら、まあ許してあげるわ)」


 俺の膝の上で丸まる黒猫は、あの日負った致命傷など嘘のような、艶やかな毛並みを誇らしげに揺らしていた。

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