表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒猫勇者と怠惰の宰相 〜引きこもりの俺、安眠のためにリモートワークで異世界を改革する〜   作者: 香箱
第1章:怠惰の聖域

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/38

第15話:黒猫は深夜、検索エンジンを回す

 深夜、リビングに静寂が満ちる。

 午前二時。聖域リビングの主が、だらしない寝息を立てて寝室へ消えてから一時間が経った。

 私はソファの上で丸めていた体を解き、床に着地する。着地と同時に漆黒の毛並みは同じ色のドレスへと形を変えた。闇を纏う勇者の器――ターメインの姿だ。


 「……ゼクト、ね。適当なことを言ったわね、あのアホ」


 私は書斎のゼクトの椅子に腰を下ろし、キーボードを叩いた。彼から盗み見た「検索」の術式だ。

 『ゼークト 組織論』。画面に映る文字列を、私は瞳に刻み込んでいく。


 そこには、かつての異世界の軍人が提唱したという、残酷なまでに合理的な分類が記されていた。


 人間は四つのタイプに分けられる。

 一、有能な働き者。これは参謀に向く。

 二、有能な怠け者。これは前線指揮官、あるいは総司令官に向く。

 三、無能な怠け者。これは連絡員や、単なる兵士として機能する。

 四、無能な働き者。これは組織を破滅させるため、即座に銃殺すべきである。


 「……有能な怠け者は、司令官にせよ……か。あいつは自分のニート生活を正当化するために、この知識を持ち出したわけね」


 自らを「二」の司令官タイプだと主張し、バルトスたちを「四」の破滅因子だと断じることで、休息という名の業務改善を命令した。あいつらしい、実に身勝手で合理的な屁理屈だ。


 だが、その「嘘」はもう、ただの嘘では済まない。私がこの世界で「真実」に書き換えてしまえばいいだけの話だ。

 私は窓から音もなく庭へ出た。今夜も、あいつが浪費するポイントを稼がなければならない。


(掃除の時間よ)


 門の外、森の闇から巨大な魔狼ワーウルフの群れが姿を現した。私は指先を軽く振う。

 まだ本来の力の百分の一も出せないが、それでも十分。闇の刃が空間を断ち切り、魔狼たちは声もなく塵へと変わった。


 (魔力の出力制限、0.1%解除。……少しだけ、術式の精度が上がったわね)


 胸の奥で「実績」が積み上がる音を聞いていると、森の中に潜む気配に気づいた。

 ……バルトスとエリシュアだ。森の調査のでもしていたのだろうか。


 「ひっ……!? あ、あれは……ターメイン様!?」


 エリシュアの悲鳴に近い囁き。私はあえて、二人の方へとゆっくり歩み寄った。

 月の光に照らされた私の姿を見て、二人はその場に崩れるように膝をつく。


 「……まだ居たの。しつこい男は嫌われるわよ、バルトス」


 「も、申し訳ございません!主様の……ゼクト様の深遠なる教えを反芻していたところ、あまりの神々しさに足が動かず……」


 バルトスの声が震えている。彼は私の背後、今しがた魔狼が塵になった光景を見て、さらに顔を青ざめさせた。


 「……あのアホ、いえ、ゼクト様が言ったことを忘れないことね。彼は『静寂』を望んでいる。あんたたちが無駄に騒げば、私がその首を狩るわよ」


 「は、はいっ! ゼクト様の掲げる『抑止力』、そしてこの完璧な魔力感知の結界……。我らフェルゼン騎士団、命に代えても体現してみせます!」


 エリシュアも涙を浮かべて頷く。

 私が指先一つで彼女の「繊細すぎる感知魔法」を上書きし、ゼクトの言う「フィルタリング」を物理的に組み込んだことに、彼女はすでに気づいているようだ。


 「ゼクト様は、我々に『休日』という名の慈愛を……そしてターメイン様は、我々の至らぬ守護を物理的に補完してくださった……。お二人は、この地の真の支配者……」


 「……勝手にしなさい。ただし、あいつを城へ連れて行こうなんて二度と考えないこと。あいつの安眠を妨げる者は、この私が許さない」


 私はわざと、彼らが感知できる限界の魔圧を解放した。バルトスの鎧がガチガチと鳴り、エリシュアは呼吸を忘れたように私を見上げている。


 「……さっさと帰りなさい。」


 私は冷たく微笑むと、家へと戻った。

 リビングに戻り、PCの履歴を綺麗に消去する。あいつが明日「身に覚えのない履歴」で首を傾げないよう、キャッシュを消すのも忘れない。


 寝室から、あのアホな主の寝言が聞こえてきた。

 「……むにゃ……コーラ、箱買い……ポイントが……」


 「……ナァ(ほんと、私がいなきゃ、一日で詰んでるわよ、貴方)」


 私は猫の姿に戻ると、布団の上に飛び乗り、一番重い場所――彼の腹の上で丸くなった。

 これが、この聖域を守る唯一の「働き者」である私に許された、ささやかな報酬だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ