第14話:有能な怠け者と、無能な働き者
「……で、そもそもなんでそんなに必死なの? 魔族なんて、そんなにしょっちゅう来るわけ?」
コーラを喉に流し込みながら、俺は素朴な疑問を口にした。
図面を食い入るように見つめていたバルトスの手が、ぴたりと止まった。
「……主様は、ご存知ないのですか。三年前の『灰色の冬』を」
バルトスの声が、急に温度を失った。隣に座るエリシュアも、痛ましいものを見るように視線を伏せる。
彼らが語ったのは、フェルゼンを襲った大侵攻の記憶だった。森から溢れ出した魔族の軍勢。焼かれた村々。必死の防衛戦で、バルトスの同期の騎士も、エリシュアの師であった魔導士も、その多くが帰らぬ人となったという。
「二度と、あのような悲劇を繰り返してはならない。そのためには、我ら自身が常に研ぎ澄まされた刃でなければならないのです」
拳を握りしめ、絞り出すように言うバルトス。
……なるほど。気合が入っているんじゃなくて、トラウマに縛られてるのか。
「うーん。事情は分かったけどさ……。悪いけど、それ逆効果だよ」
「逆、効果……?」
「そう。その三年前の戦いで、魔族側だって相当な被害が出たんだろ? だったら、相手もフェルゼンを『ヤバい場所』だと思ってるはずだ。今来てるのは、様子を窺ってるだけの偵察だろうね」
俺はポテチを一枚放り込み、指先で森の方角を指した。
「そんな中、あんたたちみたいな重装備の連中が、殺気立って森を不眠不休でうろついてみろよ。魔族側はどう思う? 『うわ、フェルゼンが攻めてくる準備をしてる! やられる前にやらなきゃ!』ってパニックになって、逆に先制攻撃を誘発するぞ」
エリシュアが目を見開く。
「抑止力ってのはさ、静かにどっしり構えてるから効くんだよ。バタバタ動くのは、自分の不安を露呈してるのと同じ。……あんたたちの今の働き方は、平和を守るどころか、戦争を呼び寄せてるんだよ」
リビングに沈黙が流れた。
俺の適当な分析(ネットの軍事スレで見た知識の受け売り)が、彼らの心に深く突き刺さったらしい。
(……まあ、実際は俺の家の周りでガチャガチャ騒がれるのが嫌なだけなんだけどな)
俺は心の中で毒づきながら、かつて会社員時代に上司から聞かされた、ある有名な組織論を思い出した。
そういえば……昔の軍人が言ってたっけな。組織には四種類の人間がいるって。今のこいつらは、典型的な『無能な働き者』になりかけてる。
トラウマのせいで思考停止し、無駄な努力で自分たちを追い詰め、組織を破滅に導く存在。
逆に、俺のような「引きこもって動きたくない男」は、どう分類されるべきか。
(俺は『有能な怠け者』でありたいね。最小限の労力で、最大限の安眠を確保する。それこそが、リーダーに最もふさわしい資質だって、言ってたはずだ)
「……主様」
エリシュアが、震えるような敬愛の眼差しで俺を見ていた。
「そこまで深く、世界の均衡を……。失礼ながら、主様は以前、どちらかの国で軍略を……? さぞ、歴史に名を残すような御方なのでしょう」
「いや、ただの元会社員だけど。……あー、名前、まだ教えてなかったっけ?」
俺は少し考え、いたずら心が湧いた。
どうせ適当な偽名だ。それっぽくて、こいつらが納得しそうな響きがいい。
「俺は――ゼクト。ハン……いや、ただの『ゼクト』だ」
ゼークトの組織論から拝借したその名は、妙に重々しく響いた。
「ゼクト様……。真の叡智とは、動かずして全てを制することなのですね」
バルトスが椅子から滑り落ちるようにして、床に膝をついた。
「この『ゼクト式防衛術』、必ずや領主閣下へ。そして我らも、貴方様が望む『静寂なる抑止力』となれるよう、まずは……休みます!」
「そうそう、まずは寝よう。話はそれからだ」
そして足取りはフラフラのまま、しかし意気揚々と帰っていく二人を見送り、俺は深くソファに沈み込んだ。
「ふぅ……。これでしばらくは来ないだろ。名前も適当に決まったし、一件落着だな」
「ナァ(……よく言うわ。自分を『有能な怠け者』に分類したわね?)」
たまがジト目で俺を見上げている。
「なんだよ、たま。俺が平和のために一肌脱いだのは事実だろ?」
「ナァ(ただの自己正当化よ。……でも、ゼクトっていうのは悪くない響きね)」
たまはふいっと顔を背け、自分の前足を舐め始めた。




