第13話:ブラック騎士団と、賢者のデバッグ
――ピンポーン。
リビングに響く電子音。俺はポテチの袋を置くと、手元のリモコンで門扉の映像を確認した。
そこには、今にも地面に膝をつきそうなほど肩を落としたバルトスとエリシュアの姿があった。
「あー、また来たの? いいよ、適当に入って。鍵開いてるから」
インターホン越しに投げやりな声を出す。
門扉が「ガガ」と音を立てて開く。二人は驚愕したように顔を見合わせた後、恐る恐る敷地内へと足を踏み入れてきた。
「失礼……いたします。主様」
リビングに入ってきた二人は、前回同様、ソファの端っこに申し訳なさそうに腰を下ろした。俺はパジャマ姿のまま、冷蔵庫から出した冷え冷えのコーラを二人の前に置く。
「まあ、飲みなよ。で、今日は何?」
バルトスはコーラの泡にビビりながらも、意を決したように背筋を伸ばした。
「主様。本日は領主グスタフ閣下からの……公式な伝令に参りました。閣下は、主様をフェルゼン城へと招待し、直々にお礼を述べたいと仰っております」
「……あ、無理。行かないよ」
俺は即答した。バルトスが「えっ」と声を漏らす。
「いや、だって外に出るの面倒だし。日焼けするし。第一、俺はここで動画……じゃなかった、世界の動向を監視してなきゃいけないからさ(嘘)」
「し、しかし閣下は是非にと! 主様のような高潔な存在を、このまま森の中に放置しておくわけにはいかないと……!」
「放置してていいって。俺、放置されるの大好きだから」
粘るバルトス。だが、ふと彼の顔を見て俺は眉をひそめた。
バルトスは目の下にひどいクマを作り、エリシュアに至っては魔杖を杖代わりにしないと座っていられないほど手が震えている。
「……ねぇ。話の途中だけどさ、あんたたち大丈夫? なんか、前よりボロボロじゃない?」
「な、何をおっしゃいますか。我ら騎士団、領主様の命とあらば……」
「いや、そういう根性論じゃなくてさ。領主と俺の板挟みで、パワハラでも受けてんの?」
俺が呆れて聞くと、エリシュアが消え入りそうな声で白状した。
「いえ、そういうわけではなく……実は、この森の魔力が活性化したことから魔族領との境界警戒が厳重になりまして……。私たち魔道士隊は広域魔力感知を二十四時間体制で維持し、騎士団は重装鎧のまま森を不眠不休で巡回しているのです。万が一にも、このフェルゼンを脅かす者が現れぬよう……」
「はぁ!? 不眠不休?」
俺は思わずコーラを吹き出しそうになった。
聞けば、エリシュアは森の中の「小動物の動き」まで全て感知しようとして脳を焼き、騎士団は広大な森を「しらみつぶし」に歩き回っているらしい。
「それ、ただのブラック企業じゃん。効率悪すぎ。そんな生活してたら、魔族が来る前に過労で全滅するぞ」
そう言った瞬間、胸の奥に嫌な記憶がよみがえった。
――深夜のオフィス。
――蛍光灯の白い光。
――上司のシルエットだけが妙に濃い。
『気合が足りない』『寝るのは甘え』『お前の代わりはいくらでもいる』
(……ああ、いたな。こういうやつ。自分が体力任せに働いて、部下にも根性論で同じことを押し付けるタイプ)
(あの時、俺は逃げた。逃げて正解だったな。あのまま続けてたら、俺の脳もエリシュアみたいにショートしてた。)
「し、しかし、防衛に妥協は許されません!」
「妥協じゃなくて『最適化』しろって言ってるんだよ」
俺はテーブルの上に、適当な紙とペンを広げた。
「いい?まずエリシュアさん。全部感知しようとするから疲れるんだ。特定の魔力数値……そうだな、人間サイズ以上の反応以外はスルーするように設定……じゃなくて、『念じろ』。通知オフだ。それだけで脳の負荷は9割減るだろ?」
「数値を……絞る?そんな、精度の低い感知など……」
「精度を上げるのは、異常があった時だけでいいんだよ。次にバルトスさん。騎士を全員外に出しっぱなしにするのはやめろ。疲れた兵士なんて、いざって時にカカシ以下の役立たずだぞ」
俺は紙に図を描き殴った。
「まず『シフト制』を導入しろ。三チームに分けて、八時間ずつ交代。ちゃんと寝る時間と休日を確保する。それから、森を歩き回るんじゃなくて、要所に『詰め所』をバランスよく配置しろ。そこを拠点にして、センサー……じゃなかった、感知の杭でも打っておいて、反応があった時だけ出動する。これ、『オンデマンド防衛』な」
「シフト……オンデマンド……?」
バルトスとエリシュアが、俺の書いた落書きのような図面を、まるで神の啓示か何かを見るような目で凝視している。
「これなら今の半分の人数で、今以上の防衛力が維持できるはずだ。浮いた時間で寝ろ。あと、美味しいもんでも食え」
「主様……。我々の拙い忠義を、そこまで深く案じてくださるとは……!」
「いや、あんたたちが倒れて、また別の人間が俺の家に来るのが嫌なだけだから。……分かったら、その案を領主様に持っていってよ。『忙しいから城には行けないけど、代わりに最強の防衛プランを授けてやった』って言えば、角も立たないだろ?」
(これで領主邸への招待もうやむやにできる。完璧な計画だ。今回も楽勝だな)
「……驚きました。主様は、魔術だけでなく軍事運営の真理までも、こうも容易く……」
(魔術ってなんだよ。軍事経営なんか知らないよ。ただの業務シフト作成だ。)
エリシュアが震える手で図面を抱きしめる。
バルトスは涙を浮かべ、深く、深く頭を下げた。
「承知いたしました! この『神のシフト制』、必ずや閣下に報告し、フェルゼンを揺るぎなき要塞へと変えてみせましょう!」
「いや、神とか大袈裟だって。あ、コーラのおかわりいる?」
「……ナァ(よく言うわ。自分はルミナをこき使って、一歩も動かないくせに)」
足元でたまが、俺を見上げていた。




