第12話:それぞれの(間違った)感情
領主邸・執務室
重厚な扉が閉まり、バルトスとエリシュアは執務室の中央で膝をついた。
領主グスタフ・フォン・フェルゼンは机越しに二人を見据え、指先で書類を軽く叩いている。
「……で、どうだった?」
低く重い声。
バルトスが姿勢を正し、報告を始めた。
「館の主と思われる人物と対面いたしました。外見はごく普通の青年で、敵意は感じられませんでした」
「魔力の流れも安定しており、領地に害を及ぼす兆候はありませんでした」
エリシュアの言葉に、グスタフは眉をひそめた。
「“兆候はない”か……それはお前たちが見た範囲の話だろう」
二人は言葉を失う。
グスタフは椅子にもたれ、深く息を吐いた。
「館そのものが未確認の魔術構造だ。周囲の魔力を変質させ、森の生態すら変える。あれは“存在しているだけで領地の魔力地図を書き換える”……そんなもの、普通は災害指定だぞ」
その声には、単なる警戒ではなく、領地そのものが別物に変わってしまうかもしれないという恐れが滲んでいた。
「そんな場所に“普通の青年”が住んでいる? 信じろというほうが無理だ」
机を指で叩く音が、静かな部屋に響く。
「それで? 館の主は何者だと言っていた?」
「“何者でもない”と……」
「詳しい説明はできない、とも」
エリシュアが続けると、グスタフは鼻で笑った。
「できない? それとも“言わない”のか?」
バルトスが口を開く。
「領主様。主様は害意がないと明言されております。無礼を働かぬよう慎重に――」
「慎重に、だと?」
グスタフの声が低く響き、二人は背筋を正した。
「お前たちは“確認”に行ったのだ。探るために。それなのに、相手の言葉をそのまま信じて帰ってきたのか?」
バルトスは言葉を詰まらせる。
グスタフは立ち上がり、窓の外――館がある森の方角を見つめた。
「……あの館は、領地の魔力の流れそのものを変える。もし主が制御を失えば、森どころか街まで巻き込まれる。そんな存在が“何者でもない”など、あり得ん」
そして、静かに、しかし決定的な口調で言った。
「その男をここへ連れてまいれ!」
バルトスとエリシュアが同時に顔を上げる。
グスタフは振り返り、二人を鋭く見据えた。
「お前たちでは見抜けぬこともある。あの館の主が恩恵か災厄か、私自身の目で確かめる必要がある」
エリシュアが震える声で問う。
「では……いつ…?」
グスタフは迷いなく答えた。
「明日だ」
カズヤ邸・リビング
バルトスとエリシュアが帰ったあと、リビングは一気に静かになった。
さっきまでの緊張感が嘘みたいだ。
(……ふぅ。なんかすごいこと言われたけどさ)
俺はソファにどさっと座り込み、天井を見上げた。
(害意なしって伝えたし、俺は何者でもないって言ったし……まぁ、あれで十分だろ)
詳しい説明はできない、とも言った。
(ていうか……説明したら絶対信じないし、そもそも“この館が勝手にできた理由”なんて俺自身よく分かってないしな。言ったところで混乱させるだけだ)
たまがソファの背もたれからひょいと降りてきて、俺の肩に前足を乗せる。
「ナァ(ほんとにそれで済むと思ってるの?)」
俺は思わずニヤけた。
(家はそのままでいい、税金もいらない、住んでるだけで“恩恵”扱い……)
指を折りながら確認する。
(固定資産税ゼロ、住民税ゼロ、土地代ゼロ、しかも“住んでくれてありがとう”って……)
気づけば笑いがこみ上げてきた。
(これ……やっぱり勝ち確だよね?)
異世界生活ってもっと大変なイメージだったけど、なんか思ってたのと違う。
(追い出されるどころか、むしろ歓迎ムードだし……)
たまが尻尾を揺らす。
「ミャ(調子に乗ると痛い目見るわよ)」
俺はソファに寝転がり、腕を枕にして天井を見つめた。
(領主に報告済みってのはちょっと怖いけど……“害意がないか確認しろ”って、もう確認したしな)
そしてもう一つの指示。
(“館の主が何者か探れ”ってやつも……俺が何者でもないって言ったし、あれで終わりだろ)
自分で言ってて、ちょっと楽観的すぎる気もしたが、今は気にしない。
(よし……とりあえず、今日のところは勝ち。完全勝利)
たまが俺の腹の上に乗って丸くなる。
「フニャ(はぁ……この人ほんと楽観的)」
俺は目を閉じた。
(明日からどうするか……まぁ、なんとかなるだろ)




