第11話:誤解が加速するリビング会談
バルトスとエリシュアは、ソファの端にきちんと腰掛けていた。
背筋は伸び、膝の上に手を揃え、緊張が全身から伝わってくる。
(そんなにかしこまられると、こっちが落ち着かないんだけど……)
まずバルトスが、自分の歩んできた道を語ってくれた。
バルトスは若い頃から剣の才能を見込まれ、領主家の近衛候補として育てられたらしい。
魔物討伐、盗賊鎮圧、辺境の防衛……危険な任務をいくつもこなし、二十代半ばで副団長、三十前には団長へ昇進したという。
(完全にエリートコースじゃん……)
さらに、騎士団長という役職は俺が思っていたよりずっと重いものだった。
領地の治安維持、軍事指揮、外交の窓口、未知の存在との接触――
全部ひっくるめて責任を負う立場らしい。
(そんな人が、なんで俺の家のソファに緊張して座ってるんだ……?)
続いて、エリシュアが自己紹介をした。
エリシュアは領主家の分家筋で、幼い頃から魔力の扱いに長けていたらしい。
魔導学院では魔力理論と結界術を専攻し、首席で卒業。
その後は領主家直属の魔導士として任命され、魔力異常の監視や結界の維持といった、領地の“魔術的安全”を守る仕事をしている。
(こっちもとんでもないエリートじゃん……)
そんな二人が、俺を“主様”と呼んで向かい合っている。
エリシュアが静かに口を開く。
「主様の館の周囲には、自然界では説明できない魔力の流れがあります。建物そのものも、まるで外界を拒むような構造……。だからこそ、主様が何者なのか、知りたいのです」
(いや、俺が知りたいよ……なんでそんな風に見えるのか)
たまが膝の上で尻尾を揺らす。
「ナァ(ほら、次はあんたの番よ)」
俺は姿勢を正し、二人の視線を受け止めた。
「……その前に、確認したいんだけど」
二人は同時に身を乗り出す。
「はい、主様」
「何なりとお聞きください、主様」
たまが膝の上で尻尾を揺らす。
「ナァ(ほら、聞きたいことあるんでしょ)」
俺は軽く咳払いして、前から気になっていたことを口にした。
「まずさ……ここに家があるのって、問題ないのか?」
バルトスが真剣な顔で頷く。
「主様の館が建つこの地は、もともと未開の森であり、領主家としても“立ち入りを禁じていた区域”でございます。ゆえに、住居が存在すること自体が前例のない事態ではありますが……」
エリシュアが続ける。
「ですが、この館に関して、我々としてはむしろ“保護すべき存在”と判断いたしました」
(いや、保護とかいらないんだけど……)
俺はさらに踏み込んだ。
「じゃあ……その、住民税みたいなものは必要なのか?」
バルトスとエリシュアが同時に首を傾げた。
「しゅ、しゅう……みんぜい……?」
「主様、それは……何かの税の一種でしょうか?」
(あ、やっぱりこの世界には“住民税”って概念ないのか)
俺は言い換える。
「その……この土地に住むために払わなきゃいけないお金とか、あるのか?」
「主様に対価を求めるなど、あり得ません」
「むしろ、主様がここに住んでくださること自体が領地の安定につながります」
(……え?)
思わず二度見した。
(家はそのままでいい? 税金もいらない?)
頭の中で、現代日本の記憶がよみがえる。
(固定資産税ゼロ? 住民税ゼロ? なんなら“住んでくれてありがとう”って言われてる?)
気づけば、心の中でガッツポーズしていた。
(……勝ち確じゃない?)
いや、もちろん状況はよくわかってない。
でも、少なくとも“追い出される”とか“金を払え”とか、そういう話ではないらしい。
(異世界生活、意外とイージーモードなのでは……?)
そんな俺の内心を知ってか知らずか、バルトスはさらに真剣な顔で続けた。
「主様がこの地に住まわれることは、このフェルゼンにとっても大きな恩恵です。魔力の流れが安定し、周囲の魔物の活動も沈静化しております」
エリシュアも頷く。
「主様の存在は、まるで“結界そのもの”のように働いています。税など……むしろこちらが謝礼を差し上げるべきです」
(いやいやいや……俺、何もしてないんだけど!?)
たまが膝の上で尻尾を揺らす。
「ナァ(ほら、もっと聞きたいことあるでしょ)」
俺は気を取り直して、次の疑問を口にした。
「じゃあ……俺がここに住んでることって、その…領主さん…は?」
俺の問いに、バルトスとエリシュアは同時に背筋を伸ばした。
空気がピリッと引き締まる。
バルトスが口を開く。
「主様。正直に申し上げますと……すでに領主様には報告済みでございます」
(はぁ……まぁそりゃそうか。こんな得体のしれない家見つけたんだからな)
エリシュアが静かに続ける。
「主様の館の出現、そして周囲の魔力の変化……これらは領地にとって重大な事象です。報告しないという選択肢はありませんでした」
(いや、そんな大事にしなくていいのに……!)
バルトスは深く頷き、真剣な声で言った。
「領主様からは、二つのご指示を賜っております」
バルトスは指を二本立て、ひとつずつ告げた。
「一つ、館の主が何者かを探ること」
「二つ、フェルゼンに害意がないか確認すること」
エリシュアが補足するように言う。
「主様の館は、魔力の流れを大きく変えています。良い方向ではありますが……未知の存在である以上、領主様としては慎重にならざるを得ません」
(……まぁ、言われてみればそうかもしれないけどさ)
バルトスは胸に手を当て、厳粛な声で続けた。
「しかし、領主様は主様を“脅威”とは見ておりません。むしろ、恩恵の可能性が高いと判断しておられます」
エリシュアも頷く。
「ですので、主様に対して無礼を働かぬよう、そして主様の意向を最優先するよう、強く命じられております」
(……なんか、すごい扱いになってきたな)
たまが膝の上で尻尾をぴんと立てる。
「ナァ(ほら、どうするの? この流れ)」
俺は頭を抱えながら、次の言葉を探した。




