第10話:賢者、門前で敗北する
朝から外が騒がしい。
いや、正確には――門の前で誰かが絶叫している。
「館の主よ! 我々はフェルゼンの者である! 昨日の非礼を詫び、改めて挨拶に参った!」
(……うるさいなぁ。朝から何なんだよ)
玄関モニターを見ると、昨日の騎士団の男とエルフの女が門の前に立っていた。
(まだ来るのかよ……仕方がない)
俺はため息をつき、インターフォンのスイッチを押した。
「……館の主は今、修行中である。立ち去るがよい……」
できるだけ低く、賢者っぽい声を出してみた。
(よし、完璧だ。これで帰るだろ)
しかし。
「おお……! 館の主よ! 我々の声が届いたのだな!」
(いや、届かなくていいんだけど!?)
男はさらに大声を張り上げた。
「どうか! どうか我々にお会いくださらぬか! 礼節をもって参った!」
女まで前に出てきた。
「館の主よ! 我々はただ、あなたの安寧を願って――」
(いや、俺の安寧は“静かにしてくれること”なんだけど!?)
俺はもう一度インターフォンを押した。
「……修行の邪魔である。立ち去るがよい……」
しかし男は引き下がらなかった。
「修行中であればこそ! 我々はそのお邪魔をせぬよう、短く済ませます! どうか一目だけでも!」
そのとき、足元で黒い影が動いた。
「ナォン(もう、諦めなさい)」
一声鳴いた後、たまは軽やかに跳び上がり――
門扉の開閉スイッチの上に着地した。
ピッ。
ガガガガ……!
門が開いた。
「ちょっ……!? たま!?」
外の二人は驚愕していた。
「こ、これは……入ってもよいということか……?」
(いや、違うんだけど!? たまが間違って押しただけなんだけど!?)
しかし俺の心の叫びなど届くはずもなく、二人は一瞬固まったあと――
「お、おおおおおおおおっ!!」
「門が……! 門が開いた……! 許された……! 我々は許されたのです!!」
男は両拳を握りしめ、空を仰いで震えている。
女は胸に手を当て、涙ぐんでいた。
「なんという慈悲……!」
「なんという寛大さ……!」
(いやいやいやいや、ただの猫のイタズラだから!!)
二人は完全に“神聖な儀式が成就した”みたいなテンションになっていた。
「バルトス様……! 我々は選ばれたのですね……!」
「うむ……! これほどの栄誉があろうか……!」
(どうすんだよ、あんなに喜んでる。いまさら『帰れ』とはもう言えないぞ……)
(これでも俺は空気を読んで生きるタイプだから……!)
もう観念するしかなかった。
俺は深く息を吐き、玄関の扉を開けた。
「……まぁ、入りなよ」
二人は同時に膝をつきそうな勢いで頭を下げた。
「感謝いたします!!」
「心より御礼申し上げます……!」
俺は二人をリビングに通した。
ソファの上では、たまがしれっと毛づくろいをしている。
(お前のせいだろ……)
バルトスが緊張した面持ちで口を開いた。
「館の主よ。改めて名乗らせていただく。我が名はバルトス。フェルゼン騎士団長である」
エルフの女も続く。
「私はエリシュア。フェルゼン所属の魔導士です」
俺は頭をかいた。
「えっと……俺は……なんというか……普通の人間だよ」
二人は顔を見合わせ、同時に首を振った。
「いいえ、普通の人間がこんな館に住めるはずがありません!」
エリシュアが指をさす。
「この建物……魔力の流れが完全に遮断されています。自然界ではあり得ません」
バルトスも周囲を見回す。
「家具の配置、空気の澄み方……そしてその灰色の法衣。縫い目一つ見えない……どれも“普通”ではない」
(いや、これはただのグレーのスウェット上下。上下で3000円のバーゲン品だよ)
エリシュアが真剣な顔で続ける。
「あなたは……何者なのですか?」
たまが尻尾を揺らしながら、俺の膝に飛び乗ってきた。
「ナァ(適当にごまかしなさいよ)」
(お前が原因なんだよ……)
俺は深くため息をついた。
「……とりあえず、話を聞かせてよ」
こうして、俺とフェルゼンの二人との“面談”が始まった。




