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黒猫勇者と怠惰の宰相 〜引きこもりの俺、安眠のためにリモートワークで異世界を改革する〜   作者: 香箱
第1章:怠惰の聖域

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第1話:その聖域、WiFi?につき立ち入り禁止

「……もうほんとに限界っ! 普通、異世界に来たらもっとこう、冒険したり、美味しいもの食べたり、人生を楽しもうって思わないのっ!? なんであなたは毎日毎日、同じような動画ばっかり観てるのよぉ!」


 我が家のリビングに、場違いなほど綺麗な絶叫が響き渡った。

 あまりの声量に、俺はソファに沈めた腰をビクつかせ、ポテチを掴んでいた手を止める。


 銀色の髪を揺らし、碧い瞳を潤ませながら喚き散らす女。

 ……誰だ、この美人。

 見た目は神秘的なのに、口から出るのはまるで納期に間に合わなかった社畜の悲鳴だ。


(はい出た。“感情論で押せば仕様変更が通る”と思ってるタイプのクライアント。こういう時は、冷徹な論理とメリット提示で黙らせるのが一番効く)


「半年よ!? 半年! 私がどれだけ主神様に詰められてると思ってるの!?

『君が召喚に失敗して家ごとくっついてきたバグ物件なんだから、君が責任持って勇者に仕立てなさい』って! 丸投げにもほどがあるのよあのクソ上司ぃぃ!!」


 俺の住み慣れたリビングだけが、真っ白な虚無空間にぽつんと浮いている。

 その畳の縁ギリギリに、絶世の美女――自称・神の代理人が立っていた。


(夢か? いや、夢にしては耳が痛すぎる。ていうか不法侵入だろこれ)


「なによその目は! 本来ならあなた、あの『事故』の瞬間に消滅しててもおかしくなかったのよ!? それを私が温情で半年も巨大樹の上で匿ってあげたのに! 一歩も外に出ないで、昨日と同じ動画を延々と観て……!おまけに、おまけに……!」


「シャーッ!!」


 俺の足元で、漆黒の毛並みを逆立てた『たま』が、女に向かって威嚇した。

 その瞳には、野良猫とは思えないほど冷徹な、捕食者の光が宿っている。


「ひっ……!? な、なによこの娘……! なんでそんな、神の私を食い殺しそうな目で見てくるのよぉ……!」


 女神(仮)が情けなくのけぞる。

 たまが威嚇しているのは、俺の安眠を妨げるこの女が不快だからだろう。いいぞ、もっとやれ。


 まあいい。こいつ、上司からの評価を何より恐れてるタイプだ。

(つまり“交渉材料の塊”ってことだな。ありがたい)


 俺はポテチの指をパジャマで拭い、賢者のような表情を作って立ち上がった。


「えーと、お名前も存じ上げない女神様(仮)。落ち着いてください」


「ちょ、ちょっと! 名前あるから!  ルミナ! 私はルミナよ! 天界第二管理課のルミナ! ちゃんと覚えて!」


「了解です、ルミナ(仮)さん」


「仮つけるなぁぁぁ!!」


(うん、扱いやすい。これはチョロい)


「貴女の言う『冒険』だの『謳歌』だの、それはあまりに前時代的でコストパフォーマンスが悪すぎます。一人の人間が剣を持って走り回るなんて、今の時代、非効率の極みですよ」


「非効率……? 神に向かって何を……」


「今、この世界に必要なのは剣の得意な一人の屈強な勇者じゃない。必要なのは情報の集約と、システムの最適化です。俺が外に出ないのは怠けてるからじゃない。異世界の物理法則と、俺の持っている知識の互換性を検証していたんです」


「えっ……? 検証……?」


(適当な専門用語を混ぜれば、こういうタイプは勝手に納得する。WEB系フリーランスとして数多の無理難題を煙に巻いてきた俺のハッタリを舐めるなよ)


 「例えば、この動画。うさぎが餅をついている。これは一見娯楽ですが、異世界の重力加速度と粘性抵抗を計算するためのシミュレーターとして観測していたんです。……まあ、ネットが繋がってないから半年分のアセットをループさせてるだけですけど。このままじゃ世界を救うための『最適解』が検索できません」


「さ、さいてきかい……?」


「そうです。ネットさえ繋がれば、俺は元の世界の数千年分の知見にアクセスできる。農業、医療、経済、インフラ整備。情報のアップデートができない異世界なんて、OS更新が止まった古いPCと同じ。いずれ魔王という名のウイルスに負けるのは必然です。つまり、今のこの世界は――パッチを当てる価値なし、ですよ」


「そ、それは困る……! 私のボーナ……じゃなくて、世界の命運が……!」


「俺がGoogle先生……いや、全知のデータベースから情報を抽出すれば、この世界は劇的に安定します。その安定は、そのまま貴女の『評価』になる。……まあ、そのためには俺の精神的安定、つまり“娯楽とインフラの確保”が不可欠なんですけどね。俺がストレスで死んだら、その瞬間にこの世界のアップデート権限は永遠に失われます。……主神様への報告、どうします?」


「……っ! 絶対に阻止しなきゃ……!これ以上評価が下がったら、私のボーナ……神格が……!」


 ルミナは半べそをかきながら、空中に光る魔法陣を描き始めた。

  必死すぎて、もはや神というより納期に追われるプログラマーだ。


  たまは金色の瞳を細め、“よくやったわ” とでも言いたげに俺を見上げている。


(よし、たまも満足そうだし、これで光回線は確定だな)


「ルミナさん、交渉成立ですね。あ、ついでにAmazonで買い物も――」


「うるさい! 勝手にしなさい!とにかく地上に降りて、何かそれっぽい手柄を立ててきなさいよぉぉ!」


 女神の叫びと共に視界が白く染まる。


 こうして俺は、異世界という名の戦場に、最強の武器(光回線)を持って降り立つことになった。



  ……さて。 話は半年前に遡る。

 俺の家の窓から、血まみれの黒猫が入り込んできた、あの日からだ。

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