開眼(Awakening)
西園寺 鏡夜帝都大学病院・医療安全管理室長。金と美食を愛する毒舌家。医師免許を持つがメスは握らない。かつて、非人道的な人体実験を行う闇の医療組織「アスクレピオスの蛇」によって拉致され、実験体として眼球を改造された過去を持つ。その両目(通称:アナライズ・アイ)は、人間の微細な表情筋の動き、瞳孔の散大、体温変化、血流などを視覚情報として捉え、相手の「嘘」や「身体的異常」を瞬時に見抜くことができる。しかし、情報量が多すぎて脳に負荷がかかるため、普段は特注の遮光眼鏡で情報を制限している。彼がメスを握らないのは、手術中の患者の生体反応が視界を埋め尽くし、集中できないためでもある。
帝都大学病院の記念式典。次期教授候補のエリート・各務原准教授がスピーチ中。
会場の隅、関係者席の暗がりに、サングラスをかけた男(西園寺)が座っている。
西園寺の視点(主観映像)。
スピーチする各務原の姿が映るが、その視界には奇妙なエフェクトがかかっている。各務原の額の汗腺が開く様子、緊張で脈打つ頸動脈の動きが、サーモグラフィーのように強調されて見えている。
西園寺がつぶやく。
「……脈拍120。自信満々の顔の下で、心臓はサンバを踊っているな。小心者め」
直後、ネズミが配管のボルトを緩め、汚水が落下。驚いた各務原が転倒し、最前列の権田原会長(ハゲ頭)にダイブ。
会長の秘密であった精巧なカツラが宙を舞い、生中継カメラのレンズに「パサッ」と張り付く。
会場は阿鼻叫喚。会長は激怒。「この病院への寄付は打ち切りだ! あの医者をクビにしろ!」
騒然とする会場で、西園寺だけが冷静に、サングラスの奥で目を細める。
「おや。……面白い反応だ」
彼の視線は、激怒する会長……ではなく、その横で青ざめている会長の妻・静江に向けられていた。
豪華な地下室。西園寺がサングラスを外し、目薬をさしている。
その瞳は、一見すると美しい深い闇色だが、光の加減で人工的な幾何学模様の光彩が一瞬だけ浮かび上がる。
ボロボロの各務原が駆け込んでくる。「西園寺! 助けてくれ! クビになる!」
西園寺は冷たく言い放つ。
「着手金300万。成功報酬は年棒の2割。……安いもんだろう、君のプライドの値段よりは」
そこへ研修医・朝比奈舞が書類を届けに来て、西園寺のやり方に反発する。
「人の不幸につけこむなんて! 各務原先生も、誠意を持って謝れば…」
西園寺が朝比奈をじっと見る。
西園寺の視点。朝比奈の顔に、血管の走行や筋肉の緊張が浮かび上がる。
「……ふむ。良性だが、身体に腫瘍がある。一度検査しておけ」
朝比奈「えっ!? な、何言ってるんですか急に! セクハラですか!?」
西園寺「ただの『視診』だ。私の目には、君たちの身体が透けて見えるも同然でね。……嘘も、病気もな」
西園寺は再びサングラスをかけ、不敵に笑う。
「権田原会長はただ怒っているんじゃない。何かを『隠す』ために怒っている。私の目にはそう映った」
どこの腫瘍があるんですか? 教えて下さいよ。
いいよー君が代わりにでも今すぐ300万払ったらね。
朝比奈が単独で会長宅へ謝罪に行き、火に油を注いで失敗。病院長室で吊るし上げられる。
そこへ西園寺が登場し、「私が丸く収めましょう」と宣言。
後日、権田原会長主催のパーティー。
西園寺が会長の前に進み出る。
「帰れ!」と怒鳴る会長。
西園寺はサングラスを少しずらし、会長の目を直視する。
【西園寺の能力発動】
会長の顔。怒りの表情とは裏腹に、瞳孔が一瞬収縮し、視線が右上(嘘をつく時の反応)に泳ぐ。口元の筋肉が微かに痙攣している。
西園寺は確信する。
「会長。あなたは怒っているフリをしているだけだ。……本当は、各務原に感謝しているのでしょう?」
「な、何をバカな!」
西園寺は続ける。
「あの日、カツラが飛んだ瞬間、あなたの心拍数は跳ね上がった。だが、それは怒りではない。『安堵』だ。……あなたが本当に隠したかったのは、ハゲ頭ではない。その下に隠していた『ある痕跡』だ」
西園寺が合図すると、源さんがタブレットを持ってくる。画面には、カツラが飛んだ瞬間の高解像度スロー画像。
会長の頭皮に、奇妙な赤い発疹が写っている。
西園寺「これは、特定の性感染症特有の発疹ですね? ……最近、海外の若いモデルと随分親密だったようですが」
会長「ひっ……!」
西園寺は、奥にいる会長の妻・静江に視線を向ける。
「奥様は、あなたの浮気を疑っていた。だからあなたは、ハゲを隠すフリをして、必死に発疹を隠していた。……各務原がカツラを飛ばしてくれたおかげで、皮肉にも発疹への注目が逸れたわけだ」
会長はガタガタ震え出す。「た、頼む! 静江には言わないでくれ! 財産を全部持って行かれる!」
西園寺はニヤリと笑う。
「ご安心を。私は守秘義務を守る医師です。……ただし、治療の出来る医師への紹介費用は高くつきますよ?」
西園寺は、病院への寄付増額と各務原の処分撤回を要求。会長は即座に承諾する。
病院の屋上。各務原は助かったことに感謝し、去っていく。
朝比奈は、西園寺の能力に戦慄している。
「先生……あなたのその目、一体……」
西園寺は遠くの街並みを見つめる。
「……見えすぎるというのも、不便なものだよ。人間がただの肉と血管と神経の塊に見えてくる。嘘も、欲望も、病巣も、全てが津波のように押し寄せてくる」
彼は自嘲気味に笑う。
「だから私はメスを握らない。こんな視界じゃ、どこを切っていいか分からなくなるからな」
朝比奈は理解が追いつかないが、西園寺の抱える闇の深さを感じる。
「……私、ここで働きます。あなたがその目で何を見ているのか、知りたいから」
西園寺「やれやれ。好奇心は猫を殺すと言うが、研修医も殺すかもしれんぞ」
夜の管理室。
源さんが、西園寺に特殊な目薬をさしている。
源さん
「眼圧が上がっております。能力の使いすぎは、脳への負担になりますよ」
西園寺
「フン。……あの時の『改造手術』での心の痛みに比べれば、こんなものは蚊に刺された程度だ」
西園寺は、自分の目の奥にある「組織」の刻印(見えないが、ある設定)を感じるように瞼をさする。
西園寺
「奴ら……『アスクレピオスの蛇』の残党が、また動き出した匂いがする。この街にも、実験ネズミが紛れ込んでいるかもしれん」
源さん
「ご安心を。私が全て『掃除』いたします。……あなたを二度と、あんな場所には戻させません」
源さんの目が、普段の穏やかさとは違う、鋭い光を宿す。




