休みの日
1
窓から外を眺めてみると、
そこには青々とした空が広がっていた。
雲はゆっくりと流れている。
向かいの家のベランダには布団が干してある。
休日の昼下がり、やおら寝床から起き上がってみると、そんな風景が広がっていた。
清らかな風が、窓からそよそよふき込む。
名も知らぬ小鳥が、数羽歌っている。
時折、遠くで車の走り去る音が聞こえた。
なんたる平和だろう。
こんな穏やかな日があるのだろうか。
普段のうるささは消え去ったとみえる。
今あるのは、信じがたいほど、緩やかな時の流れだけである。
やがて寝ぼけた頭が晴れてくると、
次第に自分も平和の一部に取り込まれたような気がしてきた。
その時ようやく、今日が休日であると自覚したのだった。
郵便受けには、どこからか届いた新聞があった。
なんの気なしにそれを開くと、人が殺されていた。
戦争があり、紛争があり、そして痴漢があった。
だが、そんなものに興味はなかった。
ただ、今日という日の静けさが有難くて、
ちょっと笑みを浮かべて感謝するのである。
誰に? 今日に。
新聞はたたんで、部屋のすみに放った。
すると、寝起きにありがちな尿意を覚えた。
しかし、すぐにトイレには行かなかった。
ひとまず座って、何も考えずにほうけた。
いつもはトイレに行くのさえも何者かに追われる。
今日は休みだ。ならば、トイレにもゆっくりと。
しばらくして、トイレに立った。
誰にも、何にも構わずに、
用を済ますのは気持ちのいいものだ。
すっきりして、また元の場所に座った。
テレビはつけない。今日は休みだから。
また窓から外を覗いてみると、
子供たちのはしゃぎ回る声が聞こえた。
子供は休日にこそ休まないのかもしれない。
昔は、その元気のよさを持っていた。
今はなくしてしまった。
別にうらやましくはない。ただ懐かしさのみ・・・。
などと考えてみた。
ふと時計を見ると、もう起きてからしばらく経っていた。
日はすでに高い。空はいよいよ青くなってきた。
ちょっと、床に寝転がってみる。
その時に、はじめて天井が白かったことに気がついた。
2
気がつくと、眠ってしまっていた。
起きたばっかりで、すぐにまた寝るとは、と苦笑する。
眠りから覚めたのは、太陽の光が静かに動いて、
顔のあたりまで射し込んできたからだった。
喉が渇いた。
さっと立ち上がって、
冷蔵庫から、冷えたお茶を取り出した。
飲むといよいよ目が冴えた。
今度は腹が減ってきた。
なにか食べ物と思って探すが、めぼしいものはない。
しかたなしにカップラーメンを1個作った。
これもごちそう。3分待つのも楽しい。
お湯を注いで、時計の秒針を見守る。
出来上がったら、静かにふたを外す。
悪くない。腹が減ってるからなおよい。
誰に気がねする事もなく、ゆっくり味わうのだった。
ところが、食ってる途中に、妙に恐ろしくなってきた。
麺をすすれば、すするほど、心の落ち着きがなくなった。
麺を一本食えば、一本分、スープを一口飲めば、一口分、
恐るべき何者かが、近づいてくるような思いがした。
はじめは、その存在を気にもとめなかったが、
そのうち気がついて、目をそらした。
それが、ますます接近してきてようやく向き合う事になった。
実は、はじめからこの平和は、
端のほうからパラパラと崩れ始めていたのである。
昼はもう半ば傾いていた。
もはや鳥の歌も聞こえぬ。
今日は知らぬ間に折り返して、終わりに向かっていた。
胸の中で、言いようのないモヤモヤした感覚、
不満や、寂しさやおののきが次第に膨れはじめた。
今あるこの穏やかさが、このゆとりが、この安寧が、
まもなく消え去ってしまうことが実感されてきた。
心の中で休みを悼んだ。
ふいに明日の事が頭に浮かんだ。
明日も休みになればいいのにと思った。
そして、その瞬間、休みは終わった。