8 聖女、王に怒る①
お湯を浴びてから、いつ眠ったのかも覚えていない。
ジェレミーさんの手術の後に、半日は眠っていたようだ。
レオナが身だしなみを整えてくれて、用意された朝食を食べるとひと心地ついた気がした。
食事を終えてからしばらくすると、城の侍女がジェレミーさんが、先ほど無事目を覚ましたという知らせを持ってくる。
ひとまず彼の生命が助かった事に胸を撫で下ろしていると、レオナが改めて礼を述べてきた。
「ポーラさま、お疲れ様でした。我が国の王弟殿下を救って頂き、本当にありがとうございます」
「ええ、新薬の副作用や経過など予断を許さないけどね。命が助かったのは何よりよ」
「陛下も大層お喜びでした。それと……」
レオナは唇を噛み締めて、床に膝をついた。
その肩は小刻みに震えている。
「改めて、謝罪させて頂きます。私は貴女の魔導や医療の技術を盗むために、サクラモンからセルデュクに遣わされたスパイなのです……! 貴女様を騙して本当に申し訳ありません! ……そればかりか、こちらの事情を汲んでくださり、ジェレミー殿下のお命までお救いくださった……! 私は貴女に何を言われても返す言葉がございません! 目の前から消えろと言われればその通りにします……」
レオナは涙を流していた。
よほどスパイの仕事に罪悪感を覚えているのだろう。
……そんな事何も気にしてはいないのに
「頭をあげてよ、レオナ」
レオナは濡れた目で私を窺うように見つめてくる。
この子の苦しみを思うと、こちらまで胸が苦しくなってきた。
「昨日も言ったけど、あなたを少しも怒っていないわ。気にしてもいない。命を助けられたのはお互いさまよ。それに……」
一呼吸おいて、昨日の大手術を思い出す。
この子が的確に助手をしてくれなければ、より難しい手術になっていただろう。
セルデュクにいた頃も、私の技術や知識を誰よりも理解し、懸命に働いてくれたのもこの子だった。
レオナの気持ちを落ち着かせるために、努めて明るい声を出す。
「助けられるのなら、助けるのは当たり前じゃない。私はサクラモンを敵国だなんて思っていないわ。あのバカ王子が勝手に始めた戦争じゃない」
レオナは声を詰まらせながら、また泣き始めるので、肩を抱きしめてあげた。
「ポーラさま……!」
その時、扉をノックする音が聞こえ、続いて男の声がした。
「入るぞ」
入室を許可すると、長身の男がやってきて私とレオナを見つめる。
レオナは畏まって、その男に礼の姿勢をとった。
「……陛下!」
ロゾレイズ陛下がレオナを一瞥してから、私を静かな瞳で見つめ、それから深く頭を下げてきた。
「済まないが、少し話は聞こえていた。ポーラどの、貴女の御心はわかった。弟を助けてくれてありがとう。心より感謝する」
「いえ、全てはジェレミーさまの生命力のお陰ですよ。私に礼など要りません。それより……」
私は、ロゾレイズ陛下に言いたいことがあった。
「レオナの事でお話があります」
「ポーラ様?」
声音に驚いたのだろうか、レオナが驚いて私の方を見上げるが、王だろうが許せない事はある。
私は陛下の碧眼をじっと睨むように見つめた。