4 聖女、フリーパス
馬車に揺られていると、疲れが出たのかいつのまにか眠り込んでしまったようだ。
微睡みの中で景色が移り変わるのを感じていたが、馬車は順調に道を進んでいく……
「ポーラ様、到着しました……」
レオナの声で起こされた頃には空が夕焼けに染まっていた。
「ああ、レオナ。よく寝ちゃったわね。ここは……?」
レオナはいつにない真剣な表情で心なしか、顔が強張り頬に朱が混じっていた。
質問に答えるのをためらっているようだった。
やがて、レオナは私の目を見つめ、はっきりとした口調で場所の名前を告げた。
「サクラモン連邦、アロンソ城でございます」
……サクラモン連邦
今、出奔してきたばかりのセルデュク帝国とまさに現在戦争をしている隣国の名前だった。
しかし、私はさほど驚かずに馬車の窓から外を見回す。
人伝ての話に聞いた通りの西方の情緒がどことなく漂う風景だ。
「……ああそうなんだ」
私の薄い反応に逆にレオナが驚いているようだ。
「さほど驚かれないのですね」
「何となく、御者の言葉や服装から察していたわ。馬車も太陽の位置から考えて、この地方に向かっていたしね」
レオナは納得したように頷くと、大きな声で心の靄を吐き出すように打ち明けてきた。
「……聖女さま 私はサクラモン連邦から、帝国に遣わされたスパイなのです。貴女を騙していてすみませんでした!」
そう言うと跪くように、地に伏せ、私に頭を下げる。
レオナの小さな肩が震えていた。
私は彼女の目線まで腰を下ろし、その肩を緩く掴む。
「顔を上げて、レオナ。怒っていないわよ」
レオナはおずおずと顔を上げると私の顔色を伺うように見つめてくる。
「あなたは私を助けてくれたし、私の元でよく働いてくれたじゃない。スパイだとかそんなことどうでもいいのよ」
「ポーラ様……!」
レオナは涙を浮かべながら、私の腕を抱きしめてきた。
私としても少し照れがあったので、咳払いして話題を先に進めることにした。
「細かい説明を省くほどに、緊急の用件があるのでしょう? さあ、早く案内して」
レオナは使命を思い出したように、頭を振った。
「分かりました、お願いします、ポーラ様」
アロンソ城についてからは早かった。
城の者が慌てるように、私たちをフリーパスで誘う。
「聖女さま、よくおいでくださいました。こちらでお待ちください……」
レオナの説明で、私が聖女だとわかると、むしろ急かされるように中へ中へと誘われていった。
数時間前まで、私は敵国の人間だったのにいいのかな……?
そして、ある一室に通され、待たされる事もなく、奥から長身の男が現れた。
身につけているものは、いずれも並みの貴族のものではない事がわかる。
レオナが即座に床へと跪く。
すぐにその男の正体に思い当たり、私は思わず呟いた。
「まさか…… 陛下?」
そう、男は明らかにこの国の王だった。
話に聞いてはいたが、若い。
20代半ばくらいだろうか。
黒い髪は柔らかそうに揺れ、切長の目は何もかもを見通しそうな深みを感じる碧眼だ。
服の上からでも均整のとれた身体ということもよく分かる。
サクラモン王は、私相手にも腰を折り慇懃に挨拶してきた。
「ロゾレイズ・S・サクラモーンだ。お初にお目にかかる、聖女どの」
「はあ……」
思わず、間抜けな返事をしてしまった。
いや、入国早々、王自らいきなり私に会いに来るとは思わなかったからだ。
しかし、サクラモン王は気にする事なく、私の顔を見つめ、悲痛を押し隠すように頼み事をしてきた。
「早速で済まない、どうか貴女の力で我が弟を助けてくれ、聖女どの」