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36 ポーラの幼少期⑥

 祭りの行われる今日だけは、こんな小さな田舎村にも観光客と行商人が訪れて、人口はいつもの倍になるという。


 特にお昼と夜の演し物は人気でサーカスや演劇が行われるが、今年のは特に力を入ったものだと大人たちが話しているのを聞いた。

 村長が再選を狙っているからだそうな。


 私には面倒な政治のことなんかよく分からない。


 それにしても盛況だ。

 これからバーク演劇団によるお昼の部の演劇が始まる。

 広場には沢山の席が設けられ、多くの人が着座し、設けられた大きな幔幕の開幕をいまや遅しと開演の時を待っていた。



 私はリックを持ち上げ、膝に乗せて席に座る。

 そろそろ楽しみにしていた演劇が始まる。


 犬になったリックはじっと幕の張られた壇上を見つめている。


「壇上は見えるかしら? リック」


「アン」と小さな吠え声で返事をよこしたので問題はないらしい。


「いくら犬だからって噛まないでね」


 私がそう確認すると、リックは不満そうにアン、と吠える。


 リックは誤飲により仔犬に変化させられた後、おばあさんに戻してくれるよう私からも頼んだけど、即効薬は無いと言われ仕方なくこの姿のまま祭りに戻ることになった。

 個人差はあるが、数時間から数日で元に戻るとのことだった。

 おばあさん自身も犬化を解除する薬を作ってくれるらしいけど、自然に戻るのを待つ方が早いかもしれない、との事だった。


 リックはもちろん、しゃべることも出来ず、吠えることしか出来ないが、人間の頃より今の姿の方が愛嬌もあるし、悪戯もしなくていいかな、と私は思い始めた。


 膝の上のリックを見つめながら思わず私は笑ってしまう。


「アンタ、犬のままの方が可愛げがあっていいわよ」


 リックはまた不満そうにキャン、と吠えた。


「あらあら、ポーラ。犬を拾ったの?」


 近くに座った近所のおばさんがそう声をかけてきた。

 リックとばれるとあまり良くないので、会話を聞かれてなかったか、自分の迂闊さを反省しながら私は答える。


「……ああ うん、そうなの」


「可愛いわねこの子」


 おばさんは微笑みながらそう言ってくれるが、中身がリックなので私はそう思えず、首を傾げる。


「そうかな? うーん、かわいくはないかな」


 膝の上のリックはフン、と鼻を鳴らしそっぽを向いてしまった。

 不意に鐘が鳴り、壇上に煌びやかな衣装を身につけた男女が現れ、開演を告げる。


 まるでサーカスのように俳優たちはアクロバティックに動き回り、激しい演技と派手なパフォーマンスで観客を魅了していく。

 こんな田舎では見られないような演劇に感激しながら、私は膝の上のリックを撫でてみた。


「さすが、都から呼んだだけはあるわねえ。それにしても犬の姿でもお話を理解できてるのかしら? ねえ、リック」


 ふん、とリックは不満そうに鼻を鳴らした。



 演劇が終わり、私たちは再び露店周りに向かう。


「おもしろかったねえ。夜の部も楽しみね」


 横をチョコチョコと歩くリックに語りかけてみるけどやはり吠えることしか出来ないようだ。


「どうしようかしら、リック。まだ魔法は解けないみたいね」


 まだ元には戻らないリックにため息をつきながら歩いていると、リックはある店の前で立ち止まりキャンと吠えた。

 そこには輪投げをして遊んでいる人が沢山いた。

 私は思わずリックの顔を見つめる。


「え? あれをやりたいの? 無理よ」


 それは無茶だろう、とリックを見ているとキャンキャンと吠えながら私の周りを回り始める。


「分かった、分かった。やってみなさいよ」


 仕方ないので、店のおじさんにお金を払って輪っかを買うとやはり怪訝な顔をされる。


「え? お嬢ちゃん、君じゃなくてその犬がやるのかい?」


 ため息を吐きながらわたしはリックの口元に輪っかを持っていく。


「どうしてもやるってきかなくて」


「まあ、いいけどお代はいただくからね」


 リックは器用に輪っかを咥えると、クルリと回転しながら輪っかを投げ出した。


「……え?」


 私も含め、リックの様子を見ていた人たちから驚きの声が漏れる。

 犬が輪っかを投げただけでもすごいのに、リックの投げた輪っかは綺麗な弧を描き、的へとスポリとはまった。

 観客からは歓声が上がった。


「すごいわね! まるでショーみたいよ、リック」


 リックが得意そうに尻尾を振りながら、次の輪を寄越せ、と吠えてくる。


「おお……! すごいな、お嬢ちゃんの犬!こんなの初めて見たぜ……」


 店のおじさんは驚愕しながら、リックが次々と輪っかを的中させていく様子を見つめていた。

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