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35 ポーラの幼少期⑤

 おもちゃの弓を手にしたリックは的に当たった矢を目視すると、振り返り得意顔で手を差し出す。

 店主はため息をつきながら、景品の数々を積み上げ、リックに手渡した。


「はい、これが賞品だ。一等をやるから、もう勘弁してくれ。きみ、上手いねえ。まさか子どもに取られちゃうとはねえ」


 リックは射的に挑戦し、十度矢を放って全て的の中心に当て、店主を困惑させた。

 店主のおじさんはリックの矢が的の真ん中に当たる度に眉間の皺を寄せていき、遂には「降参」とリックを止め、良い景品をくれることで手打ちとなった。

 それを見ていた周りの人達からは、リックへの驚きと称賛の声が沸き起こっていた。


 リックは店主から景品を受け取ると手にした弓矢を彼に返す。


「へへ! 俺は毎日弓で遊んでんだぜ! これくらいお手のもんだぜ!」


 店主は眉を顰め、迷惑そうにリックをしっしっと追いやった。


「ああ、わかった。分かった。もう来ないでくれな」


 店を出て私たちは喧騒の続く街を歩き始める。

 袋に詰めたお菓子や玩具を私に見せびらかしながら、リックは得意そうに満面の笑みを浮かべた。


「へへ! どうだ! すげーだろ!」


 射的の腕前はすごいと思ったけど、遠慮なく景品をごっそり持っていかれたおじさんが少し気の毒だとも思った。


「すごいけど、手加減なしねえ、あんた。店のおじさん、困ってたじゃない」


 リックはおいおい、と私に抗議するように肩をすくめる。


「俺は金を払って店のオヤジの言う通りの条件で勝負してんだ! 何も文句言われる筋合いはねえよ! それにおかげでこんなに菓子とオモチャももらえただろ?」


 リックならそう言うと思っていた。

 大人への忖度、なんて言葉、こいつは知らない。

 フンと鼻を鳴らすリックの肩を少し強めにグーで叩いてやる。


「だからアンタはかわいくないって言われんのよ。もう。そうそう。ちょうどおみやげもできたし、おばあさんとこに寄って行こう」


「ええ? あの魔法使いのばあさんか? めんどいな」


 リックは眉を顰める。

 お祭りに魔法使いのおばあさんの姿が見えない。

 きっと祭りの喧騒を気にすることなく、今も魔術の研究に励んでいることだろう。

 ちゃんとご飯は食べているんだろうか。

 お祭りにこないなら、来ないで、心配なので何か持っていってあげようと思った。


 私は時間を確認する。

 もうそろそろ昼前。

 12時から劇団の演劇が始まるはずだ。


 私はリックの先ほど入手した景品の束を指さす。


「ついてこいとは言ってないわよ。アンタのそれ少し分けてよ。おばあさんのおみやげにするから」


「それはいいんだけどよ。昼から演劇始まっちまうぜ」


「まだ時間あるじゃない。ほら行くわよ」


 私がおばあさんの家へと歩き出すと、リックもしぶしぶとついてきた。





「なんだい、ガキども。私は忙しいんだよ。用がないなら帰っとくれ」


 おばあさんは背を向けたまま、気のない様子で私たちに対応する。

 相変わらずの無愛想な様子で、今日は何やら鉢の珍しい種類の花をいじっているようだった。


「こんにちは、おばあさん。今日も実験やってるの? お昼ごはんまだだろうからここに置いとくね。今日くらい外に出て祭りに行かない?」


 私は途中のお店で買った、ハムとチーズを挟んだパンの入った紙袋を机に置く。

 おばあさんは一瞥もくれずに花びらを手でいじりながら応える。


「そうだよ。祭りには行かないって言っただろ? 昼飯はありがたく頂いとくよ。お代は後日払おう。ほら、忙しいんだ。帰った、帰った」


「お代は要らないよ。本当にお祭り行かないの? もったいないなあ」


 リックは焦れた様子で私の袖を引き、おばあさんに噛みつき始めた。


「おいおい、そんなに邪魔にすることねーだろ? オレはほっとけって言ったんだけど、こいつがあんたのとこに寄りたいって言うから来てやったんだぜ?」


 おばあさんは手を止め、ため息をつくと首を軽く振る。


「頼んじゃいないよ。めんどくさいねえ」


 リックはますます憤慨しながら、お土産のお菓子が入った袋を掴み立ち上がる。


「じゃあみやげの菓子もいらないんだな。まったく偏屈な婆さんだぜ。ほら、帰ろうポーラ」


 まったく、リックってやつは子どもで困る。

 私はリックの袋から一つお菓子をつまみ上げた。


「ちょっと、待ちなさいよ。そんなケチすることないじゃない。せっかちねえ。来たばかりじゃない」


「昼の演劇が始まっちまうよ。早く行こうぜ」


 そう言うと、リックはさっさと戸口の方へと歩き出す。

 おばあさんは気にすることなく、今度は金属の割り箸で葉をつまみ、何やらじっと見つめている始末だ。


 埒が開かないので、退散することにした。


「待ってって。ねえ、おばあさん。ちゃんとご飯は食べてね。ここにお菓子も置いとくね」


 そう言って私もリックに続いて帰ろうとすると、おばあさんの声がそれを制止した。


「待ちな。タダでそれを貰う気はないよ。そこの戸棚のジュースを持ってきな」


 振り向くとおばあさんが指さす方には戸棚がある。

 せっかくなのでおばあさんのお礼の品も貰うことにした。


「ありがとう、もらってくね」


 リックも文句を言いながら、戻ってくると戸棚を開ける。


「ふん、なんだってんだ。偏屈婆さんめ」


 そこには何本かの瓶が並んでいた。

 中にはジュースが入ってるんだろう。

 瓶に触るとひんやりと冷たい。


「冷えてるわねえ」


「本当だ、どうなってんだこれ」


 何故瓶が冷えているのかは分からない。

 きっとおばあさんの魔法なんだろう。


 リックは瓶の一つを掴むと早速開け、喉へと流し込む。

 すぐ様、おばあさんの珍しく慌てた声が背後から聞こえてきた。


「あ、まちな! 小僧! それは違うよ!」


「え?」


 そうは言っても、時は既に遅く。

 リックは瓶の中身を一気に飲み干していた。


 不意にリックの身体が一瞬光った気がした。


「わっ!?!?」


 私が驚いて目を閉じると、何やらポンッと小さな音を立ててリックの姿が消える。


 ……いや違う。


 リックのいた辺りには、リックの代わりに小さな犬がいてキャンキャンと吠え始める。


 おばあさんは息を吐くと、額に手を当て呟くように言う。


「やれやれ…… 札が貼ってあるだろう? 『犬』って」


 子犬はその辺を跳ね回り、おばあさんを威嚇するように吠え始めた。

 私はリックの身に起こったことを理解する。

 これも魔法なのだろうか。


「り、リックが犬になっちゃった!!??」

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