32 ポーラの幼少期②
白く長い髪を黒い布にまとめたそのおばあさんは、翠色の知的な瞳をしていた。
おばあさんは迷惑そうにしながらも、リビングへと私たちを通してくれる。
廊下の途中に部屋の一つが見え、数本のガラス瓶に何やら怪しげな色の液体が煮たっておるのを私は見た。
他にもその部屋には多くの本や日誌のようなものが並べられているようだった。
リビングの椅子に座ると、ジェブさんは懐から包装された刃物を取り出し、机の上に置く。
「ほら、鋳ったばかりのハサミと包丁だ。必要だろ?」
魔法使いのおばあさんは顔を顰め、ジェブさんを睨んだ。
「間に合ってるよ! まったく。押し付けがましい爺さんだね」
「そう言うな。ワシの刃物は良い質だぞ。お前さんのも錆びてるなら、研いでおいてやる」
おばあさんの苛立ちも気にせず、ジェブさんは徐に立ち上がると、台所らしきところまで歩いていき、戸棚から刃物を数本取り出して手早く懐紙にしまった。
おばあさんはますます苛立ちの色を濃くしながら、ジェブさんを睨む。
「おい、勝手に台所を漁るんじゃないよ! まったく! ほんとに図々しい爺さんだよ!」
ジェブさんはおばあさんの剣幕を気にすることなく、手を広げ応える。
「仕事柄、錆が付いておる物は気になってな。金は取らんさ。ただ、例えばこの村で風邪が流行ったら風邪薬を作ってほしい。お前さん、魔術師の類ならそういうの得意だろう?」
なるほど、きっと魔法使いさんなら多くの知識を身につけていることだろう。
私は少し感心しながらジェブさんとおばあさんを見つめるが、おばあさんは頑なに態度を軟化させないようだ。
「……ふん! 抜け目ないジジイだねえ。そっちの子はアンタの孫かい?」
そう言うとおばあさんはじっと私の方を見てくる。
ジェブさんは首を横に振りながら私に頷く。
「違うな。ほら、ポーラ。自己紹介だ」
私は頷くと、おばあさんの目を見て挨拶をする。
「初めまして。私はポーラと言います。ジェブさんのお隣に住んでるの。今日はお母さんからあなたにお近づきの贈り物があります」
そうして、持っていたカゴからお母さんが持たせてくれた赤い果実の入ったパイを取り出し、机の上に置いた。
おばあさんは私とパイをじっと見ると小さく息をついて椅子に浅くもたれた。
「イチゴか…… ふん、そんなに私に良くしても何も返ってこないよ。どうせこの一冬しかこの村にいないんだからね」
ジェブさんは椅子に座り直すと、肩をすくめる。
「そんな連れない事言うなよ。婆さん。まだその歳で旅を続けるつもりか? アンタが何者でどんな生活を送ってきたか知らんが、一人旅は辛かろう」
「だから余計なお世話なんだよ。私はアンタに心配されるほどヤワじゃないんだ」
ジェブさんはおばあさんの頑迷さにため息を吐きながら、小声でやれやれと呟く。
「なあ、名前くらい名乗ったらどうだ? ワシたちがアンタをどう呼んだらいいかわからん。村のみんなはアンタのことを魔法使いなんて呼んでるぞ」
「勝手にそう呼べばいいさ。言っとくがこの土地は村長に金を払って借りたものだからね。お愛想しないからって私を追い出そうなんて考えないことだ。村の皆にはそう言っときな」
「……そんなこと言ったらますます怖がられるぞ、あんた。そうか、どうせあの強欲ジジイにはふっかけられただろ? それにしても、まったく頑固な婆さんだ、名乗る気もない訳か」
「仲良くなんてする気はないからね。だからほっといてくれ」
「やれやれ。来週の秋祭りに来ないかと言いにきたが、無駄のようだな。こいつが研ぎ終わったらまた来る。じゃあな」
そう言うとジェブさんは立ち上がり、私に目線で帰宅の意思を伝える。
なので、私も帰り際におばあさんに手を振ってみる。
「バイバイ。また来るね、おばあさん」
「ふん。もう来なくていいよ」
終始不機嫌そうだったおばあさんは、それ以上目線をくれることもなく、私たちを見送ることもなかった。
帰りの道中、苦笑混じりにジェブさんが可笑しそうに言ってくる。
「変わった婆さんだろ。怖がられるのも当然さ。子どもが居ればちっとは愛想もするかと思ったんだが、なかなか頑固だ」
「私はまた来たいな! 悪い人じゃなさそう」
何より、おばあさんがあの家の中で何をしているのか、私にはとても興味があった。
多くの見たことのない器具や本が並べられていたので、一度手に取ってみたい。
ジェブさんは牛車の手綱を握りながら、頷いた。
「そうか、また気が向けば様子を見に来てやってくれ」




