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31 ポーラの幼少期①

 ──8年前 ファネット村


 私の両親は農家で、そのまた何代も前の祖先からこの村で農作をやっていたという。

 今年も美味しそうな芋が取れたので、私は母親の言いつけでご近所に配りに回っていた。

 芋と交換でその家のおばさんは焼き立てのパンを数個私にくれた。

 何より嬉しそうに芋を受け取ってくれたのが、私にとっても嬉しいことだ。


「ありがとう、ポーラちゃん。トマスさんとメアリさんにもよろしくね」


「うん! こちらこそいつもありがとう! パン屋のおばさん」


 パン屋のおばさんのパンはいつも柔らかくて、美味しい。

 カゴは芋と交換でお返しの品でいっぱいになり、私は取り落とさないように取手を握りしめる。

 このお使いは楽しいが、帰りのお返しが重くて、いつも苦労する。


「あと一軒回って終わりか。重いし、それとも一旦帰ろうかな」


 そう呟きながら、どこまでも広がる秋の畑を見つめながら歩いてると聞き知った声が私を呼び止めてきた。


「おーい! ポーラ! なんだあ? お使いかあ!? ちょうど面白いものを仕入れたんだ! 見てくれよ!!!」


 振り返るとやはりというべきか、相変わらず泥だらけのリックが笑みを浮かべながら何かの箱を手にしていた。

 コイツには先日、誕生日に紐で括ったトンボを貰ったばかりだ。

 可哀想なので逃してあげたら、不満顔で文句を言ってきた。

 その他にも私に色々な野生の贈り物をしてくることがある。

 本当に野生児みたいな奴だ。


「なによ、リック。また変なもの見つけたの? いらないわよ! 持ってこないで!」


 リックは私の剣幕にも構わず、ニッコニッコで近づいてくると、箱を差し出してくる。


「いいから! いいから! お前、こないだ怒ってたじゃん! せっかく俺がトンボを捕まえてきてやったのによお! 今度はイチゴのパイが入ってるかもだぜ!」


 私は差し出された木の箱を訝しげに見ると、リックを睨む。


「虫はいらないわよ! それにアンタがそんないいもの持ってくるわけないじゃない!」


「いいから開けてみろって! それともビビってんのかあ!?」


 そんなことをムカつく顔で言ってくるので、私はうんざりしながら木箱を受け取ると、開いてみることにする。


「なによ! バカリック! 今度もつまらないものだったら……」


 そう言って私が箱を開けた瞬間、顔に温い感触がへばりついた。

 と、同時にゲコゲコと私の顔に張り付いたものが鳴き始める。

 箱に入っていたものは手のひらほどもある大きなカエルだった。


 私がカエルを剥がして、畑へと放してやると、リックが笑い転げていた。


「あーはっはっはっは!!!! ざまあねえなあ! ポーラの間抜けヅラ!!! ……ぐえっ!?!?」


 グーで思い切りリックの鼻面を殴ってやると、鼻血を流してリックは地へと倒れた。

 昔からコイツはしょうもない悪戯をしてくるが、ここ最近の頻度は私の許容を超えていた。


「アホリック!!! もうゆるさないわ!!!」


 倒れたリックを横目に、私は持っていた皮袋の中に小石を詰めるとそのまま振り回す。

 遠心力のついた硬い小石は並の大人の拳の比じゃない。

 青ざめたリックは慌てて私から逃げ始める。


「ちょっ!? まてよ!!! あぶねーだろ!!! おちつけって! おい!!!」


 私はリックに向けて容赦なく小石入りの皮袋を繰り出した。


「この! サルリック!!!」


 リックは形勢不利と見たか、ヒョイと小石をかわすと、追ってくる私から全力で逃げ始めた。


「おい!!! アホか! あぶねーだろ!!! アホポーラ!!! 鈍足ポーラ!!! 追いつけるなら追いついてみろおい!!!」


「……この! バカリックめえ!」


 蹴り上げる畦道が泥と小石を跳ね上げる。

 私は息が切れるまでリックを追いかけたが、体力バカのリックには遂には追いつけず、結局姿を見失った私は豆粒になったその背中に舌打ちすると、その場に寝転んでしばらく休む。

 秋の青い空と細い白雲がどこまでも広がっていた。

 数分休んだ後、私は起き上がると荷物がそのままで、配達も途中だったことを思い出して慌てて走る。


「こんな事してる暇ないや。早く配達済ませてそろそろ戻らないと」



 すっかり芋を配り終えた私は、お返しの品でいっぱいになったカゴをお母さんに渡す。


「ただいまー。お芋配り終わったよ。これはお返しの品」


 鍋をかき回す手を止め、お母さんはカゴの中を見てから、その中の一つを私に手渡してくれた。


「お疲れ様ー。ポーラ。色々もらったねえ。今晩のスープはチーズを使おうね」


 貰ったイチゴを齧りながら私は微笑む。


「それは楽しみね」


 そして、お母さんは思い出したように手を叩く。


「そうそう、ポーラ。お隣のジェブさんが探してたわよ。一緒に魔法使いさんのところへ行かないかって」


 ジェブさんはリックのお爺さんで、この村で唯一の鍛冶屋さんだ。

 また、良い牛と馬を持っている。


 そして、「魔法使い」。

 それはこの村の外れに10日ほど前から住み始めたお婆さんのことだった。

 おばあさんの容姿から名付けられたあだ名だけど、村の殆どの人たちは怖がってお婆さんに近づこうとしない。

 何に対しても臆さないジェブさんは、幾度かお婆さんと話したことがあるらしい。


「ジェブさんが? うん! 行く! 行く! いいのよね!?」


「もちろん。ジェブさんが一緒なら安心よね。そうそう、このパイも持って行きなさい」


 そう言ってお母さんは出来たばかりらしいパイを布に包んで、カゴに入れたものを私に手渡した。

 前からおばあさんと話してみたかった私はワクワクしながら、パイを受け取る。


「分かった! 一度行ってみたかったのよね! どんな人なのかしら!」


「さあねえ。日が暮れないうちに帰ってきなさいね」


「うん! 分かった!」


 そうして、お隣の庭に行くともう既に、牛に荷車をくっ付けてジェブさんの用意が出来ているようだった。

 短く白髪を刈り上げた精悍なお爺さんが顔を上げる。


「おお、来たかポーラ」


 そう言ってジェブさんは、荷台を指さした。


「ジェブさん! うん! 乗せてって!」


「リックは見なかったかね?」


「知らない! さっきカエルをプレゼントされたから、石をぶつけて追っかけてやったわ!」


 鼻を鳴らしてそう応えると、ジェブさんは呆れたように肩をすくめた。


「やれやれ、喧嘩もほどほどにな。ま、あいつを連れてったらどんなイタズラをしよるかわからん。お前だけでいいさ」


「じゃあ! いこう! 魔法使いのおばあさんに会ってみたかったの!」


 ジェブさんは牛を操作する御者席に乗ると、横目で私に注意した。


「偏屈な婆さんだ。あまりグイグイといかないようにな」


「うん!」


 十数分ほど牛に揺られて、村の外れへと来ると、小さな家が見えてきた。

 その家は小綺麗で、周りには小さな畑まで設られている。

 不思議に思った私はジェブさんに話しかけてみる。


「……この前まで何も無かったのに数日であんな家を建てたのかな? 畑まで! さすが魔法使いさんね!」


「ああ。まるで本当に魔法使いのようだな」


 家の前に牛車を止め、私はジェブさんと共に降りる。

 ジェブさんは木の扉をトントンとノックした。


「おおい。邪魔するぞ」


 しばらくすると、足音が聞こえノブが回り、ケミカルな匂いと共に白髪のふわりとしたものが姿を表した。


「なんだね。また、アンタか。押し売りはいらないよ」


 それは黒い布を頭に被り、長い白髪を携えたおばあさんだった。

「魔法使い」のおばあさんは、翠色の澄んだ目でジェブさんと私をじっと見つめてくる。

 ジェブさんは身振りで、商売目的でない事を伝える。


「金は取らないって言ってるだろ。一人暮らしは何かと不都合なはずだ。ちょっと様子を見に来ただけさ」


 おばあさんは歳を取っているはずなのに、腰はしゃんと伸び、足取りはしっかりしていた。

 そんなおばあさんは面倒そうにジェブさんを睨む。


「ふん。余計なお世話だよ」

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