3 聖女、国を後にする
レオナに助けられ、城内を脱出した後は、ひたすら人の通らない道を選び、駆け続けた。
やはり私が脱出した事は察知されていたのか、街中は衛兵が彷徨いていたが、レオナのお陰で捕まる事なく街を抜け、今は国外へ出る為の街道にいた。
汗を拭いながら、私は足を止めて街を振り返る。
遠くに小さくなった見慣れた建物や家が見えた。
二徹の身体に、この逃避行は堪える……
「……ふう こんなに歩いたのは久々だわ」
「すみません、このような辛い道のりを強いてしまって」
そう言ってレオナは目を伏せ恐縮してくるが、当然彼女のせいではない。
「いえ、あなたのせいではないし、感謝しているわ。大丈夫よ、レオナ」
草原の上に腰を下ろし、私たちは暫しの休息を取ることにした。
「そろそろ、食事にしましょう。食料は有りますので、しばらくお待ち下さい」
レオナは担いでいた袋から、パンや干し肉を取り出すと食事の用意を始める。
そういえばコモドスが戦争を始めて以来、研究室に篭りきりで、ここまで遠出するのも久しぶりであったことを思い出す。
「そっかあ。久々の自然の空の元で外泊ね」
レオナに差し出された干し肉パンを齧りながら、しみじみとセルデュク城に聖女としてやってきて以来の多忙な日々を思い出す。
……もう戻ってくることはないんだろうなあ
「……本当に申し訳ないです 貴女にこんな大変な思いをさせて…… 私ならもっとはやく……」
レオナが落ち込んだように、私に頭を下げてくるので、私は暗い顔になっている事に気づき、慌てて笑顔を作る。
「いやいや、だからあなたのせいじゃないから、謝らないでって。あーあ。これからあのバカ王子の顔を見なくて済むと思うとせいせいするわ」
そう、これからはあのコモドスのアホヅラを拝まなくて済むのだ。
戦争で苦しんでいるみんなには申し訳ないけど、私の医療技術は研究員たちに継承されているはずだ。
彼らなら後は怪我人や病人のことなら、何とかしてくれると信じている。
こうなった以上、後は振り返らずここからの事を考えなくてはならない。
思案に耽っていると、レオナがおずおずと切り出してきた。
「ポーラ様、私を信じてついてきて頂けないでしょうか? 必ず貴女の御身は保障しますので……」
額には冷や汗が浮かび、申し訳なさそうな表情でレオナは私に目を伏せながら、返答を待っている。
この子の人柄や賢さは、ようく理解しているつもりだ。
何らかの思惑があるらしい。
「ついてきて欲しい、のね? 貴女がそんな顔をするなんて珍しいわね。分かった」
「ありがとうございます……! 不審に思うかも知れませんが、貴女の安全はこの身にかけても、必ず確保しますので……」
一々大仰なことを言うので、そこまでしなくてもいいとレオナを軽く叱ってやる。
食事と休憩を終え、そこからまた数十分、レオナの案内で歩いた先に、漸く開けた道が見えてきた。
レオナが辺りを見回し始める。
「ねえ、ここに何があるの? レオナ?」
「暫しお待ちを。先ほど仲間に連絡を取って、馬車を待たせてます。確かこの辺に……」
しばらくそこらを探してみると、大きな木の下に馬車が止まっているのが見えた。
装飾や造りがセルデュク国のものではないことを表している。
レオナがそれを指差し、私の目を見る。
「あれです。不安かもしれませんが、私を信じてください、ポーラ様」
「わかったわ。あの馬車に乗ればいいのね」
「ポーラ様…… ありがとうございます」
2人で近づいていくと、帽子を深く被った御者が顔を上げ私たちを見つめてくる。
レオナは御者に手早く私を紹介する。
「聖女様です。私はレオナ。早く馬車を出してください」
私とレオナの顔を暫く交互に見つめ、納得したのか、御者は無言で馬車の幌を指さす。
そして、私はレオナに促されるままに馬車に乗った。
間もなく、馬車が出発するのを揺れで感じた。




