28 聖女、休暇をとる
まどろみの中で故郷の夢を見ていた気がする。
はっと目を覚まし、辺りを見回すと、いつもと変わらぬ馬車の中のようだ。
目を擦り、隣に座るレオナに詫びを入れる。
病院を回る移動中の馬車の中で眠ってしまっていたらしい。
「……ああ わたし、すこし寝てたわね」
レオナは水筒からお茶を汲み、私に手渡してくる。
「ポーラさま。もう少しお休みになられていてもよろしいのですよ。やはりお疲れのようですね」
「そういうわけにはいかないわよ。こうしてる間にも、どれだけの怪我人が出ていることか」
そう、私はサボるわけにはいかない。
戦場の激しい戦闘でまだまだ兵士の死亡者、重傷者がでているはずだ。
レオナは心配そうに私の顔を見つめ、手のひらにお茶菓子を乗せてくる。
「そんなに何もかも背負わないでください。貴女の指導で医療者は確実に育っています」
「それはそうだけど、やはり自分で出来ることはやっておきたいの」
「ポーラ様。ご立派なご意志だと思いますし、それでこそ貴女さまだと思いますが、ここ数日の働きぶりはやはり無茶です。少し休暇を取られた方がよいですよ」
レオナの言う通り、確かに身体が疲れてきているな、と感じることはある。
昨日と一昨日で、6件の手術を受け持ったのでほとんど寝ていないのだ。
しかし、それでも私は止まるわけにはいかない。
「いえ、連日戦場から重傷者が運ばれてきている現状で私が休む訳にはいかないわ」
そうして、窓の外を見つめ、私は気づいた。
「……あれ? ねえ、レオナ? 私、どれくらい寝てたのかしら? ここはどこを走ってるの?」
ただ広い草原と鳥の囀りが聞こえ、ここはいつもの街の中ではないことに今更ながら気づく。
驚いてレオナを見つめると、首肯して軽く息を吐いた。
「お気づきになられてしまいましたか」
レオナは地図を取り出し、現在地と目的地を指差し、手早く説明した。
「これよりポーラ様には、保養地で5日過ごしていただきます。今、向かっているのは王家御用達の保養地バンセスなのですよ」
今いるところは街から南西に1時間ほどの地点だ。
私はそんなに眠っていたのか……
驚いて私は思わず立ち上がる。
当然、そんなことは聞いてなかった。
「何ですって?! ちょっと! そんなに休む訳にはいかないわ! 馬車を止めて頂戴!」
第一、私に相談なく休暇を入れるなんて勝手過ぎる話だ。
レオナは宥めるように私の肩に触れ、心配そうに見上げてくる。
「落ち着いてください、ポーラ様。これは陛下の指令、御命令と考えてもらっていいです。ポーラさま、寝不足でたまにふらついてますよ? ご自分でも無理をされているのはご承知でしょう? 本当にゆっくりおやすみください」
そう言われて、ロゾレイズ陛下の顔を思い出す。
王の命令でやった事なのだろうし、レオナが私を心配していることがわかったので、それ以上彼女を責めることも出来ず、私は苛立ちを陛下にぶつけるように足踏みした。
「……! 陛下が!? 勝手なことをなさるのね! あの方は! 本当に! もう!」
「怒らないでください。失礼ながら、今一度、ご自分のお顔色をご確認ください。貴女は本当に憔悴なされてます。いつか、医療ミスを起こしますよ? いいんですか? 貴女の指導した医療者を信じてください」
医療ミス、と言われては返す言葉もない。
確かに今の私の体調は良いとは言えないだろう。
そして、サクラモンに来て、約一月、多くの医療者に私の知識を授けてきた。
現場で実技経験を積まないと、医療者が育たないという面もある。
私は馬車のソファに座り直し、ため息をついた。
確かに疲労で少し考えがまとまらないほどに私は疲れている。
「……わかったわよ、もう。少し眠るわ」
「はい、そうなさるがよろしいかと」
目を閉じると私は再び眠りへと落ちていった。
肩を揺すられ、私は聞き知った声で起こされる。
「ポーラさま、着きましたよ。申し訳ないですが、そろそろ起きてください」
まだ、半分微睡の中で私は目を擦る。
身を起こし、窓の外を見ると、青々とした美しい畑が広がる。
木組みで作られた小さな村が、小川のせせらぎと共にぼんやりと見えてきた。
バンセスは静かな田舎の村といったところか。
「……ああ、レオナ。お陰でゆっくり眠れたわ。いい景色ね」
「ここではゆっくりお休みくださいね。我が国でもちょっとした観光地でもありますから。この村は王家の直轄地で、王族と認められたお客しか入ることは出来ませんけどね」
つまり、王家御用達の保養地ということだ。
私は驚いてレオナを見つめる。
「まあ、そんなところで私が静養していいのかしら?」
すると聞き覚えたばかりの、ハリのあるバリトンが耳に届いてきた。
「もちろん、歓迎だ。貴女は我が国の国民をたくさん救って下さった。この程度の礼では足らぬ程だ」
声の主を振り返ると、長身で均整のとれたシルエットが目に入る。
「……陛下!」
驚いたことにロゾレイズ陛下が幾人かの近習を伴って、私を笑顔で出迎えたのだ。
よく見ると、陛下のものらしき馬車が先に着いている。
気づかなかったが、道中前後に併走していたらしい。
「私も久々にこの村の魚が食べたくなってな。それともう一度じっくりと貴女と話をしたかった」
そう言って陛下は相変わらずの爽やかな笑顔を見せた。




