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24 ザラ、王太子を唆す

 議会で叔父たちにやり込められて以来、王太子コモドスは荒れに荒れていた。

 自室の本棚や机の上のものをひっくり返し、取り次ぐ者全てに当たりまくった。

 それでも尚、怒りは収まらない。

 夜が明ければ、約束の3日がやってくる。

 ダグラスたちの言う通り、戦争を収めるべく動かなければ、重要地を担う貴族たちは自国に帰ってしまい、セルデュクは分裂してしまう。



 コモドスは頭を抱えながら、椅子に腰を下ろすと、怒りのままに声を張り上げる。


「……くそっ! クソッ!!! ダグラスめ! なぜこの私がこんな目にっ!!!」


 叔父ダグラスの厳しい表情が、今も目に浮かぶ。

 幼少期より、自分が駄々をこねると、周りが狼狽える中、あの叔父だけが自分をああして叱った。

 昔からコモドスは彼が苦手だった。

 鼻息を荒げながら、コモドスは怒りに身を震わせる。


「王太子だぞ! 私は王太子だ! なぜこうも議員どもは私の邪魔をしやがる!? 戦に勝って我が国の領土を広げてやろうというのに! 何が気に食わぬ!?」


 何よりコモドスにとって許せないのは、議員たちに突きつけられたあの一文だった。


「ザラと別れろだと!? ふざけやがって!ええいっ! 忌々しい!!! この名君たる私に逆らう不届き者どもめ!!!」


 ザラ・ステインと別れろという条文は、コモドスに到底受け入れられるものではなかった。

 そうして、鬱屈としていると背後から柔らかな感触が訪れる。

 甘いような辛いような香りがコモドスの鼻腔をツンと刺激した。


「コモドスさま」


 ザラ・ステインが覆い被さるように、コモドスの肩を抱いていたのだった。

 彼女だけに許された秘密の通路はコモドスの私室に通じているので、室内への侵入は容易だ。


 コモドスは鬱屈から一転、ぱあっと、顔を綻ばせザラの肩を抱く。


「おお! 愛しきザラよ! わざわざ私を慰めに来てくれたのか!? 私を分かってくれるのはやはりお前だけだ!」


 お互いをしばらく抱きしめ合うと、ザラは悲しげにコモドスを見つめる。


「お可哀想に…… お悩みになられてたのですね。やはり私のような女と一緒になるのは、あなた様の為にならないのでしょうか……?」


 泣きそうな表情でそんな事を言うザラの腕を掴むと、コモドスは強く頭を振る。


「なにをいう! ザラ! 私はお前と別れる事など微塵も考えておらんぞ!」


 ザラは涙を流しながら、コモドスをまた抱きしめる。


「ああ…… コモドスさま……!」


「ザラ……! 私の愛しいザラよ……!」


 そうして、お互いに長い口づけをかわすと、ザラは冷静になったように尋ねる。


「コモドスさま、しかし、このままでは反対議員たちは自領に帰り、彼らの領地からは協力を得られず、国家は二分してしまいます……! 何か手はあるのでしょうか?」


 コモドスは顔を顰めながら、足を組んだ。


「今のところ、何も良い手は浮かばん! しかし、到底ヤツらの要求など呑めぬ! 父上に会わせよだと!? 出来るわけがなかろう! 教皇庁に謝れだと!? 何故この私が無能な坊主になど謝らなければならぬ!? そして……」


 コモドスは顔を赤くしながら叫ぶように言い放つ。


「ザラ! お前とは離れんぞ! 私は…… お前なしでは生きられぬ! 死ぬも生きるもお前と一緒だ! ザラ!」


「……ああ うれしいですわ! コモドスさま!」


 また涙を流すザラにコモドスは飛びつくように身を寄せる。


「ザラぁ!!!」


 再び長い口づけを交わすと、ザラは意を決した表情でコモドスに向き合う。


「コモドスさま。では何らかの対処をしなければなりません。このまま戦争に反対する不届き者どもを放っておいては、当然サクラモンとの戦争には勝てず、国家も二分されてしまいます」


「……むう どうしたものか」


 渋い表情で悩むコモドスの腕を強く握りながら、ザラはその顔を覗き込む。


「コモドスさま、あなたは王太子でしょう? 彼らより遥かに偉いのでしょう?」


「ああ、当然だ……」


 徐々に強いトーンに変えながら、ザラは言い聞かせるようにコモドスの手を握る。


「偉い王太子に逆らった議員どもは、反逆者です。好き勝手にさせておいては、国家が立ち行きません。こうなったら、いっそ排除してしまいましょう」


「排除…… だと?!」


 その思いもよらない言葉に、コモドスは目を見開き、肩を震わせる。

 驚くコモドスに逡巡する暇を与えないかのように、ザラは真正面からコモドスの目を見つめ、たたみかける。


「そうです! 反逆した家臣など、生かしておいても害しかありません。近衞を差し向けて、殺ってしまうのです!」


 それは、まるで悪魔の囁きだった。

 流石のコモドスも内心で迷うが、ザラの美しい顔を見ていると、どのような悪行も何でもないことのように思える。

 何よりこの女と別れたくないという気持ちは強い。


「……うーむ」


「コモドスさま? 何をお悩みになることがありましょうか? ご不安なら私の飼い犬もお付けします。ほら」


 ザラが手を打ち鳴らすと、部屋に3人の男たちが入ってくる。

 屈強そうなその男たちに、コモドスが驚いて尋ねる。


「……こやつらは?」


 ザラは笑いながら答えた。


「以前、あなた様より賜りました、私の飼い犬ですわ。あなたと私のためなら、その身が朽ちようと、炎の中にでも飛び込んでいきます。近衞に混ぜれば、並の兵士以上の働きを致しますわ。ほら、お前たち、殿下にご挨拶を」


 彼らは処刑寸前だったところを救われて、ザラの飼い犬となった衛兵たちだった。

 以前より一回り身体が大きくなり、屈強になっているようだった。

 飼い犬たちは一斉に地に伏せるようにして、コモドスに挨拶する。


「ご拝謁を賜り、光栄の極みです! 殿下! ワンと申します」


「トゥーです」


「スリーです」


 余りにもその酷い名前にコモドスは思わず吹き出した。


「はっはっはっ! 犬らしいひどい名を付けたものだな! ザラ! お前はユーモアもある!」


 ザラは嬉しそうに笑った。


「お気に入りいただき光栄ですわ」


 コモドスからは、いつの間にか迷いの表情が消えている。

 もはや、近親といえど、ザラとの仲を裂こうとする者に容赦する気はなかった。

 コモドスは大声で扉の外の近侍を呼びつける。


「よし! 決めた! 近衛を集めよ!」

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