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2 聖女、急死に一生

 私とは生地の内容が違いすぎるドレスや、装飾品を身につけたその美女は私を馬鹿にしたように笑っていた。

 彼女はコモドスのお気に入りの恋人と言われるザラ・ステインである。

 彼女は下級貴族の娘であったが、その美貌で王太子コモドスを籠絡し、本来の婚約者との仲を裂き、遂には言われなき罪で軟禁にまで追いやったと聞く。


 ザラの表情を見て、私は今回の事態の経緯に改めて思い当たり、小さくため息を吐いた。

 ……なんてつまらない事


「何か失礼があったなら、もちろん謝ることはやぶさかではないのですが、理由が無いのなら謝罪に意味がありません」


「ふん! やはりお前は愚かだな! 数日前のことも覚えていないのか? いいだろう! 何故貴様が私のザラに謝るべきなのか説明してやろう!」


 いや、理由は思い当たるのだけど、ここまで恨みを買われる理由がわからない、と言いたいのだけど、コモドスは構わず大きな声で説明を始めた。


「数日前、心優しいザラが貴様の仕事を手伝うと申し出た際、素気無く断ったそうだな! そればかりか、無碍にされてもいじましくも研究室にやってきたザラに、平手打ちを喰らわせて追い返したらしいな! 私の中では極刑に値する!」


 頭が痛くなりそうだ。

 確かに先日、ザラはいきなり私の研究室に押しかけてくるなり、研究中の秘薬を勝手に弄り始めた。

 警告しても辞めないし、瓶を取り落としかけたので、私は思わず平手打ちを喰らわせてやった。

 私はその行為を不当とは思わない。

 私物を触られるならばともかく、医療研究の成果を勝手に弄るなど許容出来る事ではない。

 人の命に関わる問題なのだ。

 しかし、コモドスとザラの頭の中では違うのだろう。

 仕方なく私はザラの方を向いて頭を下げた。


「……はあ そういえば、そんな事もありましたねえ。そりゃあ、すみませんでした、ザラさん」


 しかし、コモドスはみるみる顔を曇らせ、私を怒鳴りつけ始めた。


「何だ⁉︎ その態度は! おい! もっと真摯に謝らんか! ザラの前に立ち、頭を床に擦り付けろ!」


 ……ほんとどうなってるんだろう、この人の頭の中


 私は渋くなりそうな表情を抑えながら、出来る限り感情を交えず、コモドスに説明する。

 ……もはや、分かってもらえるとは思えないけど


「あのう、お言葉ですが、医療や魔導のことを何も分かっていないその人にいきなり押し掛けられても、研究の邪魔です。どころか、今急激に死傷者が増えてるこの国にとって実験の邪魔をされる事は大きな損害です。その時の私の憤りも理解していただきたいですね」


 淡々と説明したつもりだったが、コモドスは私の言葉にみるみるうちに顔を曇らせ、机を力強く叩いた。


「貴様……! 何だ⁉︎ その態度は⁉︎ 事もあろうにザラを邪魔だと⁉︎ もう、許せん!!!」


 ああ、やっぱりこの人には言葉が通じない……


 私が心の内でため息を吐いていると、ザラが涙目になりながら、コモドスの肩に触れた。


「もう良いのです、コモドスさま」


「ザラ……! 何を言う! その女はお前を叩いた悪魔のような女だぞ⁉︎」


 悪魔、ときたか。

 激昂するコモドスを宥めるように、ザラは涙目で奴を見上げた。


「いえ、その方の至らなさを見抜けなかった私の罪。せっかく、この国の役に立とうと、あの方の実験を手伝おうとしたのですが、私の誠意が伝わらなかったのは、私にも原因があるのです」


「おお…… なんと謙虚で心優しいんだ! お前という女は! やはり素晴らしい!」


 感動したように肩を震わせ、公の場であるこの議場でコモドスは「天使のような」ザラを抱きしめた。

 そして、私を振り返り冷たい目で睨む。


「それに比べて貴様は……!」


(はあ…… なんなの? この茶番は?)


 ……くっだらない

 一体何を見せられてるんだろう。

 全く不毛な時間だ。

 私は頭を軽く振りながらコモドスに尋ねる。


「あのう、私は何の罪で裁かれるのでしょうか?」


 コモドスはますます怒ったのか、青筋を立てながら、わたしを指さす。


「……貴様 反省しないどころか、わからんのか⁉︎ 私のザラを傷つけた罪に決まってるだろう!」


 だから、法的根拠を聞いているのだけど……

 まあ、言葉は通じないのでしょうね。


「あのう、何の刑法に反したのか聞いてるのですが」


 王太子の恋人を叩いたからといって、獄に繋がれる法はこの国に無かったはずだ。


 しかし、訳の分からないコモドスは机を叩き、怒りを露わにする。


「黙れ! 偽聖女! 見苦しいぞ!」


「筋が通らないから、尋ねてるんだけどなあ……」


 コモドスの取り巻き達は、調子を合わせるように、また私を罵り始める。


「ザラ様を傷つけた偽聖女などに構うことはありません! 貴方さまの裁定で如何様にも」


「心優しいザラさまに謝れ! この偽聖女!」


 ……うーーん、頭がいたい

 アホしかいないのか、ここには。


 ふむ、とコモドスが頷くと議場に響く大きな声で言い放った。


「偽聖女ポーラ! 本来ならば、鞭打ちに処してやりたい所だが、ザラに免じて貴様を禁固刑に処する!」


 コモドスが不遜な笑みと共に私を睨み、どうやら刑が降ったらしい。

 取り巻き達も一斉に私への罵倒を始める。


「ザラ様に感謝しろ! この田舎者!」


「そうだ!そうだ! 偽聖女!」


 ……全く馬鹿馬鹿しい

 法典に載っていない罪刑で私は裁かれるらしい。

 こんな事が罷り通れば、これからバカ王子による恐ろしい独裁が始まるだろう。


 いつのまにか迫ってきていた衛兵たちに肩を掴まれ、やがて手錠を嵌められた。

 私は頭を振りながらため息を吐く。


「……はあ そう、勝手にしてください」


 衛兵たちは私を引き摺るように怒号の響く議場から連れ出した。


「不遜で何も知らん女め!」


「さあ、こっちにこい!」


「忌々しい偽聖女め!」


 3名の衛兵たちは私を取り囲むように、石畳の廊下を引っ張っていく。

 身体を引っ張られ、手錠を嵌められた私の手首に痛みがはしり思わず抗議した。


「ちょっと、そんなに引っ張らないでも大丈夫ですよ」


「ふん! 黙ってついてこい! 偽聖女!」


 冷たい目で私を睨み引き摺る衛兵たちに私は半ば諦めながらも、抗議を続ける。


「そもそも私など聖女ではない、常々そう言ってたじゃないですか」


 そう、田舎で細々とやっていた私の錬金術と医療技術がたまたま教皇庁の目に止まり、祭り上げられただけで私など聖女ではない。

 聖女というのは、触れるものをみな癒し、強大な聖力を持つ奇跡の存在のことだ。

 私のような凡庸な女が聖女であるはずがない。


 衛兵たちは私の話など聞かない。

 数十分歩かされただろうか。

 城の端の方の滅多に誰も訪れない場所に到着すると、歩みを止めて、衛兵たちは私を床へと突き倒した。


 背中を軽く打って痛みを覚えるが、私は衛兵たちをきっと睨みつけた。


「ちょっと、何をするんですか?」


 衛兵たちは下卑た目で私を見つめてくる。


「クク……! 王太子はお前を痛めつけろと仰っていた。悪く思うなよ?」


 そういうと、衛兵の1人はナイフを腰から取り出しその刃先を舐めた。

 コモドスの狂った頭を思い、心底目眩がする。

 逆恨みもいいとこだ。


「はあ、なるほど、そういう。本当に終わってるわね、あのバカ王子は。アレに従うあなたたちもだけど」


「最後まで不遜な女だな! お前は! もういい! クク! 俺自ら痛めつけてやろう!」


 そう言ってナイフを抜いた衛兵は笑いながら私に迫ってきた。


 ……もうダメか


 そう思い、目を閉じた瞬間、鈍器のぶつかるような音と共に男のくぐもった小さな悲鳴が漏れ聞こえてきた。


「グアッ⁉︎」


 目を開くと、衛兵の1人が股間を押さえ、泡を吹いて倒れている。

 そして、よく知っている声が私の耳朶を打つ。


「ポーラさま!」


 声の方を向くと、鮮やかな橙色の髪が美しい軌跡を描き、まるで空を飛ぶように跳ね、衛兵たちの喉や急所を攻撃していく。

 その小さな女の子は、なんと素手で武装した衛兵たちの間を飛び交い、鋭い突きと蹴りであっという間に薙ぎ倒していった。

 それは私の研究助手のレオナだった。


「レオナ⁉︎ 助けに来てくれたの⁉︎」


 衛兵たちは全員レオナの打撃で昏倒している。

 レオナがこんなに強いとは知らなかった……

 レオナは倒れた衛兵を他所に、私に急いで駆け寄ってきて、奴らから奪ったであろう鍵で私の手錠を外した。

 橙の髪をポニーテールに纏めたかなり小柄なその子は、青い瞳で私を見つめ、気遣ってくる。


「お怪我はありませんか? そうですか。話は後! 早く逃げましょう!」


「ありがとう。とはいえ、何処へ……」


 痛む手首を押さえながら、九死に一生を得た私は、レオナに肩を支えられ漸く起き上がった。


「私にお任せください。まずは兵士たちに気づかれないうちに城から出ましょう」


 私より小さなその女の子はニコリと微笑むと、私の手を握りしめた。

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