16 コモドス、議会にて高らかに宣言する
セルデュク城の議場には、久々の招集に応じた議員たちが勢揃いし、厳粛な雰囲気で国主の登壇を待つ。
やがて、衛兵の先触れ号令の後に扉が開かれ、煌びやかな装飾が施された衣服を纏った青年が、同じく豪奢なドレスを着た女を伴って議場に現れた。
不機嫌そうに口を引き結んだ実質の国主であるその青年は、女と共に議場の1番高い壇上に上がると、議員たちを見回す。
「王太子殿下に礼!」
書記の号令と共に、議員たちが立ち上がり一礼する。
現在、王太子コモドスがセルデュクの国政を取り仕切り、このような公の場にもその恋人であるザラ・ステインが付き従うのが通例となりつつあった。
暫しの静寂の後に、コモドスは口を開く。
「さて、諸君。本日集まってもらったのは他でも無い」
鼻を鳴らしながら、コモドスは懐から一枚の封筒を取り出した。
「教皇庁から私宛てに破門状がきた。ご丁寧に教皇のサインもある。……フン!」
忌々しげにコモドスは封筒から手紙を取り出し、雑に握りしめる。
「過去にはこんな紙切れに屈した王もいる。だが私は違う! ……こうだ!」
そう言ってコモドスは教皇庁からの破門状を、破り捨てた。
にわかに議場が騒つくが、コモドスは不満そうに鼻を鳴らした。
「ふん! こんなもので私が膝を折ると思ったか? 教皇庁も一度わからせないといけないな!」
コモドスの傲慢な振る舞いに、宰相は顔を青くしながら、椅子から立ち上がる。
「王太子殿下……! まずいですぞ! クロス教から破門されるということは、他国との和平交渉に不利に働きます!」
コモドスは眉を顰め宰相を睨むように見つめる。
「何? 和平交渉だと?」
厳しい顔をするコモドスに、宰相は懸命に説得しようと努める。
「クロス教は全世界の六割の国が信仰している宗教です。その総本山から破門されるということは、どれだけ有利に戦を進めていても、誰も味方になってくれず、戦を辞める際も、条約で有利な条件を結ぶことが難しくなります……!」
「……ならばどうせよ、と言うのだ? この私に教皇庁に対し、頭を下げよ、と言うのか?」
「畏れながら、謝罪文を作り、破門を撤回してもらうのがよろしいかと……」
「たわけ!!!」
コモドスは手元のグラスを地面に叩きつけた。
グラスの割れる鋭い音が議場に響き渡り、議員の幾人かは悲鳴をあげた。
「ヒッ!?!?」
コモドスは顔を赤くしながら、宰相を怒鳴りつける。
「なぜこの私が、クソ坊主どもに頭を下げねばならぬ! サクラモンとの戦は圧倒的に勝てばいいだけの話であろう!? 宰相とは名ばかりの、無能が!」
宰相は怯みながらも、必死で説得を続ける。
「で、ですが、過去には教皇庁に破門され、諸国との貿易を停止された王の事例もあります…… どうか、何卒、ご考慮を」
「くどい!!!」
コモドスはますます顔を赤らめ、机を叩く。
「貴様!!! 過去に失敗した王とこの私を一緒にするな! このコモドスはクロス教などに屈しんぞ! 諸国の助けも借りぬ! サクラモンはあと数ヶ月以内に攻略してみせるわ!」
「……殿下」
宰相は呆れと恐れを滲ませ、ハンカチで冷や汗を拭う。
その時、一際高い女の声が、小さく騒めく議場に響いた。
「コモドス様の仰る通りですわ」
ザラは微笑みながら、コモドスの腕を強く掴む。
コモドスは愛しくてたまらない、といった様子でザラを抱き寄せる。
「……おお! ザラ! お前は賛同してくれるか!」
ザラはニコリと微笑みながら、コモドスの腕を抱き返す。
「もちろんですわ。コモドス様が教皇庁に謝罪などする必要はありません。サクラモンにも圧倒的に勝ちます。もし教皇庁が邪魔するようなら、邪魔者は排除すればいいだけの話ですわ」
「うむ! その通りだな! ザラ! お前は私にいつも勇気をくれる! おい! 宰相! それ以外の者どもも、この素晴らしきザラを見習え! 私と、このセルデュクに敗北はあり得ん!」
全くもって馬鹿馬鹿しい光景であった。
国政の場に最高権力者が自分の愛人を連れ込み、しかも重要な会議の場でいい加減な意見を挟んでくるのである。
宰相だけでなく、王太子に服従していない議員は全員が鼻白んでいた。
「……殿下」
力なく何か言いかけた宰相に、コモドスは言い捨てる。
「老いたな、宰相。私は怠惰な意見などいらぬ」
そして、コモドスはさっさと議題を切り替える。
「さて、教皇庁などどうでもよい。今日の議題は目下の戦争のことだ! サクラモンとの戦況は残念ながら今のところ、芳しくはない!」
コモドスは半年前、議会の了承なしに突如として、勅令と称してサクラモン連邦との国境に攻撃命令を下した。
以降、現在に至るまで泥沼の戦況は長引きつつある。
コモドスは顔を紅潮させ、声を張り上げる。
「このまま座して、ただ待っているだけでは勝利は転がってこぬ! よってコモドスの名において命じる! 第一に、徴兵を実施! 地方都市から寒村に及ぶまで、15以上の男子は審査を受け、適正のある者は兵士となることを義務付ける!」
議場は再びざわつき始める。
国民から大規模な徴兵を実施する、という無茶な議案である。
コモドスは反応を気にする事なく、続ける。
「第二に! かかる戦の費用に当てるため、臨時徴収を実施する! もちろん支払えぬ者には、刑罰を与えねば効果はない!」
「で、殿下……! 恐れながら!」
その無茶な議案に、議員の幾人かが、手を挙げ立ち上がった。
「何だ? まさか反対するつもりか? 今も最前線で、兵たちはサクラモンと戦っているのだ。安寧を享受する平民にも、少しは負担させるべきだろう?」
「そのような無茶な法案は、国民の反発を招きまする! 今一度、お考え直しを!」
それは心ある議員による必死の訴えであった。
コモドスは目を閉じ、暫し考える。
「……なるほど」
「……ご考慮くださいますか」
コモドスは目を見開き、反対する議員たちを見回す。
「道理でこの戦に手こずっているわけだ。貴様らのような腑抜けが我が国の重臣を務めているのだからな!」
コモドスは全く聞く耳を持たない。
議員たちは戸惑いながら、それでも必死に弁明しようとする。
「……で、殿下!」
「そんな……」
しかし、ここでも横のザラが口を挟んでくる。
「その通り、なんとも怯懦な、年老いた者の意見ですわ。コモドス様が在る限り、敗北などありえないのに!」
コモドスは満足そうに笑みを浮かべながら、ザラを抱きしめた。
そして、憎々しげに反対議員たちを睨む。
「その通りだ! ザラ! やはり、お前こそが本当の聖女なのだ! ……そして、臆病なこいつらは敗北主義者だ!」
たまらず、議員たちは声を揃えて張り上げる。
「殿下!!!」
「目をお覚ましください!」
「サクラモンは貴方が思うほど、後進ではありませんし、強い国です! このままでは犠牲が増えるばかりです!」
「どうか、教皇庁に詫び文を書き、その上で、サクラモンとは和平を!」
必死の訴えにも、コモドスは肩をわなわなと震わせ、怒りの表情を隠そうともしない。
しかし、宰相が柔らかな表情で、宥めるように意見を続ける。
「なあに、文は我々が用意しまする。貴方さまは印をついてくださるだけで良いのです。何も屈辱ではありません」
「どうぞ、賢明なご判断を」
それほど、サクラモンとの戦況は地獄のような有様であり、死傷者は日々増えていた。
しかし、そんな現状や議員たちの真摯な思いを理解しようともせず、コモドスは真っ赤な顔で声を張り上げた。
「黙れ! 敗北主義者ども!!!」
負けじと宰相も言い返す。
「殿下! そのような女狐の言う事など、真に受けなさいますな! 民の苦しみの声にお耳をお傾けください!」
「……女狐だと!? 私のザラを女狐だと抜かしたのか!?」
「……ひどい」
そう言って泣き真似をするザラをコモドスはますます抱きしめた。
「ザラ! おお! 悲しむことはない!」
宰相たちもいい加減、腹を立て、ついには諫言を呈し始めた。
「殿下……! それが何だと言うのです!? 貴方もその女ももう、子どもではないのですぞ! 多少強く言われたからと癇癪を起こしなさいますな!」
「政治は遊びではございません! 殿下! まずその娘を議場に入れることをおやめなされ!」
「病床の父王である陛下も、きっと嘆いておられます!」
コモドスはザラを背に隠すと、無表情で反対議員たちを見回した。
「……ようくわかった」
ホッと息を吐き、宰相たちは目を見合わせる。
「殿下!」
「わかってくださいますか!?」
次の瞬間、コモドスは真っ赤な顔で議員たちを指差して怒鳴り始めた。
「貴様らがいるから、事はうまく進まんのだ! もういい! 貴様らに意見を聞いた私が間違っていた! 今日のところは閉会とする!」
そう言って、コモドスはザラの手を取り、さっさと議場を後にした。
残された議員たちは唖然として、コモドスの背を見つめる。
「お、お待ちください!」
「殿下! 話を聞いてください!」




