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15 ジェレミー、食い下がる

 私は反射的にジェレミーさんの申し出を断っていた。

 決してジェレミーさんに魅力がないわけではない。

 むしろ、彼は美男子であり、話したのは短い時間ではあるが、誠実な人柄であることは知っている。


 ジェレミーさんは死にかけるほどの怪我の治療中であり、血みどろの戦場から帰ってきたばかりである。

 感情が不安定になっていてもおかしくはない。

 ジェレミーさんの発言は戯れだとは思わないが、とても本気だとは思えなかった。

 何より、彼は王族である。

 故国同士が戦闘状態であるのは差し置いて、隣国の田舎出身の平民娘と婚約など結んで、問題が起きないはずもない。



 しかし、次の瞬間にジェレミーさんは俯き、目に見えて消沈する。

 ……やってしまったのだろうか


「……あの ジェレミーさま、ごめんなさい…… いきなりで驚いてしまって…… その……」


 反応が無いので、この雰囲気に耐えられず隣のレオナを見るが、彼女は作ったような無表情で目を逸らす。

 ……あっ、この子めんどくさがってるずるい

 どうやら、レオナはこの件についてノータッチを貫くつもりのようだ。



 しばらく気まずい時が流れたが、ジェレミーさんは息を吐き、気を取り直したのか、再び顔を上げる。


「いや、私が悪かった。手順が悪かったし、不躾だったな。少し、話を聞いてくれ」


 そう言って何か考える間を開けると、訥々と話し始めた。


「……私は この傷を受け、昏倒していたそうだな。意識が無かった時、悪夢の暗い闇の中で私は震えていたと思う。まさに死にかけていたのだ。しかし、そこへ温かな光が差し込んできた。目を覚まし、自分を瀕死の怪我から治療してくれた聖女がいたと聞いたとき、どんな天の使いだろうかと、まだ見ぬ貴女に思いを馳せた。……そして今、話していても、貴女が慈愛に満ちた聖女であると思った。貴女の事を、とても愛しく思ったのだ」


 ジェレミーさんは時折り詰まりながらも、そんな思いを口にした。

 そして頬を紅潮させながら、私を熱のこもった碧眼で見つめてくる。

 誠実に今の正直な気持ちを打ち明けてくれている事がよく理解できた。


 私はその真摯な思いに、唖然としながら何も言葉を発する事が出来なかった。

 さぞ間抜けな顔を晒していたことだろう。

 ただ、ジェレミーさんの私の像は余りにも過大であり、やはり、ご自分のお気持ちを勘違いされているな、と思った。


 しかし、ジェレミーさんは身を乗り出し、ますます熱っぽく懇願する様に語りかけてくる。


「私は貴女を妻にしたい。生涯貴女だけを愛することを誓おう。どうか、私と結婚していただけないか?」


 ジェレミーさんが本気だということはわかった。

 ただ、今は冷静さを欠いているとも思う。

 重症を負った患者にありがちな事だ。


「……あの お話は分かりました。ジェレミー様のお気持ちはとても嬉しいです。ですが……」


 私は息を吐くと、考えを整理して、ジェレミーさんの碧い美しい瞳に向き合う。


「貴方は勘違いしておられます。まだ会ったばかりで、ジェレミーさまは、きっと私の人となりを理解しておられません。そう、治療している時は猫をかぶってるんですよ、私。患者さんの前ですからね。本当の私は、気に入らない事があれば、貴女の兄である陛下にも噛み付いた事があるほど、めんどくさい女なんですよ。ですから、申し訳ありませんが、そのお申し出は受け入れられません。貴方の見ている私と、本当の私は違うはずですから」


 彼は私の医療者としての姿に囚われているだけだ。

 きっと日常の私を知れば幻滅すること請け合いだろう。


 でも、ジェレミーさんは私の言葉を噛み締めるように頷くと微笑んだ。


「……そうか なるほど、仰ることはごもっともだ」


「ご理解いただけましたか」


 私はホッとして、胸を撫で下ろす。

 しかし、ジェレミーさんはそれでもぐいと食い下がってきた。


「その話を聞いてますます貴女の事を知りたくなった。今度、城の外へ散策にでも出かけないか? 私が貴女を好ましいと思う気持ちに嘘はない」


 ジェレミーさんの熱い目を見ると、これ以上素気無く断るのも憚られ、私は頷く。


「……わかりました ただ、本当に私などつまらない女ですよ。それでもよろしければ」


「そんな事を言ってくれるな。貴女はつまらなくなどない。楽しみにしている」


 そう言ってジェレミーさんは嬉しそうに笑った。

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